第21話 魔王の右腕とビャッコの必殺技

 岩場を駆(か)ける獣がいた。

 獣は狼のような見た目だった。召喚獣のルリィは背中に人を乗せられるほど大きくなっていた。ルリィの背中にはユキトが乗っていた。ユキトは魔王レイフォンスの城を目指している。後ろから虎化したビャッコがついて来ている。ルリィの速さに負けず劣らず四足で走っている。


 城の場所はノスタル大国の北西にしばらく行った所だ。徐々に魔王の城の外観が見えてきた。それは予想していたものとは程遠かった。

 黒っぽくもなくトゲトゲしくもなかった。紫に白が混ざったような色で、宝石みたいな岩が城の外壁に埋め込まれていた。まるで外国の世界遺産級の立派なお城だ。


 気付けば太陽が真上に差し掛かりそうだった。

 ユキトたちは遂に城の前まで来た。近くに来ると相当大きな城だった。ユキトもビャッコも「おぉーっ…」と感嘆していた。


 正面には巨大な門が構えていた。未だ閉ざされている。招待しておいて開けないとはどういうことだ?と考えていると重低音とともに巨大な門が口を開け始めた。不気味で罠(わな)だと思ったが、メリザを助けに来たので行くしかない。おそるおそるビャッコと、ルリィに乗ったユキトは城の中に入っていった。


 城の中は恐ろしく広かった。城というだけあり部屋が左右に沢山あった。

 さらに奥に進むと、城によくある左右線対称の階段が鎮座していた。その階段の前に誰かが道を塞ぐように立っていた。執事のようなベストとスーツのようなズボンをはき、片目にモノクルを付けていた。魔王レイフォンスの手下だろうか。

 すると向こうから話しかけてきた。


「ようこそ、我が魔王の城へ。わたしはレイフォンス様の執事のスムーザと申します。あなた方がレイフォンス様の仰(おっしゃ)っていた方々ですか」

「そこを通してもらえるか?おれは魔王に用があるんだ」

「それはできませんね。レイフォンス様が出るまでもありません。わたしだけで事が足りますよ」

「ユキトっち先に行って!ここはあたしに任せて!」


 ビャッコがユキトの少し前に出て言った。横顔がかっこよく見えた。


「あなたがわたしのお相手を?それは面白いことを言いますね。ですが、通す訳にはいきません」


 スムーザはそう言ったが、何か違和感を感じた。

「おや…?」


 ルリィに乗ったユキト、ビャッコの前に霧のような靄(もや)のような、いや、これは雪だ。その広間に雪が降っていた。スムーザが手を出して触れると少しぴりっとした。静電気のようだ。

 スムーザはビャッコに手を向けて風の衝撃を放った。すると降っていた雪が晴れて普段の広場に戻った。そこにはビャッコ一人だった。


「なるほど。これはあなたの仕業ですか」

「えへへ、バレちゃった。あたしの魔法、雷雪幻想だよ!」

「幻想…幻を見せる魔法ということですか…面白いですね!」


 スムーザはモノクルを上げて「ふふっ」と笑った。


「いいでしょ。あたしも初めて使ったよ!」

「認めましょう。あなたはわたしと戦えるほどの力を持っています」

「うん。勝負しよう!」


 ビャッコは戦闘態勢になった。


 ここで時はユキトの修行中に戻る。

 ビャッコはユキトと別れた後、街の外に向かっていた。


 ダルトスの南東の森の中で修行することに決めたらしい。森の真ん中辺りに来ると腕を上に向けて伸びをした。体を左右にひねってストレッチした後、ジャンプして準備運動をした。そして、いつもの四つ這いになった。


「うぅーっ…ビーストフォーム!!」


 ビャッコはいつものビキニで、頭には雷雪の虎耳、腰辺りには雷雪のしっぽ、手と足には雷雪の爪が生えた。戦闘前に虎化する魔法だ。


 風の音を感じ、葉っぱが枝から落ちた瞬間ビャッコは動き出した。周りの木の方に跳び、木を蹴ってまた次の木々へ跳び移っていく。高速になった時、突っ込んでいった木に右拳を突き出した。しかし上手くいかず技が出る前に木に激突した。そのまま下に落ちた。


「いたたー…」

 と呟くと、木を見上げるように仰向けになった。


 右手を伸ばして手を観察してみた。女子の割には意外と大きい。爪が少し伸びている。研(と)がなきゃな…と思う。

 ふと、一人旅を思い出した。まだユキトたちと会う前は一人だった。毎日特にすることは決めず寝たいと思ったら寝て、お腹が空いた時には獲物を捕まえる。まるで本当の虎のような生活だ。そんな中ユキトたちと出会った。しかも暴走した状態で…。出会ってからは毎日が楽しかった。一人は退屈だ。誰かと話したい。一緒にいたい。

 だが、メリザは連れていかれた…。取り戻したい。メリザとは初めての女友達になった。寝る時も一緒で女子トークなんかしたりして相当仲良くなった。早く強くなって取り戻しておしゃべりしたい。そう強く願う。


 ビャッコが一人で修行をする理由はユキトにもメリザにも、強くなった自分を見てもらいたいからである。そのためには新しい技が必要だ。強い必殺技のような。

 実はビャッコは爪で直接切り裂く以外の技というものを持っていない。今までは何とかうまくやっていたが、今度は魔王級の相手なので切り裂いて倒せないかもしれない。ユキトばかりに頼ることはできない。

 だから、修行であたらしい必殺技を覚えようと思ったのである。ビャッコは頬をぴしゃっと叩いて気合を入れた。


 魔王の城一階の広間、ビャッコとスムーザがお互いに様子をうかがう。

 先に動いたのは意外にもスムーザの方だった。


「――風波(ふうは)!」


 ビャッコに向けた手から風の衝撃波が放たれた。ビーストフォーム状態のビャッコは横に跳んで避けた。

 スムーザは止まらず次の衝撃波を放つ。衝撃波はビャッコが避けても壁に当たらず、自身で避けているかのようだ。おそらくスムーザが相当なコントロールでなしている証拠だ。このスムーザという執事は中々のやり手だ。


 ビャッコがスムーザに触れようとすると避けたはずの衝撃波が戻ってきた。避けきれずビャッコは当たってしまい、吹き飛ばされて床に落ちた。そして、体のあちこちに切り傷ができた。


「本当は女性を傷つけるのは不本意なんですがね…」

「とか言って、全然力抜いてないね」

「分かりましたか。これもレイフォンス様のためです。傷つきたくないなら出口はあちらですよ」


 そう言ってスムーザは巨大な門を指し示した。


「それは…できないよ。メリちゃんを連れて帰るまではね」


 ビャッコは立ち上がって構えた。


「そうですか…では、あなたを再起不能にして差し上げます!」

 またビャッコに手を向けて衝撃波を放った。


「――連風波!」


 今度は連続で放ってきた。

 ビャッコは衝撃波を避けながら壁や床を高速で移動し始めた。だが、たまに衝撃波に当たってしまう。ビャッコは耐えながら右手に雷雪の力を集め始めた。力がある程度溜(た)まると空中を爪で切り裂いた。


「――雷虎襲雪斬(らいこしゅうせつざん)!!」


 すると空中に残った爪痕から光線のように斬撃が放たれた。スムーザはすぐ衝撃波を放って対抗した。お互いの攻撃が交わり、辺りに激しい風を巻き起こす。


「このわたしか負けるはずありません!!はあーーっ!」

 スムーザの衝撃波が力を増した。


「うぅーっ……まだ、まだぁ…!」

 ビャッコも負けず劣らず雷雪の力を増幅させた。


 互いに力が拮抗(きっこう)する。

 次の瞬間決着はついた。勝ったのはビャッコだった。ビャッコの雷雪の斬撃はスムーザを切り裂いた。そしてスムーザはその場に崩れ落ちた。

 ビャッコも尻もちをつくように座り込んだ。


「ふふっ…わたしとしたことが…すみませんレイフォンス様。しかし…あなた様が必ず勝つと信じております…!」


 そう言い残しスムーザは闇の煙とともに消えていった。


「ふはぁーー…。ユキトっち、やったよ!…ちょっと休んでから向かうね!」

 ビャッコは広間で大の字になった。

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