第20話 修行の果てに
少し薄暗い部屋にユキトとビャッコはいた。
本棚にはぎっしりと本が並べられていて、中央より少し離れた床の所に魔法陣が描いてあった。そして、奥の方には大きめの机が置いてあり、その上に書類や本やらが積み重なっている。
部屋の中を見ていると奥から人が歩いて来た。
「やあ、ユキト君!」
話しかけてきたのは黒い包帯を体中に巻き、赤い眼帯を右目に付けているスザクだった。
「それと…えっ…あれ?もしかして…そこにいるのは…び、ビャッコ姉さん!?」
「やっぱり、スザクだったんだ!ユキトっちが言ってたのを聞いてすぐ分かったよ!」
ビャッコはずんずん前に進んでいってスザクの隣で止まった。
「そっか。姉さんと会えたんだね!ちなみにどこで会ったの?」
「ダルトスを出てちょっと行った所です」
「結構すぐだね…。僕が兄弟によろしくって言ってから早すぎるよ…。ところで…ここに来た理由がありそうだね」
スザクは何かを察したらしい。
「そうなの。事情があって、修行しに来たよ!」
ビャッコがユキトの代わりに答えた。
「そう言えばメリザちゃんがいないようだけど…」
「ああ…実は、魔王にさらわれたんです」
「さらわれた?魔王に?魔王か…」
ユキトは頭を下げて「修行をお願いします」と頼み込んだ。
「頭を上げて、ユキト君!もちろんだよ。僕にできることがあれば」
突然、ビャッコが出口に向かって歩き出した。
「じゃあ任せたよ、スザク」
「姉さん、どこに行くの?」
ビャッコは頬に指をあて「えーっとね…あたしも修行してくる!」と言った。
「そっか。分かったよ」
「ユキトっちもまた後でね」
「ああ」
ビャッコは手を振り外へ出て行った。
「じゃあ早速始めようか」
ユキトとスザクは向かい合っていた。
「これから教える魔法はコンバートフォースアームドと言って、召喚獣を身体に武装して戦うものなんだ。ただし、使える時間が限られてて短期決戦しかできない魔法だ。強さは保証するよ!」
「召喚獣を武装…そんなことができるんですか?」
「そうだよ。僕も戦いで一度しか使ったことがないけどね」
「それで魔王を倒せますか?」
「正直分からないけど、使いこなせれば倒せるかも。召喚獣との絆が強いほど強さは無限に引き出せるからね」
スザクは「うん」と咳払いした。
「そしたら召喚獣を出してみて」
「はい」
スザクに言われてユキトはルリィを召喚した。
きれいな三日月のしっぽがトレードマークの狼だ。ユキトの隣に四足で立ち、体を伸ばした。
「ユキト…会いたかった…」
ユキトが手を出すとルリィは寄ってきた。ユキトはなでながらスザクの方を見た。
「呼び出したね。だいぶ成長したみたいだね」
「経験値がいつの間にか上がってたみたいで」
「うんうん。良いことだよ。成長を見れてよかった!」
スザクは首を振って本題に戻った。
「感動は後にして…あと二日しかないんだったね。次は召喚獣に触れてみて」
ユキトはルリィの額辺りに手を乗せた。
「召喚獣と心を一つにして――」
「はい」
目をつぶったユキトは集中した。集中するのは身体強化魔法を初めて使ったとき以来だ。
目をつぶると真っ暗闇だった。ユキトは夢を思い出しそうになってすぐに違うことを考えた。まだこっちに来て数日しか経っていない中で濃い生活、旅をした。現実世界では大学生活を平穏、平凡に過ごしていたこともあり、刺激があまりなかった。趣味はせいぜいアニメ鑑賞ぐらいだ。その程度ならいつでもできる。
この数日間は本当に心の底から楽しかった。まだこれはレオンデント生活の序章に過ぎないのかもしれない。現実世界に戻れたとしても、浦島太郎状態で何百年後の世界かもしれない。だとしても戻る。戻って自分がどんな暮らしをしたのか伝えたい。無理だとしても…。
「そして魔法を唱えるんだ。コンバートフォースアームドってね」
ユキトは目を開き叫んだ。
「コンバートフォース、アームド…!!」
呪文を唱えるとルリィがまばゆく光り出した。
「光った…」
ルリィが呟いてすぐ空中に浮かび上がった。光の化身となったルリィは、ユキトの体のあちこちに防具のように武装する、はずが何も起こらず床に舞い降りただけだった。
「失敗かー…まあ、始めたばかりでできちゃったら僕も教えがいがなくなっちゃうけどね」
「はい、まだ頑張ります!」
その後も続けるが一度も上手くいかなかった。ある時はルリィが光の化身となるところまでいったが、ルリィの頭部がユキトの頭に兜のように武装するまではよかった。ただ頭だけなので、体が残ってしまいグロテスクで中止した。他にも、腕だけ武装、足だけ武装、しっぽだけ武装ということが繰り返しだった。
原因が分からないままその日が終わろうとしていた。
「今日はここで泊まっていきなよ。あっ、今日はって言うか時間までだね」
「良いんですか?」
「お金かからないからね!あと、姉さんは時間まで戻って来ないと思うし」
スザクは笑顔で言った。
「ビャッコは大丈夫かな…?」
「姉さんは強い人だから大丈夫!」
「ありがとうございます」
スザクは少し歩いて振り返った。
「じゃあ僕は奥の部屋に行くから何かあったら言ってね」
「はい」
それから奥の部屋に消えてしまった。
ユキトは部屋にあった簡易ベッドに横になった。そして、少し考え事をしていた。魔法が上手くいかない理由はなんだろうかと。
コンバートフォースアームドは召喚獣との絆が強いほど強さは無限に引き出せる、とスザクは言っていた。絆…か。ルリィは好きだが、それはペットというか人形を好きなのと同じ感覚だ。絆はもっと深い好きというか、信頼している状態になることで作られる。
「ユキト…悩んでる…?」
ルリィが慰(なぐさ)めるためにユキトの顔をなめた。
「ああ。魔法が失敗する理由が分からなくてな…」
「ルリィ、ユキトと仲良し…だからうまく…いく…」
「ありがとうな。励ましてくれて」
ユキトはルリィの頭をなでた。
「心を一つ…心を一つ……そうか!」
何かを思いついたユキトは眠りについた。
次の日も魔法の特訓を始めた。スザクと向かい合ったユキトは集中する。
「コンバートフォース、アームド!」
光の化身となったルリィは空中に浮かび上がった。
「いくよ、ユキト…!」
「ああ、頼む」
ルリィはゆっくりとユキトに近づくと口付けをした。
すると、ユキトの身体のあちこちに防具のように武装し始めた。兜、腕当て、脛(すね)当て、鎧、そして車いすのあちこちに武装した。
「おおっ、すごい!できたね。絆が強くなったのかな?」
しかし、武装はすぐに解けてしまった。
「まだ修行が足りないか…」
「でも上手くいっただけ良かったよ。中々一日でできるものじゃないからね」
「ルリィも…頑張る…!」
その後も修行は続き二日後の朝を迎えた。ユキトはビャッコと合流した。
「ユキトっち、魔法上手くいったんだね!あたしも強くなったよ!」
「そうか。これで魔王を倒せるかもな!」
「うんうん。そうだよね!」
「姉さんはどこで修行したの?」
スザクは気になって聞いた。
「外だよ、外!街の外でばーんばーんってやってた」
「人に迷惑はかけてないよな?」
ユキトは親心のように聞いた。
「ないよー、大丈夫!」
「それは良かった…」
スザクが「えーっと…」と話を切り出した。
「それで、魔王の城はどこなの?」
「ノスタル大国の北西にあるみたいだ」
「間に合うかい?」
「大丈夫です」
「お城ってどんなかな?」
ビャッコが顎に手を当てて言った。
「魔王の城だからトゲトゲしてるんじゃないか?分からないけど…」
「真っ黒かもねー」
「二人とも、もう行った方がいいんじゃない?」
改めてスザクはユキトと向かい合った。
「ユキト君、この二日でよく修得したね。僕も嬉しいよ!魔王との戦いは大変かもしれないけど、ユキト君なら大丈夫だと思うよ!…じゃあ姉さんをよろしくね」
「はい、ありがとうございました!」
「またね、スザク!じゃあねー!」
その後、記憶の結晶を使いノスタル大国に移動するのだった。
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