第19話 ビャッコの思いつき

 氷の彫刻が道端にあった。しかも女の人のだった。


 しかし氷の彫刻は動かない。

 氷の彫刻は動かない。

 氷の彫刻は動かない。

 氷の彫刻は動かない。


 氷の彫刻に電気が走った。

 氷の彫刻に電気が走った。

 氷の彫刻に電気が走った。


 氷の彫刻にひびが入った。

 氷の彫刻にひびが入った。

 氷の彫刻にひびが入った。


 ひびが大きくなって氷の彫刻が割れた。中から元気な女の子が飛び出した。元気な女の子はビャッコだった。


「ふっかーつ!あたしに氷は効かないんだけどな…」


 中から飛び出たビャッコは「うーん」と伸びをした。


「あれー?メリちゃんはー…」


 ビャッコが見渡すと視界にうつ伏せのユキトが入った。


「ユキトっち!!」


 ビャッコは足早で駆け寄った。抱きかかえて声をかけたが反応しなかった。


「ユキトっち。どうしよう…。そうだ!戻ろう!一回」


 ビャッコは軽々とユキトを抱え上げるとノスタル大国へ戻ることにした。

 早足で南下していく。行きより相当早くノスタル大国に着いてしまった。ビャッコは前日に泊まった宿に行きユキトを横にさせようと考えた。


 宿に着きユキトが使った部屋が空いていたのでそこのベッドの上に寝かせた。


「ユキトっち起きて…」


 ユキトは夢を見ていた。

 夢の中でメリザと二人だけだった。


「ねぇユキト。ユキトは私のことどう思ってる?」

「どうって…」


 メリザは無表情でユキトを見据えていた。周りは何もなく、ただ闇が広がっている。


 ユキトはメリザの言ったことを頭の中で考えていた。どう思うか…。最初に助けてもらって魔法を使えるようにしてもらった。元の世界に帰る方法を探すために一緒に旅に出た。手伝ってもらったことなど、メリザには感謝してもしきれないほどのことをしてもらった。

 恋愛感情があるかと言われるとそうではないような感覚がある。自分でもよく分からない。何しろ恋愛というものをしたことがないユキトにとっては、そういう感情が一体どういうものか理解に欠ける。

 ならばここはあれでいってみる。


「大事な仲間だよ」

「そう…。ユキトにとって私は仲間止まりってことなんだ…」


 なんだか、選択を間違えたらしい。仲間が正解でないのなら何なのだろうか?仲間以外の選択とは…。

 トルメの街で一緒に寝ようとしたビャッコに対して説教をしたり、ノスタル大国で恋愛関係の本を読んでいたり…。メリザはまさか…おれが…おれに対して特別な感情を抱いている…のか…?…となると、ここでの選択はまさか…?


「メリザ、まさか…おれのことが…好き、なのか?」


 メリザは何も答えない。身じろぎもせずユキトを見つめ凛(りん)と佇(たたず)んでいる。急にどこからか風が吹きメリザの黒髪をなびかせた。その姿は哀愁を帯びていた。

 メリザは悲しそうな表情で一言「もう…遅いよ…」と風に乗せた。

 その途端メリザが暗闇に消えていった。


「メリザ…おれは…おれは…!」

 ユキトは手を伸ばしたが触れることはなかった。


「おれは…!」


 飛び起きるとノスタル大国の宿屋のベッドの上だった。起こした上半身は少し痛みがあった。ふいに誰かの手が体に触れた。ビャッコの手だった。温かく柔らかな手だった。


「ユキトっち、よかった…」

「ビャッコか…おれは夢を見てたのか…」

「ずっとうなされてたんだよ」

「そうか…。メリザはいないん、だよな…」

「うん…。あたしが氷を壊したときにはユキトっちしかいなかったよ」


 ユキトはふいに何かを思い出した。


「そう言えばあいつ…魔王が、二日後の太陽が真上に来るときまでに城に来いって言ってたんだ」

「二日後…ってことはまだ時間があるんだ!」

「どうしたんだビャッコ?」


 ビャッコの瞳にはまだ希望があった。


「特訓だよ!一緒に強くなるんだよ!」

「どうやって?二日じゃ足りないと思うんだけど…」

「ユキトっちは誰に魔法を教えてもらったの?」

「あぁ、スザクさんだけど…」


 ビャッコの顔が明るくなった。


「なら、その人に新しい魔法を教えてもらえばいいんじゃない?」

「新しい魔法?それを覚えて魔王と再戦するってことか?」


 ビャッコは元気よく頷いた。


「それで勝てるのか?」

「それはわかんない。でも何もしないよりいいでしょ!」


 ビャッコは満面の笑顔だった。それは太陽のような輝きを発していた。ユキトはいい仲間に恵まれたと思う。メリザもだが、ビャッコもなくてはならない存在だ。


「特訓はいいとして、一つ問題があるんだけど…」

「何?」

「二日でダルトスまで行けないと思うよ」

「にゃっふっふ…」


 猫にも似た声でビャッコは笑った。


「それができるんだよ、ユキトっち」


 そう言ってどこからか石のようなものを取り出した。


「それは…石、か…?」

「これはね、記憶の結晶って言ってね。持ってる人が行ったことのある所に一瞬で行けちゃうんだよ!」

「転移できる道具ってことか」

「これを使ってダル…ダルダル?に行こうよ!」

「ダルトスだけどな。特訓…か」


 ビャッコは心配そうな面持ちで「ユキトっち、行ける?」と聞いた。

 ユキトは目をつぶって覚悟を決めたように目を開けた。


「ああ。それでメリザを必ず取り戻す!」


 ユキトは右手中指の指輪を車いすに変形させて乗った。


「はい、これ」


 ビャッコは記憶の結晶をユキトに渡した。


「行きたい所を強く思い浮かべて、ムーブ、って唱えるの」

「ちなみに使ったことは?」

「一回だけお姉ちゃんが使うのを隣で見たことがあるよ」

「それは自分で使ったことはないってことだな」

「でも大丈夫だよ!」

「まあやってみるか」


 ユキトは手の上に記憶の結晶を乗せ、ダルトスを強く思い浮かべて呪文を唱えた。


「ムーブ!」


 すると、記憶の結晶が光りだした。ビャッコはユキトの腕をしっかりと掴んでいる。光がユキトたちの体も包み込み始めた。輝きが極限までくるとユキトたちの姿は光の中へと消えていった。


 まぶしさに目をくらませたユキトが目を開けると、ダルトスの南門から少し街の外に行った場所にいた。ビャッコはユキトの腕にぎゅっと掴まったままだ。


「ビャッコ、着いたみたいだぞ」

 ゆっくりとビャッコは目を開けた。


「あっ、ほんとだ」

「なあビャッコ」

「何、ユキトっち?」

「そろそろ放してもらってもいいか?」

「おっ、忘れてた」

 慌ててユキトの腕を放した。


「ちょっと居心地が良くて…えへへ」

「悪いなビャッコ。おれの力が足りなくて、メリザを守れなかった…」

「ユキトっちのせいじゃないよ。元気出して。それにメリちゃんは危害を加えられることはないと思うよ!」

「そうだな」

「大丈夫、大丈夫!」


 そう言ってユキトの背中をバシバシ叩いた。


「痛い、痛い!」

「こめんごめん…!でも気合入ったでしょ?」

「ああ、ありがとう…!」


 ユキトたちは魔法館の十字の廊下を進んでいた。


「新しい魔法ってどんなだろう?」

「うーん…ルリィちゃんが凶暴になる…とか?」

「それはあまりよくないな…。もっとすごい力を出せるとかがいいんだけど」

「じゃあー、おっきくなって暴れるのはー?」


 ビャッコはユキトの隣で真顔で言う。


「暴れるのは、いらないよ」


 石造りの壁を東側に向かって進む。突き当たりの大きな扉の前まで来た。


「着いたの?おっきい扉だねー」

「そうだな」

 ユキトは伸びをして気合を入れた。


「よし、行くか!」

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