第18話 氷結の紳士

「もう行ってしまうのですか?」


 イザナは名残惜しそうだ。とは言っても、まだ会って数時間しか経っていない。


「向かう場所が決まったんですね。それは良かったです!」

「はい。北の都市グレメントを目指そうと思って」

「都市グレメントですか…。最近はあまり聞かない名前ですね。行く人はほとんどいないみたいですけど…。あっ、でも自然が豊かでいい街ですよ」

「ありがとうございます。イザナさん」

「いえ、お役に立てて光栄です!また来てください」


 大図書館からユキトたちは出てきた。


「イザナさん、親切だったね」

「ああ。最初はもっと固い人かと思ったよ」

「だめだよユキト、見た目で判断したら」

「そうだな。見た目で判断したらだめだよな」


 先を行くビャッコの後ろをメリザがユキトの車いすを押して幅広の階段を下りる。本当にビャッコに押してもらうのは嫌だったみたいだ。


 ノスタル大国は西門と南門があり、ユキトたちは西門を出て都市グレメントを目指そうとしている。今、西門を通り北への道に沿って進む。

 しばらくは何も起こらなかった。それが逆に怖かった。十キロは進んだのだが、実は五キロ前からユキトは何かの視線を感じていた。しかし姿を現さなかったので無視していた。

 それも時間の問題かもしれない。少しずつ近づいて来ているような感覚があった。


 そして、ついにその視線の主が姿を現した。

 貴族のような白い服を着て、まるで王子のようだった。ユキトたちの前に立ち自己紹介をした。


「こんにちは。僕は五本指で、人差し指インデックスのレイフォンスです。以後お見知りおきを」

 レイフォンスは頭を下げて軽くお辞儀をした。


「五本指って…」


 魔王…か、終わったな…。まだ分からないけど…。でも、思ったより礼儀正しいな。もっと、ぐははははーみたいな魔王を想像してたけど…。

 しかも、こんな突然出てくることってあったっけか?

 ゲームでは必ず建物の奥とか洞窟の奥とかで待ち構えてるのにな。自分から来る魔王ってそんなのありか…。


「魔王がおれたちに何か用か?」

「そうだねー、強いて言うなら一目ぼれ、かな」

「まさかおれな訳――」

「――まさか。そちらのお嬢さんです」


 魔王レイフォンスはメリザを手で指し示した。


「私?一目ぼれ?えっ…なんで」

「あなたはなぜ、そちらの弱者と旅を?」


 レイフォンスはユキトをにらみつけるように視線を動かした。


「ユキトは車いすに乗ってるけど弱者じゃありません!」

 メリザは少し怒って言った。


「それは、失礼しました。では単刀直入に言います。そちらのお嬢さんを妻としてもらわせていただきます」

「えっ…妻?今、妻って…!」


 メリザは動揺して頭が追い付いていない。


「ええ。言いました。一目で好きになってしまいました」

「すすす、好きって…!」


 メリザは動揺しているがユキトは冷静に答えた。


「もし断ったら?」


 魔王レイフォンスは不敵な笑みを浮かべた。


「あ、あれ…急に、眠気…が…」


 そのままメリザは道に倒れて眠ってしまった。


「彼女には眠ってもらいました。まずあなたたち二人を倒して、それからゆっくりと連れて行きましょうかね。僕は急ぐのが好きではありませんからね」


 レイフォンスは一呼吸おいて「では準備はよろしいでしょうか、お二方」と余裕たっぷりだ。

 ビャッコは虎化して臨戦態勢になっている。そしてユキトの方に目をやった。


「ユキトっち…戦ってもいい?逃げる…?」

「いや…望みは薄いけど、ここで逃げたら後悔する」

「分かった。全力出すよ!」


 ビャッコは虎耳、しっぽを逆立て、両手両足の雷雪をほとばしらせた。四つ這い状態からレイフォンスに襲いかかった。

 爪攻撃を連続でするが、レイフォンスは軽やかにかわしてしまう。


「その程度ですか」


 レイフォンスの言葉でビャッコは少し頭に血が上った。


 一方、ユキトは召喚魔法を唱えていた。

「ブラッディサモン」


 右手人差し指の指輪が赤い光に変わり召喚獣のルリィに姿を変えた。


「ユキト…どう、したの?」

「あいつと戦ってほしいんだ」


 ルリィはレイフォンスを見てからユキトを見た。


「わかった…ユキトのお願いは、絶対…」


 そう言って飛び出して行った。さらに、ユキトは胸に手を当てて身体強化魔法を使った。

「クリ―チャーブースト、セルフ」


 先に行ったルリィが三日月のようなしっぽを振った。すると、三日月の光の刃(やいば)がレイフォンス目がけて飛んでいった。

 レイフォンスはビャッコの攻撃を避けながら右手で受け止めた。


「今のは…」

「月(げつ)…刃(じん)…」


 ルリィが使った月刃は新しい能力で、しっぽから光の刃を飛ばして攻撃するものだ。


「しゃべる召喚獣ですか…。珍しいですね」

「よそ見はだめだよ!」


 ビャッコは雷雪弾をゼロ距離で放った。


「よそ見しても無傷ですがね」

「うそっ…!」


 ビャッコは少し距離を取った。


「もう終わりですか?つまらないですね」

「まだまだー!」

「これ、から…」


 ビャッコは左手で雷雪弾を放ち、レイフォンスが避けた先に右手の爪攻撃を繰り出した。

 攻撃はうまくいったが レイフォンスは左手で簡単に止めてしまった。そのまま左手の平をビャッコに向けると強い風のような気を放った。ビャッコは軽々と飛ばされてしまった。

 ビャッコが飛ばされてすぐ、ルリィは月影でレイフォンスの目の前に現れ、月刃を何発も繰り出した。砂煙が上がり見えなくなった。その砂煙の中から氷の塊がいくつも飛び出してきた。そのうちの一つがルリィの腹に当たった。その一撃はルリィに致命傷を与えたらしい。


「僕に氷塊(ひょうかい)を使わせるとは中々いい攻撃ですね。ですがまだまだです」

「ユキト…ごめん…」


 ルリィは再び赤い光に戻るとユキトの右手人差し指に指輪として戻った。


「ぐっ……」

 ルリィが消えるとユキトの体に痛みを生じさせた。


「召喚獣と同期しているのですか。面白い魔法ですね」


 飛ばされたビャッコはちょうど起き上がったところだった。


「ルリィちゃん、やられちゃったんだ…。ルリィちゃんの分まであたしが頑張るよ!」

「頑張ったところで僕に勝てるんですか?」

「やってみなきゃ、わからないよっ!」


 ビャッコは両足を踏ん張って前に飛び出した。今度は爪攻撃ではなく普通に拳を突き出した。ボクシングのように右左、右右左と出した。レイフォンスは避けたり手でさばいたりしている。レイフォンス自身に攻撃が当たることはない。


 途中で氷塊を繰り出した。ビャッコもすぐに避ける。避けながら後ろに下がっていく。氷塊がやむとビャッコはその場に片膝をついた。


「はぁ、はぁっ…つ、疲れた…」

「あなたは少し静かにしていてください」


 レイフォンスが右手の指を鳴らした。すると、ビャッコはあっという間に氷漬けになってしまった。


「いつ見ても僕の氷(ひょう)気(き)は芸術的ですね」

 氷漬けになったビャッコではなく氷に反射した自分を眺めている。


「ああ、あなたもいましたか」

 レイフォンスはユキトの方を見ずに聞こえる声で呟いた。


「ビャッコ…。メリザ…」


 ユキトは氷漬けのビャッコ、眠っているメリザを順番に見た。


「弱者、いえあなたとは一対一で戦って差し上げます。邪魔する者はいません。あなたの全力を僕にぶつけてください」

「レイフォンス、お前はおれが倒すっ!」


 車いすをレイフォンスの方にこぎ出して、まず右手の突きを繰り出した。

 レイフォンスは避けずに腕で防いだ。両足をついたまま後ろに飛ばされた。地面には両足を引きずった跡が残った。相当なダメージを受けたはずだがレイフォンスは笑っている。


 続け様に、今度は両手を突き出して突進した。レイフォンスはかわしてしまった。そして通り過ぎたユキトに氷塊を放った。ユキトは強化された腕で車いすをこぎ、全力で避ける。

 避けながらレイフォンスに近付き、再び右手の突きを繰り出した。突きはそのまま当たるはずだった。


「調子に乗りすぎです!!」


 レイフォンスは右手で強い風のような気を放った。ユキトは吹っ飛ばされた。そして車いすから落ち、地面にうつ伏せに倒れた。車いすは指輪となって右手中指に戻った。


「あなたの攻撃など虫さされ程度です。あなたのような弱者が僕にかなうはずがありません。出直してきてください」

 レイフォンスはユキトの所まで歩いて行った。


「とはいえ、僕も鬼ではありません」

 と言ってユキトの頭に手をかざした。


「今あなたの頭にインプットしました。僕の城の位置を覚えさせたので、二日後の太陽が真上に来た時に会いまみえましょう。では、また」

 そう言い残してメリザを担いで去っていった。


「うぅ……メ、メリ…ザ…」


 ユキトは視界が真っ暗になった。

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