第16話 ノスタル大図書館館長
店を出る前にユキトたちは安い宿がないか聞いていた。その宿は“ウォーターシェーク”から少し行った所にあるという。
街は完全に暗くなり、街灯の明かりで照らされていた。ユキトは暗い中なんとか進んでいた。やはり暗いと足元が見えづらい。まだ街灯があるだけましだが…。
そうこうしているうちに目的の宿にたどり着いた。街灯で見えづらいが安い宿にしてはまあまあ大きい。
ユキトたちは早速中に入った。どこの宿もそうなのだろうか、木目調の壁や床である。むしろ、木以外の宿などあるのだろうか?否、それは宿ではなく王室やお高いホテルと言えよう。
三人は部屋の受け付けを済ませそれぞれ部屋に入った。
ユキトはベッドに横になり、すぐ寝る体勢になった。そして、目を閉じて何かを待った。しかし、いくら待ってもその何かは来ない。
来ないか…。良かった…。やはり例の説教のおかげか。
いつぞやの夜這い猫が来ることはなかった。
来てほしくて待っていた訳ではない。決してない。断固としてない。…二十パーセントぐらいは。
確認しただけである。来ないことを確認して、ただ眠りにつくことを考えていた。
よし、寝よう!ユキトは安心して眠りについた。
翌日、さっそく大図書館に行くことになった。
改めて見ると本当に巨大な樹だ。
ユキトたちはノスタル大国中央の樹の前まで来ていた。ビャッコのうろ覚えだとその樹の名前は“ノスタルクロークギヴァー”と言うらしい。ノスタルクロークギヴァーの成長と共に街も発展したという。葉っぱからは澄んだ空気が、樹の幹からは魔法の効果が半減するそよ風が、根っこは水を浄化する機能がある。
つまり、この樹のおかげで街は潤っている。
「魔法の効果が半減するそよ風っていうのは何のためにあるの?」
メリザは気になったようだ。
「確か、魔法で悪いことできないようにだっけ?」
「いや、私に聞かれても…。たぶん合ってると思うよ」
樹の周りの水溜(た)めを横目で見ながら図書館前まで進んだ。
図書館前には幅広の階段があった。ユキトは自分では難しいので、ビャッコに押してもらって図書館まで行くことにした。
車いすのハンドルを握ったビャッコは自信満々だ。
「行くよ!ユキトっち」
そう言うと勢いよく飛び出した。段差の前まで来るとハンドルを下に下げ前輪を浮かせた。段差を乗り越えるとすぐに次の段差まで走った。
「うおっ…!おっ…!」
ユキトは何かがこみ上げてきそうだった。気持ち悪い。正直、絶叫系は得意ではない。今すぐにでも降りたかった、このジェットコースターから。
全て登りきるとビャッコは達成感に浸っていた。
ユキトはこの時から二度とビャッコにハンドルを握らせることはなかった。
何にせよノスタル大国の大図書館に遂に来ることが出来た。
外観は博物館のようだった。白よりも白い。そして大図書館なので大きさが目立つ。その大きな入口を通って中に入った。
当然の静けさがあった。ユキトたちの足音だけが響く。棚にも壁にも本がぎっしり、上にも横にも幅広く敷き詰められていた。さすがの本の数だ。世界の全ての本が集められていると言っても過言ではない。
ビャッコが「ねぇねぇ」と言いながら本を持ってきた。
「こんな本があったよ!」
それは“世界の虫”という本だった。
「見てー!ウニュウニュっていうイモムシー!気持ちわるーい」
ウニュウニュという虫は緑と黒のイモムシで、頭と思われる部分から糸のような毛が無数に生えている。見た目だけで気持ち悪さが分かるほどだ。
「これはかっこいい虫だよ!氷(ひょう)虎(こ)虫…?っていうみたい。顔が虎みたいで好き!」
「なんか…顔と体のバランスおかしくないか?実際に出くわしたら気持ち悪そうだな」
「そうかなー?でも、確かにかっこいいのは顔だけかも…」
「なあ、メリザもそう思うだろ?」
ユキトが声をかけるとメリザも違う本を読んでいた。
「メリザは何を読んでるんだ?」
「へっ!?」
メリザは驚いて本を落としそうになった。
「わ、私は…べ、別に、へ、変な本は読んでないよ…」
本のタイトルを見ると“異性が振り向く方法”と書いてあった。
「そうか。メリザもそう言う年頃だよな。でも…メリザだったら何もしなくても寄ってきそうだけど…」
「そんなことないよ。誰かと付き合ったことないし…それに、私が相手の気持ちに気付かなくて勝手にフラれたこともあるし…」
「人は見かけによらないな。意外だよ」
「ユキトはどういう風に見えてたの?」
「モテモテのギャル未満」
「何それ?ギャル未満って?」
「ギャルまではいかないけどギャルっぽいっていう意味」
「待って!そもそもギャルってどういう意味?」
「そこからか…」
ユキトはギャルの説明に苦戦しつつも何とか伝えることが出来た。そして、少し進んだ所でメリザとビャッコがまた本を探していた。
「見て見て、ユキトっち!」
そう言って見せてきた本は“世界の魚類”という本だった。
「今度は魚か…。なんで似たような本を持ってくるんだ…」
「うーん…美味しそうだったから」
「いや、全部食べられるとは限らないと思うけどな…」
そのまま横目でメリザの持っていた本を見ると“男が好きになる女のセリフ”とあった。
「メリザお前もか…!っていうか、そんなにモテたいのか?」
「べ、別にそういうんじゃなくて、ちょっと興味があるだけで…」
「それをモテたいって言うんじゃ…」
「ごめん…」
「何で謝るんだ?別に悪いとは言ってないよ。むしろ前向きで良いと思うよ!」
ユキトたちが図書館の奥へ進んで行くと、誰かが大きめの机の所に座っているのが見えた。髪が長く眼鏡をかけた女性だった。スーツのような服を着て、きれいというよりかっこいいと言う言葉が合っている女性だ。そのかっこいい女性はユキトたちに気付くと立ち上がって近づいてきた。
「こんにちは。わたしはこの大図書館の館長のイザナです。今日はどんな御用ですか?」
「調べたい本があるんです。この世界レオンデントと異世界についての」
「そうですか。では本を探すので少し待っていてください」
イザナは何かを受け取るような手の形にすると魔法を唱えた。
「サーチコール。レオンデント及び異世界に関する書物。コールエンド」
唱え終わるとイザナの手の上に本が現れた。
「この二冊ですね。一つがレオンデント、もう一つが異世界に関することが書いてあります」
「あの、その魔法は?」
「ああ、検索魔法です。本がどこにあるか分からなくても手元に呼び寄せたいときに使います。物を探したりするのに便利ですね!」
「そういうことですか」
メリザが突然小さく手を挙げた。
「あの、イザナさん…実はここにいるユキトはレオンデントとは違う世界から来たみたいなんです」
「それは、興味深いですね…。それで異世界のことを…。でもなぜレオンデントについても?」
「それは、まずこの世界のことを知らないと駄目だと思ったので…」
ユキトがメリザの代わりに答えた。
「なるほど。それは賢明ですね」
そう言って眼鏡をかけ直すと「他を知るならまず己から、ですね」と付け加えた。
「それはことわざですか?」
「いえ、わたしが今作ったことわざです!」
「冗談も言うんですね」
「意外ですか?」
「ギャップ萌えって感じですね」
ユキトが蚊の鳴くような声で呟いた。
「何か言いましたか?」
「いえ、こっちの話です」
「そうしましたら、そちらにある机で読んでいってください」
イザナが使っていた机の他にも何台か椅子とセットで置いてあった。
「ありがとうございます。また何かあったらお願いします!」
「ええ。ごゆっくりどうぞ」
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