第12話 幻想と船長と

 昨夜の事件が過ぎて、少し寝不足になったユキトは早く起きてしまった。早く起きたユキトは外の空気を吸うため宿の外に出た。


 夜が明けた宿の外は建物が連なっていた。その通りは幅が広めで馬車二台分入るぐらいだ。そこで動いている人がいた。彼女は白い肌をさらけ出した服のようなものを着て、右に行ったり左に行ったりしている。ユキトは声をかけてみた。


「おはようビャッコ」

「あっ、おはようユキトっち!昨日はごめんね…あたしのせいで寝るのが遅くなっちゃって…。メリちゃんがあんなに厳しいとは思わなかったよ」

「それで朝から何やってるんだ?」

「魔法の練習だよ!でも、中々うまくいかなくて…」


 ユキトはビャッコに近づいた。


「そうか。おれも手伝うよ。どうすればいい?」

「うーん…なら見てて。どこを直せばいいか言ってほしいな」

「分かった」


 ビャッコは上に向けて手から雷雪を飛ばした。飛ばした雷雪は空中に溜(た)まるとしばらくして下に降り注いだ。雷雪の一つ一つが光り、幻想的に広がる。

 しかし途中で消えてしまった。まだ完成していないと言っていたがその通りだった。


「まただぁ。なんで途中で消えちゃうんだろう…」


 ビャッコは悔しそうに呟いた。


「これはどういう魔法なんだ?」

「雷雪幻想って言って、雪を降らせて相手に幻覚を見せる魔法なんだけど、いつもこうなっちゃうんだよね…」

「そうだな。…もっと具体的に想像したらどうだ?どういう幻覚を見せるか、誰に対してやるのかを頭に思い浮かべるんだ」

「具体的に、か…。ちょっとやってみる!」


 ビャッコはもう一度、上に向けて手から雷雪を飛ばした。雷雪は辺りに広がり煌(きら)めいた。

 通りの家々が消え草原に変わった、ようにユキトは見えている。具体的で草原か…。ビャッコらしいのか。広い所が好きなのか。分からないが、おれに、草原の幻覚を見せるという感じで想像したようだ。そして、それはうまくいったらしい。

 しばらくすると草原は家々が連ねる通りに戻ってきた。ビャッコの動きも止まっていてユキトをじっと見ていた。魔法が上手くいったかどうか自分では分からなかったらしい。


 ユキトは親指を立てると「できたな!まぁ正直、何に使える魔法か分からないけどな…」と、頭をかいた。


「ありがとう、ユキトっち!でも、もうちょっと完璧にしたいなぁ…」


 ビャッコが次の目標を呟いていると、メリザが宿の中から出てきた。メリザも起きたようだ。ユキトとビャッコを見つけると近づいて来た。


「ここにいたんだ!起きたらビャッコがいないから宿中探し回っちゃったよ。何してたの?」

「ちょっとビャッコの魔法の練習に付き合ってたんだ」

「そうそう。ユキトっちのアドバイスで上手くいったの!」


 ビャッコの嬉しそうな顔を見てメリザは安心したようだ。


「そっか。良かったね!そしたら出発する?陸上船の所に」

「そうだな。ビャッコ、もう終わりでいいよな?」

「うん。出発、出発!行ってみよー」


 ビャッコは右腕を空に突き出して元気に言った。


 宿にお礼を言って別れを告げたユキトたちは、陸上船の所に向かう前に腹ごしらえをすることにした。

 宿がある通りを少し北に行き、そこから西の海岸がある方に進んだ。小さめの食事処(どころ)に入り、一番安いものを頼んで食べた。お金はメリザと半分ずつ出し合った。


 食べて少し食休みした後、また西の海岸方向を目指す。その道中でユキトは車いすをこぎながら、ふと思ったことを聞いてみた。


「そう言えば、ビャッコはお金持ってるのか?」


 ビャッコはうっすらと微笑んだ。


「ううん。持ってないよ」

「やっぱり持ってないのか…。じゃあどうやって旅してたんだ?」

「食べ物は狩って食べてたし、寝るのはどこでも寝れるから困らないよ」

「野生動物みたいだな…。一週回ってかっこいいよ」


 褒められたビャッコはにやけている。


「かっこいい?むっふふ…ユキトっちに言われると嬉しいなぁ」

 嬉しさに浸るビャッコだった。


 少し間を空けて今度はメリザに話しかけた。


「メリザ、ちょっと聞いてもいいか?」

「いいよ。何?」

「陸上船ってどんなものなんだ?」

「陸上船ランドシップはその名の通り、陸を動く船で、動力は風魔法を使ってるみたい」

「風魔法か」


 ユキトはようやく普通の魔法を聞いた気がする。赤火魔法、雷雪魔法、身体強化、召喚魔法などなどマイナーな魔法ばかりだ。その中で風魔法か、何だか弱そうに感じてしまう。

 いや、風魔法をなめてはいけない。シンプルだが風で切り裂いたり、浮かせたり意外と汎(はん)用性がある。


「そう。陸上船を操縦する船長が使ってる魔法だよ」

「どんな船長なんだろうな」

「さぁ、私もよく知らなくて。ここには一度しか来たことないから…しかも小っちゃかったし」

「それじゃ知らなくて当然だよな」


 そうこうしているうちに、ユキトたちは陸上船が停まっている場所に着いたらしい。

 ステーションと呼ばれている屋根付きで地面が石造りの場所だ。そこに陸上船ランドシップが通る道、船路が低くなるようにできている。要するに現実世界の駅だ。


 しかしその駅、ステーションには客が全くいなかった。いたのは白い線が入った黒い帽子に黒い服を着た車掌みたいな人と、帽子をかぶっていない黒い服を着た駅員のような人だけだった。

 帽子をかぶった人が船長に違いない。…けど、船長なのに車掌の格好をしていると頭がおかしくなりそうだ。やはりレオンデントは現実世界とニアリーイコールなのだろうか。などと考えていると話し終えた車掌、じゃなくて船長が近づいてきた。


「君たちもしかして、ランドシップに乗りに来たのかい?」

「はい、そうです」

 ユキトはそう答えるしかない。


「ごめんねー、今ランドシップ出せないんだよー」

「何でですか?」

「実はノスタル大国までの途中の道が岩で塞がっているみたいなんだ…」


 船長は深刻そうな顔をしている。


「岩をどかして通れないんですか?」

「そうしたいんだけど、その近くに魔物がいるらしくて…。これから討伐隊を雇おうと思っていたところなんだ。当分乗れないから魔物が討伐されてからまた来てよ」


 船長はそう言ってそこから離れようとした。


「待ってください」

 ユキトは船長を引き止めた。


「おれたちがその魔物を倒してきますよ!おれたちはどっちにしろノスタル大国に行く必要があるんです」

「でも君たちに任せる訳には…」

「おれたちはちょっとやそっとじゃやられないと思う。なあメリザ、ビャッコ?」

「ええ」

「うん、負けないよー!」


 メリザは冷静に、ビャッコは腕を回して張り切っている。

 船長は深く考えると答えを出したらしい。


「分かったよ。その代わり何かお礼をさせてくれ!」


 ユキトは少し間を空けた。

「お礼は後で決めさせてもらえませんか」

「ああ分かった。そう言えば…申し遅れたね、僕はレイジーン、陸上船ランドシップの船長だよ。よろしくね」

「おれはユキト。こっちはメリザとビャッコだ」


 ユキトたちはお互いに挨拶を済ませ、魔物がいるという森に向かうことにした。

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