第10話 ラウ稼ぎ

 トルメは南北に延びている港町である。西側に海が広がっていて、海岸沿いに陸上船ランドシップが通る船路(せんろ)が作られている。


 家はまあまあ建ち並び、その中に鮮魚店が何か所もある。やはり港町と言うだけあり、魚を売るのは激戦である。


 ダルトスからの旅路でユキトたちはやっとトルメの町に着いた。今、町の北側から入って南側に向かって進んでいる所である。

 住宅に挟まれた道を進んでいると、先の方にガラの悪そうな男たちがたむろしていた。


 ユキトは異世界でよくありそうな状況を想像した。例えば、通るのに金出せとか、ここは俺たちの縄張りだとかいうイベントがあったり無かったりする。ここはガツンとぶっ飛ばしてやりたいところだが、さすがに外から来た人たちが騒ぎを起こすと、後々面倒だったりする。

 ならばここは無視だ。ガン無視で突っ切ろう。素早く進めば何も起きないだろう。


 と思っていたのも束(つか)の間、男たちは進路を妨害してきた。そして、ユキトが想像した通りになった。


「おい、兄ちゃんたち!ここを通りたいなら通行料払いな。無いんだったらそっちの姉ちゃんたちの体で払うんだな」


 男たちは笑い合っている。しかし、ユキトは何も言わずに無視した。


「おい、何か言えよ!早く金出せよ!」


 その時、男たちの前にメリザが進み出た。


「いくら出せばいいの?」

「百万ラウだ!」

「そんなに持ってる訳ないでしょ!」

「だったら体で払うしかないな!」


 男たちはメリザを囲むように近づいた。

 メリザは剣の柄に手を置き、「しょうがないわね…」と今にも剣を抜きそうな勢いだ。

 そしてまさにメリザが剣を抜こうとした瞬間だった。


 後ろにいた男たちがばたばたと倒れていった。見ると青白い紐(ひも)のようなものがうごめいていた。その紐が触れると男たちは感電したように痙攣(けいれん)した。こんなことができるのは一人しかいない。

「にぉーー、えいっ!にゃあー!」


 ユキトが知る神聖な虎にして護衛の、ビャッコ様降臨!

 体にまとわせた雷雪のしっぽが伸び、男たちを捕まえてしびれさせていく。まるで流れ作業のようだ。

 最後の一人を捕まえてしびれさせるまで秒速だった。ビャッコは何もなかったかのように息をついた。


「いやー、発散発散!ちょっとムカッときちゃったから、つい」

「ビャッコ…」

 ユキトは右の掌(てのひら)をビャッコに差し出した。ビャッコは反射的に右手を猫の手にしてユキトの掌に乗せた。


「ありがとう!おれもちょっとムカッとしてたんだ。だから助かったよ!」


 ビャッコはニコニコとして嬉しそうだ。


「私ももうちょっとで手を出しそうになったから助かったよ!」

「メリザはちょっと反省だな」

「えっ、なんで?」

「さすがに剣を出すのはどうかと…相手も丸腰だったからな」

「…はい。ごめんなさい。これからは気を付けます…」


 メリザがどんどん小さくなって反省している。


「でも、本当ならおれがやるべきだったな。女子二人に助けてもらったからな。次はおれがやる番だ!」


 ガラの悪い男たちが道に倒れたままユキトたちは先に進んだ。


 町に入ってからだいぶ南側に来た。

 道に人が増え始めていた。鮮魚店が点々とあり、そこに人が集まるのだった。


「けっこうあるな。変わった魚がいるよな、まあ異世界だから当然か…」

「全部食べられるよ!当たり前だけど」


 メリザがユキトの呟きに返事をした。


「そうだ!ビャッコはどの魚が好きなんだ?」

「うーんとね…あっ、あの小さいウィークフィッシュが好き!でも大きい魚はもっと好き!」


 ウィークフィッシュ…ウィークフィッシュ…?ウィーク、弱い。フィッシュ、魚。それって…イワシやんけ!やんけ?ってどこの方言だ?忘れたけど…。まさか他にも…!


 今更だがこの世界、レオンデントの言葉はしゃべれるし読める。それが転移の初期状態、初期設定になっているみたいだ。


 それをふまえて鮮魚店の看板を見ると、ルーズフィッシュ、魚へんに参ると書いてアジ。フォールブレードフィッシュ、秋の刀の魚と書いてサンマ。スノーフィッシュ、魚へんに雪でタラ。などなど…。多少は英語ができるユキトは読めてしまった。サンマに関しては強そうな名前になっている。

 レオンデントって現実世界とニアリーイコールなんだな、と改めてユキトは感じた。


 ある鮮魚店を横切った時、店主が呼び止めてきた。


「兄ちゃん良い所に来たな。今釣竿を配ってるんだ!よかったらもらっていってくれ。ちなみに、釣った魚は売ったりもできるからな」

「なんでこんなに親切にしてくれるんだ?」

「まあ、なんてことはないんだがな…力を貸してやりたくなってな!」

「そうか。ありがとうな。ありがたく使わせてもらうよ!」


 しなる木の棒に丈夫な糸が繋(つな)がっている釣竿だった。その釣竿をビャッコに持たせ、親切な店主がいる鮮魚店を後にした。


 実はユキトはこの釣竿をもらう前から考えてはいたのだが、口には出していなかった。“お金を稼ぐ方法”はないのだろうかと…。

 最初はそのことを忘れていてメリザに借金した。百ラウはそんなに高くないと言っていたが借金は借金だ。返した方が後腐れない。

 ここにきて借金返済のチャンスが回ってきた。


 釣竿を手に入れてしかも、釣った魚は売れるという。釣りまくって売りまくれば簡単に稼げてしまうということだ。ということで向かうは海岸となる。


 鮮魚店の通りを曲がり西を目指す。西側には海が広がる。海といえば水着、などと考えてしまう煩悩を振り切り、桟橋で釣ることを考えている。


 ビャッコは釣竿を左右に振って歩いている。


「ほんとにこれで釣れるの?釣れたら食べたーい」

「全部は食べさせられないよ。何匹か残しておかないとな」

「えー!…でも我慢する。ユキトが大きいの釣ってくれるから」

「そう言われると相当プレッシャーだな…。期待に応えられないかもしれないけどな…」


 ユキトの車いすをこぐスピードが少し落ちたことは言うまでもない。

 何だかんだ言いつつ東西に距離がないので、あっという間に海岸の桟橋に着いてしまった。


 正直ビャッコにプレッシャーをかけられて着きたくなかった、という子供の駄々こねのようなことを思っていた。だが、推進力というものを止めてしまってはメリザやビャッコが疑問を抱くだろう。なぜ進まないのかと。

 だからユキトは止まらずに進んだ。進んでいる間に、もうどうにでもなれと思考が変わっていた。釣りはほぼ運が鍵を握っている。魚が釣れなくても誰のせいにもできない。気楽に気楽に、そうポジティブに思考を切り替えた。


 ユキトたちは海岸から突き出た桟橋の一番前から少し下がった所に位置取った。

 一番前だと落ちる危険性があるためである。


 とにもかくにも釣りを開始したユキトだった。


 ユキトは釣竿を持ち糸の先端に付いた針を遠くへ飛ばした。

 ポチャンと音が聞こえるか聞こえないかの場所に落ちた。そのままじっと黙って魚がかかるのを待っていると、つまらなさそうなビャッコが話しかけてきた。


「うーっ……ねぇ、ゆーきとっち。まだかな…。もう釣れた?」


 ユキトは黙って水面と向き合っている。


「ねえ、どうしたのユキトっち?」

「釣りは忍耐力が大事なんだ。だから釣れるまでじっと待ってないとな。退屈だったら、そうだな…メリザとしゃべったらどうだ?」


 メリザは桟橋から足を垂らすように座っていた。ビャッコはユキトに言われて折れたのか、メリザの隣に座った。


「ビャッコ大丈夫?」

「うん。メリちゃん、お話しよ!」

「そうね。ビャッコは体を動かすのが好きなの?」

「好きだよ!体動かしてないとさー、眠くなっちゃって…」


 ビャッコは腕をぐるぐる回して主張した。


「確かにね。体動かした方が楽しいかも!…あっそうだ!そしたら向こうの桟橋の始まりからこっちまで、何歩で来れるか数えたらどう?」

「それいいね!楽しそう!」


 そう言うとビャッコは桟橋の端まで歩いて行き、ユキトたちの方を向いて止まった。

 そこから足の爪先と踵を重ねて歩数を数え出した。


「一、二、三…」


 数え出すと足元をずっと見ながら歩いて行く。三十歩を越えると急にビャッコの頭に痛みを生じた。前を見るとユキトの頭があった。どうやらユキトの頭にぶつかったらしい。


「いててて…ビャッコ何してるんだ?」

「いたたた、ごめーん…下見てて気付かなかった。歩数数えてたの…」

「それはいいけど気を付けてな。舌噛みそうだったから…」

「ほんとに、ほんとにごめんね…次から気を付けるよ。…あれ?」


 突然ビャッコが何かに気付いたようだ。


「どうしたビャッコ」

「釣竿が動いてるよ!」


 ユキトが釣糸の先を見ると、確かに沈んだり浮かんだりしている。


「よしかかった!」

 魚はそこまで大きくはなさそうだ。魚が動き回って疲れたのを見計らいユキトは釣竿を思いっきり引き上げた。

 銀色のどこにでもいそうな普通の魚を釣り上げた。


「これは何ていう魚だ?」

「――ウィークフィッシュだよ!やったー!」


 ユキトが魚の名前を聞いた途端にビャッコがかぶせ気味に叫んだ。

 そして釣ったウィークフィッシュをバケツのような入れ物に入れた。


 魚の当たりはしばらく続き、その後三回も連続で釣り上げ合計四匹のウィークフィッシュを釣った。

 しかし、調子が良かったのはこの時だけでまたかからなくなってしまった。


「またひまー」

「あぁ確かになー。今度はおれもつまらなくなってきたよ」

「そんなこと言ってるとかかったりして…なんてね」


 メリザがそう言うと急に釣竿が沈み、ユキトはかなりの重みを感じた。


「うぉっ!重たっ、メリザは預言者か!相当大物だぞ…」


 ビャッコは「大物…!?」と呟くと釣竿を持つのを手伝った。


「大物ならあたしも手伝っちゃうよー!ユキトっち絶対離しちゃだめだよ!」

「ああ。離す訳ないよ!ここまできたらな」

「私も力を貸すよ!」


 メリザも釣り上げるのを手伝った。

 ユキトたちと巨大魚の根比べが始まった。勝敗は簡単についた。


「せーのでいくぞ!せーの…!」


 ユキトが合図を出し三人は思いっきり釣竿を引っ張った。すると巨大魚は空中に投げ出された。その魚は黒々とした体に岩のようなうろこがびっしりと生え、牙やひれなどあちこちが鋭い。空中にいる瞬間にビャッコは雷雪弾でしびれさせ動けなくさせた。


「よしこれで動かないよ!」


 気絶した巨大魚は桟橋の上に打ち上げられた。打ち上げられても本当に動かなかった。恐るべしビャッコ。

 釣った巨大魚を両手で頭の上の方にかかげ、「あたしたちのー、しょーうりー!!」と自慢そうに言ったビャッコである。


 ユキトは力持ちだなビャッコ…と、相変わらずのビャッコの超人っぷりにあまり驚けないでいるのだった。

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