トルメの町編
第9話 獣道の約束
トルメまで残り十キロの所にさしかかり、ユキトたちが先に進もうとした時だった。
突然ユキトとメリザの前に獣が現れた。
青白い虎に見えたが、何か違和感がある。
それは人の肌のような腕、脚、そして何よりビキニを着た短めの金髪の女性に見えて仕方ない。いくら目をこすってもビキニ女性だ。
そう思っていた矢先、ビキニ女性改め獣化女性は襲いかかってきた。
獣化女性の青白い爪がユキトたちの眼前を横切った。二人はギリギリかわせたが、本当にギリギリだった。車いすのユキトは特に、メリザでさえかわすのに精いっぱいだった。
また次の攻撃が来る。次はしっぽだ。しっぽが長く伸びユキトたちを掴もうとする。
ユキトは前方に車いすをこぎ回避する。メリザは鞘(さや)に入った剣を振り下ろして防ぐ。
ユキトは戦うため身体強化魔法を自分にかけようとしていた。
しかし、メリザはそれを止めた。
「ここは私が」
そう言ってメリザはユキトの前に出て、腰の剣レッドスウォードを鞘(さや)から抜いた。
そしてメリザが剣に魔法をかけようとすると、獣化女性は飛び上がった。そのままユキトに襲いかかろうとした…のではなく、ユキトの近くに降りて車いすの後ろに隠れた。
「ご、ごめんなさい…悪気はなかったの!…あたしが道で魔物に出くわして、倒そうと思って魔法を使ったら暴走しちゃったの~。でも、火は苦手だから元に戻れたんだ。許して…」
獣化女性は正気に戻ったらしい。
「そう…まあ戦う気が無いならいいけど…あなた火が苦手なの?」
メリザは剣をしまいながら聞いた。
「うん。あたしの魔法、雪だから火で溶けちゃうの。だから苦手…。別にあなたが苦手って訳じゃないからね!」
「おれの名前も雪が入ってるよ!まさかこっちにも雪があるとは知らなかったな」
ユキトはうんうん頷いて、感慨深そうだ。
「そうなの!?一緒なんだ!なんか、嬉しい!…あっ、あたしビャッコっていうの、よろしくね!」
ビャッコという女性はユキトとメリザにぺこりと頭を下げた。
「ビャッコって、あのビャッコか?」
「あのって、どの?」
ビャッコは全くピンと来ていなく首を傾げている。
「あれだよ。神聖な白い虎のことだよ!…そういえばさっき、そんな感じだったような…」
「あー、さっきのね。あたし雷雪魔法っていう魔法を使うんだけど、あっ、雷の雪ね。それを体にまとわせて戦うからそう見えたのかも」
「あなた暴走したの初めて?」
メリザが話に割って入った。
「ううん。何回かあって、その度に誰かに止めてもらってたんだ。まだまだあたしも未熟だね!」
「ところで…なんで服着てないのかな?」
「服着ちゃうと動きづらくて…。だから魔法で体を覆ってたの。でもあったかいんだよ、雷をまとうと」
メリザは呆れて何も言えなかった。
「でも、もうちょっと露出抑えられないのかな」
「全身に覆うと太って見えちゃうじゃん!太ってるって思われたくないもん…!」
「あ、そう…」
メリザはこれ以上話を掘り下げるのをやめた。ビャッコは意外とスタイルを気にしていることが分かった。
「そう言えば二人はなんで旅してるの?」
今度はビャッコの方から質問した。
「ちょっと調べたいことがあって、ノスタル大国まで行く予定」
「そうなんだー。長旅だね!」
「あなたこそ一人で旅してるの?」
「うん、自由を求めて。なんちゃって!修行みたいな感じ」
メリザは苦笑いして「暴走しちゃうのに修行なんだ…しかも一人で」とツッコんだ。
「確かにそうだね!てへへ…」
そう言ってからビャッコは何かを思いついた顔をした。
「そうだ!二人にお願いがあるんだけどいいかな?」
「なに?」
「なんだ?」
ユキトとメリザはほぼ同時に言った。
「あたしも一緒に行かせて!…ほら、あたしってたまに暴走しちゃうじゃん。だから二人、特にあなたに止めてもらえると嬉しいな」
ビャッコはメリザを指差して言った。
「メリザって呼んで。こっちはユキト」
「うん、よろしく!…その代わりね。あたしが二人を護衛するよ!」
「護衛?ついてくるだけじゃなくて?」
メリザが不思議がるのもおかしくない。仲間になるなら分かる。だが、護衛と言うのは用心棒のような感じだろうか。
確かに一人より二人、二人より三人の方が心強い。ユキトも多いに越したことはない。
そして、ビャッコが答えるより早くユキトが先陣を切った。
「分かった。一緒に行こう!いいよな、メリザ?」
「えっ?ユキトがいいなら、私もいいよ」
「ほんと!?やったー!」
やったーって、そこまでのことなのか?とユキトは思ったが、飲み込むことにした。
ビャッコが仲間(護衛)になり、トルメを目指す道中につく。
護衛のビャッコが加わり、五分歩いた所だ。草むらが揺れ、突撃ムカデ二体が現れた。
ビャッコは先頭に立っている。
「二人は下がってて…!」
ビャッコは構えると、手の中に雪玉を出現させた。
「雷雪弾!」
そう叫ぶと、突撃ムカデ二体に投げて命中させた。雷雪弾が当たった突撃ムカデはしびれて痙攣(けいれん)している。
その隙に、手に雷雪をまとわせて爪にしてとどめを刺した。突撃ムカデたちは分子化して消え、ビャッコは雷雪の爪を解除した。
「ふぅー。いっちょ上がり!」
これ突撃ムカデよりえげつない気が…。ユキトの脳裏にはビャッコに逆らわない方がいいという教訓が刻み込まれた。
「すごいな、ビャッコ!ちなみに、他にも使える技ってあるのか?」
「そうだなー、分身とかかな…。他はまだ練習中だね!」
「分身かー、夢だな!いっぱい増やせるってことか」
ビャッコは少し表情を曇らせて「いや…まだ一人しか出せなくてね…」と、苦笑いした。
「おれは一人出せるだけでもすごいと思うけどな!」
ユキトの予想外の返しに、目をまん丸くしたが嬉しそうだ。
「そんなこと言われたの初めてだよ!ありがとう、ユキトっち!」
「ユキトっち?その呼ばれ方は初めてだな」
「うん。何となく頭に浮かんだから。別に深い意味はないよ」
そんなやりとりをしているとメリザが「う、うん!」と咳払いをした。
「話は終わった?先急がない?」
メリザは怒っている訳ではなく、空気を読んだ上で、ここに時間をかけたらいけないと判断して言った。その証拠に顔は優しい表情だった。
「ああ!先に進もう」
その後もビャッコは、出てくる魔物をばったばったと切り伏せて(正確には爪で切り裂いて)いった。
ユキトとメリザの労力はほとんど無いが、ビャッコの負担は大きい。ユキトは自分も手助けすると言うと、「大丈夫!これくらいじゃ魔力は無くならないから」と跳ねのけた。
ビャッコのことはあまり知らないが、魔力は少なく見えない。本人が大丈夫と言うのだからユキトは心配しないことにした。
「あっ!」
メリザが突然声を上げたのは、目的地が見えたからだ。
「あれがトルメの町か…」
ユキトは目を細めて少し先の町を見据える。
「くんくん…。あれ、魚みたいな匂いするよ!良いにおーい!」
「もしかして、魚好きなのか?」
「うん、大好き!だって美味しいもん」
ビャッコは出そうなよだれを抑えて口を塞(ふさ)いだ。
「そうそう。トルメは港町なの。だから魚の匂いがしてるはず。ビャッコは鼻がいいんだね!」
メリザはトルメの情報を補足した。
ビャッコはよだれの音を声に出してじゅるじゅる言っている。
「よだれ出てるぞ。魚が手に入ったら食べていいよ、好きなだけ」
「えっ、いいの!やったー!」
「まあ、十匹とかは無理だけどな…」
喜ぶビャッコをよそに、ユキトは“好きなだけ”と言ったことを少し後悔した。
その後すぐ気を取り直して車いすを進めた。
「あと一息だな。行こう!」
「ええ」
「いこいこ、早くいこっ!」
ユキトたちは残りの旅路を急ぐのだった。
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