第8話 大国を目指して
ノスタル大国に行くには、まずトルメの町を目指さなければならない、とメリザは言っていた。トルメの町には陸上船ランドシップという乗り物があり、それに乗らないとノスタル大国に行くのは難しいらしい。
疑う余地なしと、ユキトは歩いて行くのは無理なので、それ以外の選択肢はなかった。というより、他に当てがないのだからそこに行くしかない。
ユキトとメリザは並んで道を進んでいる。ユキトの車いすをこぐスピードに合わせてメリザは歩く。人の歩くスピードより少し遅くユキトは一生懸命、腕を酷使(こくし)する。
ダルトスから南に五キロ行った所でユキトとメリザは休憩をした。
「はい、ユキト!」
メリザは皮袋の水筒をユキトに渡した。
ユキトは「ありがとう」と言って、水筒を受け取った。
水筒の水を飲むと、はぁーっと息をついた。
「腕が疲れたな…。これ、魔法かけたら疲れないかもな」
「身体強化魔法?」
「ああ。一回やってみるか」
ユキトが自分に身体強化魔法をかけようとした時、道端の草むらがガサガサと音を立てた。メリザは腰の剣の柄を握り戦闘態勢に入り、ユキトは車いすのこぐ部分、ハンドリムに手を置きいつでも動けるようにした。
草むらから出てきたのは人の大きさのムカデだった。そのムカデはユキトたちの所に突っ込んできた。
ユキトは瞬時に車いすを後ろに下げてよけ、メリザは飛び上がって大ムカデをよけた。
「何だ、こいつは…!」
「これは…突撃ムカデね…!」
「突撃ムカデ?」
「ええ。その名の通り、突撃してくるムカデなの。噛まれるとしびれてしばらく動けなくなるの」
ユキトは突撃ムカデに向き直って様子をうかがった。
「噛まれるのもいやだし、しびれるのもいやだな…。メリザ、ちょっとの間隙を作ってくれないか?」
メリザは一瞬間をおいて「ええ、分かったわ」と返事をした。
ユキトの言う通りに突撃ムカデをけん制する。その間にユキトは自分の胸に手を当てた。
「クリ―チャーブースト、セルフ…!!」
魔法がかかったユキトの身体には活力がみなぎった。
魔法で強化されたユキトは、突撃ムカデがいるメリザのもとに車いすを走らせた。
「メリザ、スイッチだ!」
声をかけられたメリザはユキトの方へ向かっていき、ぶつかる直前に横に跳んだ。
当然そこに突撃ムカデが飛んでくる。ユキトに向かって巨大な牙が迫る。
ユキトは右拳を前に突き出した。じゃんけんでグーを出したような格好だったが、ユキトには関係ない。
迫る突撃ムカデの顔面にユキトのグーが当たると、衝撃と共に吹っ飛んだ。突撃ムカデは木に当たるまで空中を飛んだ。下に落ち、動かなくなると分子化して消えた。
ユキトは突撃ムカデを倒すとメリザの所に行った。
「よく分かったな、スイッチ」
「うん、もう準備できたかなと思って。…でもすごいね!威力」
「ああ。自分でもすごいと思ったよ!…ところで、あのムカデは消えたのか?」
「うん。この世界の魔物は死ぬと消えるみたい」
ユキトは「そうか」と言うと自分の腕を触ってみた。
「しばらくは魔法が持続するのか…」
「腕、痛むの?」
ユキトが腕を触っているのを見てメリザが心配しているようだ。
「いや、大丈夫だ!もう出発しよう!」
ユキトたちは突撃ムカデのハプニングに見舞われたが、再び南のトルメを目指す。
馬車道を通るユキトたちは前よりもペースが上がっている。
ユキトの魔法の効果が持続している証拠だ。身体強化魔法は筋肉を活性化させて強化するため、疲れも取れるという効果があるようだ。
ユキトたちが進んでいると分かれ道が見えた。分かりやすく右、左、中央の道になっていた。
「どっちに行けばいいんだ?」
「左だったと思う」
二人は分かれ道を左折した。すると少し遠くに動物の影が見えた。
「あれは…ちょっとまずいかも…」
その動物を見てメリザは呟くように言った。
「何がまずいんだ?あの魔物が、か?」
「えぇ。あれは牙ウサギっていう魔物で普通は人前に出ないんだけど、縄張りに入るとしつこく追い回してくる厄介な魔物なの」
魔物が寄り付く体質…な訳ないよな。偶然、偶然だよな。ユキトは牙ウサギの危険性よりも魔物引き寄せ体質の方に論点を置いていた。
「ともあれ、まずはどかさない訳にはいかないよな。なら、何時間ぶりに出してみるか」
ユキトは指輪を付けた右手を前に出した。
「ブラッディサモン…!」
呪文を唱えると指輪が赤く光り球体になった。赤い球体はユキトの目の前で大きくなり地面の上で形を変えた。
召喚されたのはユキトの召喚獣、ルリィだった。夕闇のような紺の毛並みに三日月の祝福をもたらすしっぽが生えている。
召喚されたルリィはユキトの膝の上に跳び乗った。
「よーしよしよし。お手!おかわり!」
ユキトはルリィを撫で、手の上に前足を交互に置かせた。
「まさか、ユキト。その子に戦わせるの?」
「ああ!戦わせた方が経験値が増えるだろうし。それに、どのぐらい力があるか見てみたいしな!」
「そうね。確かに見てみたいかも!」
「よし、ルリィ!あそこにいる牙ウサギを倒してくれ!無理はするなよ」
遠くの牙ウサギを指差してルリィに戦うように言い聞かせた。ルリィはガウガウと返事をしたのか鳴いただけなのか分からないが、ユキトの膝上から跳び下りた。
そして体を震わせると牙ウサギの方へ走り出した。ユキトたちはルリィを追いかける。
何者かの縄張りへの侵入に気付いた牙ウサギは戦闘態勢を取った。
その鋭い牙で縄張りに入った者に食らいつこうとしたが失敗に終わった。瞬時によけたらしく、既に違う方向から攻めようとしている。しかし、相手の攻撃も軽々とかわすことができる牙ウサギは、侵入者と同等かそれ以上である。
また牙ウサギは口を大きく開けて侵入者の所に突っ込んだ。あと少しで噛みつけそうだったが、侵入者のパンチが牙ウサギの顔面にヒットした。牙ウサギはひるみ、後ろに回転しながら吹き飛んだ。一瞬動かなくなったがすぐに起き上がった。
様子をうかがうために侵入者を目で追いかける。侵入者は狼のような見た目で夕闇の紺の毛並み、三日月のようなしっぽが生えている。ルリィが左右に跳ねながら移動していた。
牙ウサギは動きを読んでルリィが真ん中から来ると予想した。予想は的中した。ルリィは何も考えず中央に突っ込んできた。牙ウサギも噛みつこうと跳躍し口を開いた。
そして、牙ウサギはルリィに噛みついた。やっと食らいつけたと思ったが、何かがおかしい。自分の牙どうしが噛み合っているだけだった。見ると、目の前から侵入者ルリィの姿が見当たらない。きょろきょろ周りを見渡したが時すでに遅し、ルリィは牙ウサギの首元に噛みついていた。牙ウサギが動かなくなるまで離さなかった。
ルリィは仕留めた牙ウサギを咥(くわ)えてユキトの所へ走った。
ルリィがユキトの所へ行き、牙ウサギを地面に下ろすと分子化して消えた。牙ウサギを倒したルリィはユキトの膝の上で撫でてもらっている。
「よくやったな、ルリィ!よーしよしよし」
ユキトは撫でている間、ルリィの能力を分析していた。
牙ウサギに噛みつかれたと思った瞬間にルリィは牙ウサギの首元に噛みついていたということは、瞬間移動していたということになる。
そう言えばスザクが何か言っていたような気がする。
「そうだ、ユキト君!ルーンフェンリルって詳しくは分かってないんだけど、特別な力があるんだよ!」
その特別な力が瞬間移動なのかもしれない…。いずれにせよルリィの初戦闘がうまくいってよかった。ユキトは正直心配していた。だが、初めて戦うのにルリィにはベテランの風格があった。闘争本能が備わっていることを再確認できた。
「ルリィ、さっきのすごかったな!あれに名前を付けるなら、月影(げつえい)だな!」
「げつ…えい?ってどういう意味?」
メリザが顎に指を当てながら聞いた。
「月の影っていう意味で、さっきのルリィがそれに似てたから、げつえいって付けてみた。…変かな?」
「ううん。全然良いよ!かっこいい名前だと思う」
「だろ!我ながら良い名前だと思うよ」
ユキトたちはまた休憩がてら、トルメの町を目指すことにした。
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