第7話 一呼吸おいて
召喚の館を出て、魔法館を後にしたユキトはメリザと一緒に万屋に行くことにした。
ダルトスの北東にある万屋は剣はもちろん杖や槌(つち)、槍などの武器がそろっている。さらには武器だけでなく革でできた軽い鎧や金属でできた重い鎧、小さい盾や大きい盾まである。
ユキトの目的は護身用の短剣を買うことである。ユキトは車いすを動かしながら剣を振り回す訳にはいかないので、せめてもの武器として短剣が良いと考えた。
この店の店主に一番安い短剣を出すように頼んだ。
「これなんかどうだ?」
店主が持ってきたのは柄の部分に滑り止めが付いた短剣だった。
「これなら握りやすいし軽い。そして何より安い。初心者向けの短剣だ!買っていくかい?」
「ああ!いくらだ?」
「百ラウだ!」
店主が値段を言った瞬間、ユキトは一番重要なことに気付いた。おれ、異世界にいるんだった!この世界のお金が現実のお金と違うことにもっと早く気付くべきだった。
漫画やアニメでも異世界系はお金が現実と全く違うものだ。日本円を払っている所は見たことがない。
ユキトはあきらめて短剣なしにしようと思っていたら、ユキトがお金を持っていないことを見かねたメリザが「私が払うよ!」と言った。
「せっかくだからあげるよ。記念に」
「本当か?ありがとうなメリザ!…いやメリザ様!」
「メリザ様って…百ラウぐらいで大げさだよ!」
メリザに短剣を買ってもらい、ユキトはメリザの家に戻ることにした。
家の中ではガノスがいつも通り金槌を打っていた。
「おう、帰ったか。どうだった?ユキトは」
「ああ。召喚魔法と身体強化魔法が使えるみたいです!」
「目が飛び出るかと思っちゃった!」
「そうか。やっぱりただもんじゃねえな!」
ガノスが、がははと笑い声をあげた。
「で、これからどうするんだ?」
「そうだな…。一人で旅をしながら、元の世界に戻る方法を探す…かな?」
「えっ!一人で行くの?」
メリザは予想外だったようで驚きの顔をした。
「ああ。ここまで親切にしてもらったから、これ以上は頼れないよ。魔法も使えるようになったし、なんとかなるはずだ!」
メリザはしばらく黙っていたが、何か決意したように口を開けた。
「ちょっと待って…!だったら私も連れてって!お父さん、いいでしょ?ユキトのサポートをしたいの!」
「あぁ…まあどうしてもって言うならいいが…大丈夫か?急に決めて」
ガノスはいきなり言われて困惑している。
「いいの。世界を見てきたいっていうのもあるし。……いいよね、ユキト?」
「えっ……まあ確かに、何の情報もないし、行くあてがないのも事実だしな…」
「私、少しだけなら知ってるよ!ずっと南に行くとノスタル大国っていう国があって、そこの大図書館にいろんな本があるの。そこに元の世界に戻るヒントがあるかもしれない!」
ユキトはしばらく熟考した後根負けしたように、
「…分かった。情報を持ってるならそれを頼りにしたい!実はおれも一人だとちょっと心許なかったんだよな…。さっきまでの自分を殴ってやりたいよ」
と、メリザを同行させることにした。
「ありがとうユキト!私、全力でサポートします…!!」
「あまり無理しないでほしいけどな」
肘を曲げ、脇を締めて両拳を上向きにして静かに気合を入れるメリザに、ユキトは釘を刺した。
ユキトがメリザを連れて行くことに決めて二、三時間くらい経過した。
女の子が時間をかけるのは分かるが、それにしては長い。化粧に時間をかけているとしたら特殊メイク並みの化粧しか思いつかない。
いくら旅をするとはいえ特殊メイクをする必要はない。
もしくは旅の道具を用意するのに時間がかかっているのかもしれない。
よく、旅が下手な人は荷物を持って行きすぎる傾向があるというが、それではないだろうか。
異世界はほぼ確実に魔物が出るから、その対策を用意している。これだったら分からなくもない。
煙玉、は忍者が使う道具か…。敵から逃げるのに便利なものだ。この世界には存在しているのか分からないが、それに似た道具があれば旅は楽になるかもしれない。
あるいは、魔法が飛び出るスクロール的なものを用意して強そうな敵が出た時に使う。
もうこれで確定じゃないか、と思いたい。
というか、むしろもうそれでいい。
メリザには申し訳ないが、もう待てないと思ってしまった男、ユキトがここにいる。
最初は一人で行こうとしてそれを取り止めたが、今は一人で行ってしまえたら良かった、と感じている。
ふと、遠くからメリザの声が聞こえた。
「ごめんなさい、ユキト!ちょっと、思ったより時間かかっちゃって…」
そう言いながら奥の方から彼女は出てきた。
彼女は長めの黒髪で髪を結んでおり、白い長袖のシャツに茶色の膝丈のズボンを穿いていたが、今は朱色の長袖のシャツの上から一部に金属があしらわれた皮鎧を着けている。そして、膝当て付きの黒いズボンを穿いている。履いていたブーツ自体は変わらなかった。
さらに、頭にはこの世界の花らしき装飾が付いた髪留めを付けていた。ユキトは勘だが、魔力のようなものを感じた。ゲームで言うなら、何かしらの加護が付いた装飾品だ。旅に必要なものなのかもしれない。
「どうユキト?変な所ない?」
遅刻してきて悪びれる素振りもなく、いやメリザの場合純粋に聞きたかったのだろう。その場でくるりと回って見せている。
「どうって…別にないと思うよ。むしろ似合ってるんじゃないか?」
「ほんと!よかったー」
時々メリザを子供のように感じる。普段大人みたいな振る舞いをしているというのもある。これをギャップ萌えというのだろうか。いや、こんな時に何を言っているんだ。
それはそうとして、メリザの腰には見慣れないものが付いていた。この場合、現実世界では見慣れないという意味だ。
「その剣はすごそうだな!」
「でしょ!職人に作ってもらったの。…あっ、職人っていうのはお父さんのことね!」
ガノスが遠くから親指を立てている。メリザに職人と言われて気を良くしたみたいだ。
メリザの腰の剣はレッドスウォードという名前らしい。
その剣は細身であり、女性でも持てるように作られている。無論、娘思いのガノスが護身用に持たせたのだろう。メリザも多用しているようだ。ガノスも職人冥利(みょうり)に尽きる。
鞘(さや)に納まっている状態でもその赤さは目立つ。メリザが鞘から抜いて剣身を見せてくれた。
レッドスウォードはただの鉄から作られたのではなく、この世界の鉱石の中でも指折り数えられるぐらいの硬さを持つレッドタイトから作られたものらしい。
というのもあり、光沢がある血赤めいた剣身だった。まるで宝石のようだ。何かを切ったとしてもその剣身の赤が目立つほどに。
できれば次の場所に行く時まで魔物に出会いたくはないが、一度使う所を見てみたいとユキトは期待半分、不安半分の状態になっていた。
「ちょっと気になったんだけど…メリザの魔法ってどんなものなんだ?」
「えっ、あっ!そういえば言ってなかったね。私の魔法はせっか魔法って言うの」
「せっか?せっかって赤い火、のことか?」
「そう、よく分かったね!?」
メリザは驚きと嬉しさが混ざった顔をしていた。
「いや、なんとなくかな…」
「魔法単体で出すことはあんまりなくて、剣に魔法を覆わせる感じかな!」
「なるほど。そういう感じか」
ユキトはメリザの説明で納得した。
そしてメリザが「じゃあ、出発しようか」と言うのとほぼ同時に、
ユキトは「ちょっとその前に、トイレを貸してくれ!」と親指を立てた。
その後出発が遅くなったのは言うまでもない。
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