第20話 絶望的な戦
悪魔から逃げ切った紅は騎士団長に悪魔の事を報告する。
悪魔を討伐する為に結成された部隊である為、悪魔が実在した事に驚く事は無かった。ただし、問題は魔獣フェンミルによって、戦力は大きく低下している事であった。
騎士団長は幹部を集めて、会議を行った。その中にはエミールも居た。
「この状態で悪魔との戦いに挑んでも勝てる見込みは薄い。今回は悪魔の存在を確認した事で撤退をするのが得策だと考える」
騎士団長の判断に異議を申し立てる者は居なかった。
撤退は翌朝、日の出と共に行われる事になった。
馬なども多くが逃げたままなので、荷馬車の多くも放棄して、持てる限りの荷物を背負ってでの退却となる。
紅も食料などを担ぎ、歩いていた。
誰もが一刻も早く、国に帰りたかった。
だが、列の先頭で悲鳴が起きた。騎士団長は何事かと怒鳴る。
「悪魔です!悪魔が現れました!」
騎士の一人が先頭から駆けて来た。その声に近くの騎士や兵は狼狽える。
紅は昨日の悪魔がやって来たのだと悟った。
「エミール様。たぶん、昨日の悪魔かと」
エミールは不安そうな顔をしたものの、気丈に振舞った。
「悪魔には魔法が有効よ。私の出番です」
エミールは荷物を下ろし、杖を持ち、前に出ようとした。それを紅が制す。
「状況が不明です。私が確認して参りますので、ここでお待ちください」
紅はそう言い残すと、荷物を放り投げ、素早く、列の前へと向かった。
「ははは。人間共。折角、ここまで来て、我に会わずに帰るとは寂しいではないか?」
昨日、紅と遭遇した悪魔は笑いながら次々と騎士や兵の殺していく。
悪魔の放つ魔法は一瞬で人を殺す。炎は数人を一度に炭にして、風は胴体を切断する。尋常じゃない力の前に人は無力かと思うほどであった。
立ち向かう騎士に逃げ惑う兵。戦況は混乱の一途であった。
紅は列の先頭に到着して、冷静に状況を眺めた。
「悪魔は人を殺すことを楽しんでいる。あの力ならば、こんな手間は掛からない」
紅は悪魔が本気を出してないことを感じた。そして、それは絶望的なことであった。
「何とか・・・逃げ道とは思ったが・・・このままでは全滅する」
紅がこの時、思ったことは部隊を見捨てて、エミールだけでもここから脱出させることであった。だが、それでも逃げ切れる保証はまったくなく、活路は悪魔を何とかするだけであると考え直す。
「エミール様の元へと戻る前にやれることを試しておくか」
紅はまだ、未完成だと感じている魔法を使うことにした。
まずは目晦ましである。
強い光を放つ魔法はまだ、紅は知らない。だが、忍術の一つに目晦ましがある。
それは強い光を発して燃える素材を使った爆弾である。
懐から出した和紙で作った筒に導火線を差し込み、火打石で着火する。それを悪魔の頭上に向けて投げる。
突如、放り投げられた物に悪魔は見据えた。まだ、火薬の無い世界である。それが何かを悪魔は知らない。だが、それでも危険な物だと感じ取った悪魔は風魔法でそれを吹き飛ばそうとした。
刹那、それは激しい光を発して、燃え上がる。それをまともに見た悪魔は目の前が真っ暗になるほどであった。
ぐぁああああああ
突然のことに悪魔は驚き、顔を両手で覆って、狼狽えた。
紅はその間に魔法を詠唱していた。そして、手にしたクナイを投げる。それと同時に発せられた魔法がクナイを炎で包む。
そのクナイは狼狽える悪魔の胸や腹に刺さる。クナイを覆う炎はそのまま、悪魔に移った。
うぎゃああああ
悪魔は魔法の炎に覆われ、苦しむように千鳥足になった。
紅は刀を抜いて、悪魔に飛び掛かる。
刀にはクナイと同様に炎が纏っている。目も見えず、炎に焼かれる悪魔は紅の接近にも気付かず、その斬撃を受けるしかなかった。
切っ先が悪魔の脇腹に食い込む。だが、紅の剣術ではそれ以上に刃は進まなかった。
「私ではこれまでか」
諦めた紅は刀を抜いて、腰から何かを取り出す。
それは昨日、躱された目潰しの粉である。それを悪魔の顔面に多量に放り込む。
光による目晦ましから戻りつつある視力であったが、今度は目潰しの粉によって、目が激痛に襲われ、開けられなくなった。
ぎゃおああああああ
激痛に悲鳴を上げて、その場に転がる悪魔。
「今ですぞ!」
紅の言葉に騎士達がここぞとばかりに槍や剣で悪魔を突き刺した。
彼らの力でも悪魔の体を貫くことは出来なかったが、それでも刃は深く刺し込まれた。その痛みに悪魔は更に悲鳴を上げる。
「さすがの悪魔でも痛みで意識が纏まらない内は魔法を発動が出きぬか」
紅は観察をしながら、次の攻撃の為に袋を用意した。
袋の中身は可燃性の高い油である。騎士達を下がらせ、油を悪魔に掛けた。そして、小さな炎が出る程度の魔法を唱えた。こういう時は火打石よりも魔法の方が便利であった。
悪魔の体が一瞬にして炎に巻かれる。
これで勝負があったと紅は思った。
だが、悪魔はその状態で立ち上がった。
「この程度の・・・炎で我が焼かれるか・・・」
炎は一瞬にして消えた。否、クナイの炎だけは消えない。それも悪魔は自らの手でクナイを引き抜いた。
「はぁはぁはぁ・・・人間如きが・・・皆殺しだ。皆殺しにしてやる」
悪魔はそれまでの余裕の笑みなどどこにもなく、怒りに満ちた表情で紅達を見ている。
紅は悪魔が不死身かと思った。全身を火に焼かれても、あまりたいした火傷もしていない。
そして、悪魔は放つ殺気に紅はここまでだと感じた。
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