第18話 魔獣フェンミル

 魔獣フェンミルに接近して解った事は目と鼻が悪い事だ。

 タテガミの炎のせいだろうか。人が近付いても気付かない様子だった。

 最初に紅が人の匂いを嗅ぎって、進んでいるというのは間違いだったことになる。

 ここで紅は不思議に思った。

 どうやって魔獣は人の位置を掴んでいるのか?

 偶然で、紅達の陣地に真っ直ぐに向かって来るとは思えなかった。

 紅は任務中でも冷静に全ての可能性を考える。

 魔獣を誘導した存在がある。

 結論はそこだった。そうだとすれば、魔獣は一匹だけじゃない可能性もある。

 紅はそう考えて、フェンミルを誘導する騎士達に指示を出しつつ、周囲を警戒する。

 馬に跨る騎士達は巧に弓を放ち、フェンミルを徴発しつつ、罠へと近付ける。

 フェンミルは怒っているのだろうか、暴れる素振りで走り回る。

 魔獣は所詮、獣であった。

 誘導されるまま、罠へと向かい、そして、罠に掛かったのだ。

 掘られた壕にフェンミルは見事に落ちる。

 壕の底に設置された杭がその身体に刺さったのだろう。フェンミルは悲鳴のような雄叫びを上げた。

 どれだけ毒が効くのか解らない。壕に落ちた段階でエミール達は持ちうる魔法の全てをフェンミルにぶつける。水、氷の魔法によって、壕の中が水で満たされる。

 それはフェンミルの炎のタテガミで蒸発して、大量の水蒸気が発生した。

 まるで霧のように水蒸気がその場にたちこめ、視界が悪くなる。

 「気を付けろ!フェンミルが死んだわけじゃないぞ!」

 騎士が叫ぶ。魔法の攻撃は更に続く。

 紅は事態を冷静に見る為に視界が通る場所まで離れる事にした。

 途端であった。

 大きな爆発が起きたのだ。

 水蒸気爆発。

 多量の水蒸気が強大な熱源と接触した場合に起きる爆発である。火山などの噴火時に起きる事で有名な現象だが、それが起きたのだ。

 小柄な紅の体が宙を舞う程の爆発が起きた。

 紅は転がりながら冷静に受け身を取る。何が起きたのか彼女には解らない。

 「爆発・・・魔獣が爆ぜたのか?」

 炎をタテガミにするぐらいだ。体内に燃料のような物を含んでいてもおかしくないと彼女は考えた。

 爆発の規模から考えると魔獣の近くに居た騎士やエミール達の安否が気になる。

 紅は魔獣の生存も危惧して、刀を抜いて、爆心地に近付く。

 爆発によって水蒸気の大半は散っていた。

 爆発の中心であった魔獣の体の一部であろうか。獣の肉体の一部が転がっていた。

 そして、酷く損壊した騎士と馬の姿があった。

 一目で生きていない事は解るので紅はその横を通り過ぎて、エミールを探した。

 魔法を使う者達は少し離れた場所だった為、全滅は免れたようだが、爆風に飛ばされ、死傷者が出ていた。

 「エミール殿はどこか?」

 紅が叫ぶと、エミールの声がした。

 「私はここよ!」

 エミールは無事だった。他の者とは違い、傷一つ無かった。

 「フェンミルはどうなったの?」

 エミールの問い掛けに紅は答える。

 「正確に答える事は出来ませんが、肉体の一部が転がっていました。死んだと思われます」

 「そう・・・それは良かったけど、騎士達は?」

 「残念ながら、爆発に巻き込まれて、死んだと思われます」

 「そんな・・・」

 エミールはショックを受けた様子だった。

 その時、男の声が聞こえた。

 「エミール殿・・・ご無事でしたか」

 それは騎士のバレルだった。彼は大けがをしていたが、生きていた。

 「バレル殿、すぐに治癒魔法を施します」

 バレルはエミールに治癒魔法を掛けて貰い、全身の傷が治り始める。

 その間に紅は被害の確認を始めた。

 死者は騎士が二人、兵士などが41人程度であった。

 彼等の遺体を本国に送るのに人手は割かれる。無論、撤退するという手もあるが、負傷者の治療なども含めると、1週間程度はここに逗留する必要があった。その為、戦力の半分を割いて、本国に遺体を移送すると同時に補充を願うのである。

 まだ、傷の癒えぬ騎士のバレルは横たわったまま、不安を口にする。

 「戦力が半分の所をまた、魔獣に襲われたら、今度はどうにもならんぞ?」

 その通りだった。ここから動けないとすると、野営である。もっとも防御に弱い状態で戦力が足りないのは危険極まりない状況で1週間を過ごす事になる。

 

 治療は昼夜を問わず、行われる。

 エミールの治癒魔法にも限度があり、大抵は薬草による治療となる。

 医学の発展は左程では無い為、手術などの治療はあまり行われない。この事は紅の時代においても同じで、外傷においても血を止めて、縫い合わせる程度である。

 紅は負傷者の世話をする。

 傷口を放置すれば、菌が入り、危険な状態になる。その仕組みについて、紅の時代はまだ理解はされていないが、そうなる事に関しては知識があった。その為、傷口を綺麗な水で注ぎ、常に清潔する事は大事であった。

 数少ない兵士は代わる代わる立哨をする。フェンリル級の魔獣に襲われれば、対抗する手段は無い。後はとにかく逃げるしかない。その為にもいち早く、敵を見付ける必要があり、常に緊迫した状況であった。

 フェンリル程では無いが、魔獣の襲撃を何度も受けたが、何とか彼等は撃退する事に成功した。だが、確実に疲弊した彼等は1週間を迎える前に限界に達していた。

 紅はそんな彼等の様子を見ながら、忍者に伝わる滋養強壮剤を手元にあった薬草から作り出す。

 忍者は苛酷な状況でも精神を維持する為、こうした薬を口にする。

 内容的にはストレスを緩和する効果と疲労感を軽減させる効果、栄養補給なのだが、それらを明確に理解しているわけではなく、飲めば元気になるとだけ理解している。因みに現代だと違法な成分も混じっている。

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