第17話 魔獣狩り
魔獣の接近を確認する事は出来たが、その巨体を見る限り、熊よりも大きく、また、魔獣である限り、それは普通の力では無い魔力を有していると考えると、安易に近付く事は危険過ぎた。
紅は周囲を観察し、他の魔獣が居ない事を確認した後、すぐにキャンプ地へと戻る。
騎士達に魔獣の事を知らせると彼等は色めき立った。
多くの者は魔獣と戦った事は無い。弱いとされる魔獣でも普通の獣以上に危険だとされ、近付く事も禁忌とされているからだ。魔草を得る為にそれらと日頃から遭遇する機会の多いエミールは特別である。
エミールは紅から聞いた魔獣の容姿から「それはフェンミルですね」と答える。
エミールの説明ではフェンミルとは炎のタテガミを持つ魔獣で狂暴らしい。炎の属性を持ち、火の中に飛び込んでも死なないとか。炎を吐く事は無いが、炎のタテガミに触れれば、灼熱の炎で焼かれるらしい。
騎士はエミールに尋ねる。
「それらは我等の魔法で退治が出来るのでしょうか?」
それを聞いたエミールは考える。
「水や氷の魔法が効果的だとは聞いております。ただ、灼熱の炎を消す程に強い魔法で無いと・・・」
紅が見る限り、炎のタテガミは相当な火力であり、それを消すとなると並大抵の水や氷ではダメだと思った。
騎士達は動揺している。
「対抗策が無いとしても・・・フェンミルはこちらに近付いているのだろ?数で何とかするしかない。水の魔法が使える者を集めて、集中投入するしかない」
騎士達は慌てる。エミールも立ち上がった。それに紅は驚く。
「エミール殿も戦うのですか?」
それにエミールは笑顔で答える。
「当然よ。この中じゃ、もっとも高位の魔法使いだしね」
「エミール殿なら、フェンミルも倒せると?」
「さぁ?初めて見る相手だから・・・だけど、負けるつもりはないわ」
「自信があられるなら・・・私も少なからず、助力します」
紅はそう言うと、駆け出した。
相手が魔獣となれば、紅に出来る事は数少ない。
退治するなんて出来るわけが無い。やれることは敵の位置を常に把握して、報せる事。紅は森を駆け抜けた。
フェンミルが歩く先は火事が起きる。炎のタテガミは周囲の草木を燃やす。山火事の匂いでその位置が解るぐらいだ。
「あんなのが歩き回ったら、山はあっと言う間に焼き山になってしまうな」
紅はそんな独り言を呟きながら、木々を抜ける。
遠目からフェンミルがゆっくりとキャンプ地に近付いているのが解る。どうやら匂いで人間の位置が解っているらしい。その動きは獲物を狙う動きだと紅は感じた。
毒矢を射込むという手もあるが、巨体故に毒矢がどれだけ効くか解らず、尚且つ、吹矢で射る為にはかなり近付かないといけないが、獣の嗅覚からすれば、容易に接近するなど困難である事は解っていた。
「罠を仕掛ける暇があれば、良いが・・・」
獣を仕留める罠は幾つか頭に浮かぶ。だが、あの巨体を相手にする為にはどれも時間が掛かり過ぎた。
紅は獣の動きを追いながら、逐一、戻り、報告をした。その間に騎士達は兵を動かし、迎撃態勢を整えていた。だが、騎士も含め、誰もが尋常じゃない緊張感を漂わせている。多分、誰もが死を覚悟しているのだろう。士気が旺盛とは言い難い。
紅は騎士に具申した。
「魔獣は一匹です。罠を仕掛けて、動きを止めて、攻撃をするがよろしいかと」
その具申に騎士達はすぐに乗った。
紅が授けた罠は労力があればすぐに出来る物だ。浅い掘を作り、尖った木片や短剣などに毒を塗り付け、堀の底に立てる。その上に土や草を被せるだけだからだ。
兵は懸命に地面を掘り始める。その間に紅は持っている全ての毒を尖らせた木に塗り付けるように指示を出し、再び、魔獣の元へと向かった。
罠を作れば、今度はそこに魔獣を誘き寄せねばならない。紅は騎士と共に陽動を提案した。騎士は機動力を上げる為に分厚い甲冑を脱ぎ、軽装にて、馬に跨る。そして、弓を手にした。
騎士の多くは武芸全般を修得している。剣、槍、弓、そして鉄砲だ。剣だけを鍛えているだけの騎士など存在しない。無論、得手不得手はあるが。
たった三人の騎士達はさすがと言うか、怯えてなど無かった。
腰にロングソードを携えて、彼等は馬を駆った。
紅は彼等を見送ると別の方角から山へと入り込んだ。
魔獣フェンミルは山を焼きながら、人の匂いを探りながら歩いていた。
魔獣とは言え、獣だ。
人を襲う為とは言え、慎重であった。
騎士達はそんな魔獣へと近付く。
魔獣の事は誰も解らない。あまり近付き過ぎれば、逃げ遅れる可能性もある。
矢が届く、ギリギリまで迫った彼等は冷静に魔獣を眺めた。
「凄いな」
騎士の1人が驚いたように呟く。炎のタテガミから発せられる炎で空気が揺れる。
熱気が遠く離れた彼らにも感じられた。
隊長のバレルが弓を構えた。他の二人も弓を構える。
そして矢が放たれた。
矢は弧を描き、魔獣の周囲に落ちる。それに魔獣は気付いた。
咆哮を上げたフェンミルは騎士達を見据えた。
バレルはそれに気付く。
「どうやらこちらに気付いたようだ。鼻が悪いのか?矢を射られるまで解らないなんてな」
バレルはフェンミルがこちらに襲い掛かる雰囲気を察して、馬を翻す。そして、駆け出した。
「今度は追いかけっこだ。ついて来い」
バレルは手綱を引き、馬を巧みに操った。
フェンミルは騎士達を追い掛け始めた。
紅は少し離れた場所からその様子を窺っていた。
「ふむ・・・体が大きい故か・・・動きは思ったよりも鈍重だな。あれなら熊の方が速い」
紅は冷静にフェンミルの動きを眺める。
炎を身に纏う恐ろしい生き物だが、その動きは鈍重で、人の接近も気付かぬ程に警戒が弱い。熊や猿、猪に狼などを相手に狩りをしてきた紅からすれば、鈍いと感じられる。だが、並の生き物では無い故にそれだけで甘く見てはいけない。
まずは罠に仕掛ける事だ。
戦いはなるべく、危険を減らす事が大事なのだから。
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