第14話 魔族軍

 エミールの家には王国軍の将校が居た。

 「お前さんが紅か?」

 彼は戻って来た紅に鷹揚に尋ねる。

 「そうです・・・失礼ながら、どちら様でございますか?」

 紅は相手の身なりから、高位である事は察し、畏まりながら、尋ねる。

 「すまん。儂は王国軍を率いるドルディハイライドだ」

 「率いるとは・・・総大将と言う事でありますか?」

 「左様。ここに悪魔について、有力な情報を持つ娘が居ると聞いて来た」

 「それは・・・私の事でしょうか?」

 「そうだ。因みに、この間の戦いにおいてもお前が裏で動いていたとエミール殿から聞いているが、本当か?」

 「些細な事であります」

 畏まった紅の姿を見ながら、ドルディハイライドは少し考え込む。

 「些細な事か。こちらとしてはその些細な事を教えて貰わないと辻褄が合わなくてな。この間の戦いは明らかに我が軍の敗北が濃厚だった。だが、突如として、敵軍は統制を失い、勝手に自滅しおった。考えられるのは魔獣を操る者に何かあったかと思うわけだが」

 「そうでありますか」

 紅は何も語ろうとはしなかった。

 「ふむ・・・何も語ってはくれないか。だが、我等にも情報を集める為の人材と言うのは居てな。お前さんの動きもそれなりに察しているつもりだ」

 「左様でありますか。しかし、こんな小娘が出来る事など、左程の事ではありません」

 「そうか?お前、悪魔に効く武器を知っているだろう?」

 そう尋ねられて、紅は諦めて、悪魔に用いた魔草から作り出した毒液を取り出す。

 「これにてございます。使った素材と調合の記録はこちらにて」

 「ふむ・・・本当にあったとは・・・これは本当に悪魔に効いたのか?」

 「毒矢にて、撃ち込みましたところ、悪魔は一瞬にして姿を消しました」

 「一瞬にしてか・・・なるほど。これを大量に生産させる事にしよう。よくぞやった。戦いの件もある王国から何かしらの褒章があるだろう」

 それを聞いて、紅は更に畏まる。

 ドルディハイライドは満足気に部下を引き連れ、エミールの家を後にした。

 

 エミールは紅から改めて、悪魔に効く毒薬について、話を聞いた。

 「遥か、昔、このような毒薬や武器を用いて、悪魔を撃退したと言う伝説はあったけど・・・本当にあるなんて・・・」

 エミールは驚いていた。元々、悪魔自体、存在も疑わしい為、悪魔に効く毒なんてのも知られてはいなかった。

 「悪魔と言うのはこの世に当たり前に居る存在では無いのですね?」

 紅は不思議そうに尋ねる。

 「そうね。殆ど、伝説として語られているだけよ。前に出たとされた時はまともに記録が残させるような文化も無かった時代だったしね」

 識字率も低い時代。

 紙すらも貴重な時代に記録を残す事はとても難しい事である。それは紅も充分に理解が出来た。口伝によって残る事は大抵、多くの人々は作り事だと思い込んでしまうし、事実、口伝は何代も重ねる内に内容は曖昧になり、徐々に変わっていく。

 悪魔が事実として、存在していたとしても、失われて久しいなら、それが本当かどうかも怪しまれるのが普通だ。

 「兎に角、悪魔は存在します。奴等は人間を奴隷として支配し、自分達の為に苦しみを与えるつもりです。まともな連中ではありません。倒すしかないかと」

 紅は素直にそう告げる。それにエミールも理解を示し、頷く。

 「それでは・・・私達も戦うしか無いわね。軍だけでは多分、悪魔に勝てない」

 エミールはそう言って、立ち上がる。それに紅は不思議そうに尋ねる。

 「エミール殿は薬師であり・・・戦う意味は無いかと・・・」

 当然であった。忍者が戦場で矢面に立っても意味が無いように薬師は後方で薬を作り、前線の兵を助けるのが普通だった。

 「相手が悪魔なら話は別よ。悪魔には魔法が最も効果的であるとされているし・・・魔法ならば、そこら辺の騎士にも負けないわ」

 紅は確かにそうだと感じていた。エミールの魔法はかなり強力である。魔法に対して、まだ、理解が足りない紅にも解る程に。

 「解りました。エミール殿の身の安全は私が守ります。それで、どうしますか?」

 「まずは旅支度。そして、王都へ向かい、陛下に許可を頂くわ」

 「左様ですか。ではお供いたします」

 エミールは早速、旅支度を始めた。

 紅は命じられた通り、荷馬車を村で調達し、薬や材料、道具などを積み込む。

 それと同時に村の鍛冶屋に頼んでおいた物を受け取る。

 それは手甲や鎖帷子などの防具である。細かい加工が必要なこうした物はそれなりの技術が無いと作れない為、頼んでおいたのだ。

 エミールも防具としては弱々しく見えるマントを羽織り、頭を覆う頭巾を被る。

 「これらは魔法が施してあって、効果がある間は繊維が鉄よりも硬いのよ」

 そう説明され、紅はマントを触るが、確かに繊維が鋼鉄のような硬さがあった。

 こうして、彼女達は王都へと向かい始めた。

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