第13話 会戦

 紅は忍者装束を身に纏った。元々、この世界に来るときには持っていなかったが、手近な布に丁度良いのがあったので、自ら裁縫して作ったのである。忍者装束は基本的に動き易さを最優先にしているのと、暗闇などに紛れる事も必要なので、暗い色が用いられる。紅が手に入れた布は変わった布で周囲の風景の色に変化する。原理は不明だが、エルフの織った布とだけ聞いた。エルフもこれを着て、天敵から身を隠すようだ。

 忍者装束の紅を見たエミールはマジマジと眺める。

 「動き易そうな服ですね?」

 「そうです。忍者が動き回る時に着る服です」

 「こういうの良いわね。流行ると思うわよ」

 「流行る・・・外仕事の服に似てるだけですが・・・確かにこの世界ではあまり見掛けないですね」

 紅は更に頭巾を被る。それを見てエミールは笑う。

 「顔まで隠すの?日焼け防止?」

 「違います。相手に素顔が見られない為です」

 「顔を見られない為?貴族とかがお忍びで出掛ける時みたいに?」

 「ふむ・・・まぁ、そんな物です」

 「へぇ・・・よく分からないけど・・・色々と道具もあるのね?」

 机の上には紅が作ったりして、用意した道具が置かれている。

 「はい。この世界に無い物が多いので苦労しました」

 「紅は器用ね。裁縫も鍛冶も出来るのだから」

 「全ては幼い頃から教え込まれましたから」

 「厳格な親御さんだったのね」

 エミールが感心したように言うが紅は何の事やらと思っていた。

 忍者道具は工夫を施した物が多い上に普通の鍛冶屋などでは頼み難い物が多い。その為、自分で作るのである。一番苦労したのが忍者刀である。

 忍者刀とは日本刀ではあるが、反りが無い直刀である。忍者は戦闘を避けるので、刀で打ち合うのは最終手段である。自衛用兵器であるが、普段はこれを足場などの道具として使う為の形である。

 この世界には玉鋼が存在しない。鉄はあるが、そのまま、使うと粘りが足りないのである。強度の無い刀は容易に折れるし、刃が悪くなる。多分、この世界の刀剣類は左程の強さがあるわけじゃないだろうと想像がつく。

 紅は古典的な方法から玉鋼を作り出し、そこから刀を鍛え上げた。本物の鍛冶師では無いので、極めて優れた刀では無いが、この世界の貧弱な剣よりかは良いであろうと思う。

 

 紅が戦支度をしている頃、王国は騎士団と兵を国境近くに派遣していた。

 騎士団と軍の数はおよそ1万2千人。

 突然の出撃命令で動かせる最大の数だ。現在、更に兵力を募り、増援を検討している。

 彼等は悪魔が国境を超えるのを恐れ、駆け足で向かい、想定以上の速さで目的地に到着した。

 殆どの兵に疲れが見えるものの、彼等はすぐに布陣した。

 国境の向こうからは獣のような声が幾重にも聞こえる。

 誰もがそれが魔獣の叫びだと思い、恐怖した。

 騎士団長も内心は怯えていた。ただの人間が悪魔と戦って勝てるはずが無い。それは常識だった。だが、それでも自らを奮い立たせ、ここで死ぬ覚悟で戦うのだと覚悟を決めて、騎士達の前に立つ。

 「皆、ここで我らが倒れれば、悪魔はこの国を蹂躙するだろう。家族や親しい者が悪魔に好き勝手される事を良しとしない。我らは命を賭けて、この戦いに勝つぞ」

 誰もが恐怖を感じながらも騎士団長の言葉に鼓舞される。

 その時だった。

 森を掻き分け、一つ目の巨人が姿を現した。それと同時に狼や豚のような魔獣がわらわらと駆け出してきた。

 唐突に会戦は始まったのである。


 紅はその様子を近くの小高い丘の木の上から眺めていた。

 普段から視力を鍛えている彼女の目には1里ほど先の事も詳細に見て取れた。

 「ふむ・・・善戦はしているが、さすがに人の手に負える連中では無いか」

 まだ鉄砲も無い世界。

 使う弓は短弓。速射は出来ても、威力不足で、せいぜい、ゴブリンかオークぐらいしか倒せていない。兵は槍を持つが、それも短槍で手練れも少ない。魔獣は軽々と兵を喰らい、隊列は崩された。

 騎士団は流石に簡単に倒されないまでも手にした槍は折れ、剣さえも折れた。全身を覆う甲冑は確かに防御は出来るが、動きを大きく制約し、巨人相手にはただ、意味をなさなかった。

 紅は数でも劣る王国軍が潰走を始めるのも時間の問題だと考えて、動き出す。

 

 騎士団長は威力を重視した両手剣で巨人の腕を切り落とした。

 馬はすでに命を絶え、騎士達は甲冑を棄て、戦っていた。

 魔獣の数は圧倒的、力の差も大きい。

 勝てる見込みはまったく無い。絶望的な戦いであった。

 巨人の振るう槌が騎士を薙ぎ払い、雪崩れ込む魔獣の群れが兵を殺戮していく。

 この様子を眺める悪魔は笑っていた。

 どれだけに魔獣が殺されようと彼にはどうでも良い事であった。

 悪魔にとっての魔獣はペットのような物だ。

 「ふふふ。人間の魂が次々と・・・素晴らしい」

 酔いしれていた。

 人間。特に騎士のような強者の魂は極上である。

 それが手に入る戦場は彼等にとって、最良の場所である。

 悪魔は高台から戦場を眺め、悦に入っていた。

 その時だ。

 首筋に強烈な痛みを感じる。悪魔が物理的な痛みを感じるなどあり得なかった。

 「何だ?」

 慌てて首筋に手を当てると何かが刺さっていた。それを抜くと、紙で出来た三角錐の物体。

 「こ、これは?」

 悪魔にはそれが何か解らなかった。だが、身体の中で何か異変が起き始めた。あまりの事に苦しくなり、力が入らず、その場に蹲る。周囲を囲む魔獣達も何事かと心配そうにウロウロとしだす。

 悪魔の意識は薄くなり、やがて、消えた。

 悪魔は倒れた。それは彼が動かしていた魔獣達の統制は失われ、突如として、混乱を始めた。王国軍はその好機を逃さずに再度、終結して、戦いを挑んだ。そして、戦局は逆転したのだ。統制を失った魔獣は逃げ出し、王国軍は国境を越えて、隣国の村まで魔獣を追い払ったのである。


 紅は森の中で状況を確認した。

 「ふむ・・・魔獣で幾度か試してみたが、この薬草は魔獣が避けて通るだけあり、彼らに効く毒性はしっかりあるのだな」

 紅が手にした毒針付きの吹矢を眺める。

 何の策無しに謎の敵と戦うなどはしない。

 忍者の戦いは情報収集。無論、それが常に成功するとは限らない。だが、たった単騎で敵地に乗り込み、敵の大将の首さえも奪う事を命じられるからこそ、慎重さを常に持つ。

 悪魔とは一度、対峙して、まともに戦って勝てぬ事は知っていた。だからこそ、悪魔に効く毒などを研究しておいたのだ。幸い、魔獣が避ける毒草などはエミールが知っていたので、そこから考えは浮かんでいた。

 「だが・・・これで相手が諦めるとは思えぬ」

 紅は戦局が決したのを見たら、エミールの家へと戻った。

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