第12話 魔王軍侵攻

 3日ぶりに紅はエミールの元へと帰って来た。

 予定よりもかなり早い帰宅ではあったが、エミールはとても喜んだ。

 彼女の喜びとは別に紅はすぐに彼女に報告を始める。

 机に敷いた紙に筆で器用に地図を描く。

 「街はすでに魔王の支配下にあります。騎士などの戦力は全て殺害され、残されているのは老人、女、子どもです。屋敷にはこの地を支配した悪魔が居まして、偶発的に戦闘になりました」

 紅の説明にエミールが驚く。

 「悪魔と戦ったの?たった一人で?」

 「かなり手強い相手で逃げるにも一苦労しました。下手をしたら殺されていた可能性は大きかったです」

 紅は淡々と説明する間にもエミールは驚きの余り、真っ青になっていた。

 「すでに国境付近まで制圧が終わっているのと、国境付近に勢力を伸ばしておりますので、魔王軍が国境を越えて、こちらに攻め入るのも時間の問題かと思います。すぐに国境付近の戦力を増強するようにご進言ください」

 紅はエミールにそう願う。話を聞いたエミールはすぐに動き出す。

 「解ったわ。早速、王都へと手紙を書いて送ります」

 その日の内にエミールは手紙を書き、郵便配達員に託した。郵便配達員は馬に乗り、王都へと駆け出した。


 紅と戦った悪魔は魔王にその事を伝えていた。

 思念を直接、遠くへと飛ばす魔法の為、まるで玉座で眠っているように見える。

 魔王は僅かに怒りの色を見せた。それはこの悪魔、ボイズが人間相手に戦い、取り逃がした事もあるが、敢えて、悪魔の居城へと忍び込み、易々と逃げる人間が居た事にだ。

 「勇者とも違うな・・・人間の女だったのだな?」

 魔王の言葉にボイズは恐る恐る認める。

 「最前線となる国境付近を任せるお前を手玉に取って、逃げ切れる。普通の人間では無い。そいつが放った煙を発する玉については?」

 「現在、調べておりますが・・・見た事も無い物でして・・・どうやって煙が出たのかも解りません」

 「魔法具では無いのか?」

 「それが・・・魔力を感じませぬ」

 「魔法具でも無いのに・・・大量の煙を発するなんて・・・なんなんだ?」

 魔王は紅が放った煙幕玉にも疑念を抱いていた。そもそも火薬自体が無い世界だ。突然、多量の煙を噴き出す玉など想像を超えた技術なのである。

 「人間め・・・我々を手玉に取るとは小癪な・・・。我が完全であれば、人間などすぐに一掃するものの」

 「魔王様。無理をなさらずに。魔王様が復活するまでに我らが人間を全て支配し、贄としますので」

 「頼むぞ・・・まだ、長い月日が掛かるからな」

 「御意」

 ボイズは魔王との思念の繋がりを切断すると疲れたように溜息をつく。

 元々、悪魔は肉体を持たない存在である。この世界に現れる為には多くの生物の肉体を贄として、受肉し、顕在する。それ故、精神に対するストレスや攻撃には弱い。魔王との会話は特にストレスが大きく、下手な下っ端悪魔ならそれだけで消滅してしまう程の事であった。

 「魔王様の怒りを買うわけにはいかない。予定より早いが、軍を動かし、人間世界の支配を広めるか。しかし・・・殺すだけなら簡単なものの。生かして、我等の贄にせねばならないと言うのが面倒だ。家畜にするには人とは面倒なものだな」

 ボイズは重い腰を上げ、配下の魔族たちに命令を出した。

 「隣国へと攻め入る。計画通り、部隊を進めろ」

 

 国境付近では王国の騎士が兵士を連れて、警戒に当たっていた。

 隣国での異常に対し、そこに悪魔が居ると確信している彼等には緊張感が漂っている。兵士の多くは農民から集められた兵士だ。この世界では当たり前であるが、ろくに訓練も積んでいない農民兵は目の前の恐怖に対して、まともに働けない。その為、実際に役に立つのは金で雇った傭兵団だ。だが、現在、その姿はどこにもない。当然だろう。相手が悪魔となれば、命が無い。どれだけ報酬が良くても請け負う輩は居ないのである。

 騎士はこの絶望的な状況で万が一にも悪魔が出てこれば、味方が合戦の用意が整うまで、ここで彼等を留めなければならない。こうして、もっとも名誉ある任務を与えられたが、それは死に最も近い役目であることは彼も知っている。

 側近の騎士がこの部隊の長である騎士のザックストンに声を掛ける。

 「ザックストン様、後方から文であります」

 それは後方に展開する王国軍の軍団長からの文だった。ザックストンは通信筒の蝋の封をナイフで削ぎ取り、蓋を取り、書状を取り出す。それを読んだ瞬間、彼の表情はみるみる青褪める。

 「やはり・・・隣国はすでに悪魔の手に落ちている」

 それは紅が手に入れた情報であった。回り回って、最前線の彼へと伝えられたのだ。紅が国境から戻り、三日目の事だった。

 ザックストンの言葉に全員が動揺する。これまで憶測はしていた。それが確信へと変わったのだ。恐怖で泣き出す者も居た。

 「恐れるな。ここで我らが食い止めねば・・・国が亡ぶぞ」

 この亡ぶは普通の話では無く、人が全て殺されてもおかしくない話であった。それ故にむしろ、闘志を湧かす者も多く居た。

 戦うしかない。

 彼等は国境の先を眺めた。

 その時、木々が激しく揺さぶられ、地面が震えた。

 風が激しく吹き荒れ、奇声が響き渡った。

 「悪魔だ・・・悪魔が来たぞ!」

 兵士が叫んだ。それで部隊はパニックになる。

 槍を棄て、逃げ出そうとする者も現れる。それを力づくで止めて、全員が戦闘準備を終えた。

 ザックストンは状況を伝える為、信頼が出来る部下を馬に乗せ、伝令として走らせた。そして、彼自身は兜を被り、槍を持ち、馬へと飛び乗った。

 「恐れるな!戦うんだ。!家族や家が悪魔に蹂躙されても良いのか?ここで我らが奴等を全て、駆逐するのだ!戦え!戦え!」

 ザックストンは兵を鼓舞しながら、自らの恐怖も振り払おうとした。

 

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