第11話 悪魔

 紅は目の前に現れた鬼を冷静に見る。

 忍者にとって、戦闘はあまり好ましくない状況であった。

 忍者の本分は戦いには無い。

 剣術も体術も相応に鍛錬はしているが、精強と呼べるものじゃない。

 ましてや相手は魔法を使う。

 魔法は紅にとってはまだ、解らぬ事が多い現象であった。

 「お前が魔王の手下か?」

 紅はそう尋ねる。緊張感が漂う中で平然と尋ねられ、鬼が軽く驚く。

 「なっ・・・そうだが・・・俺を見て、悪魔だと解らんのか?」

 この状況に対して、あまりに冷静でいられる紅を前にして、悪魔は動揺を隠せなくなっている。

 「不思議な人間だ・・・本当にお前は何者だ?」

 「答える義理は無い」

 紅はそう言い放つ。

 「いや・・・俺はちゃんと答えているだろう?」

 悪魔は苛立った。だが、紅は何とも感じてない様子である。

 「とにかく、捕まえれば、いいだけか」

 悪魔は紅の態度に不満を感じながら、紅を捕まえようとする。

 迫る悪魔に対して、紅は懐から出した玉を袖に取り付けたヤスリで擦る。途端に玉から煙が噴き出す。それを見た悪魔は驚く。

 「なっ・・・魔法か?」

 紅は悪魔の驚きを見て、魔法でも煙を出すような事は無いのだと悟る。紅は玉を自らと悪魔の間に放り投げる。玉は一気に多量の煙を噴き出し、一瞬にして、互いの視界を遮った。

 「なっ・・・なんだ?」

 驚いた悪魔は迫る煙に驚き、後退る。悪魔と言えども、初めての事には恐怖を感じるのだろう。廊下に充満した煙が薄らぐには10分程度を有した。その間に紅は屋敷からの逃亡を果たし、壁を越えて、丘を下ろうとしていた。

 逃げられた悪魔は怒り狂った。すぐに彼の手下となる悪魔や魔獣を招集した。


 丘を下る紅は屋敷の方から何か獣の叫びが聞こえた。

 紅はそれが敵が警報を発したと感じ取った。

 当然ながら、それは逃亡する紅に追手が掛かる事を察した。

 忍者にとって、逃走は基本であった。

 足跡を消す。匂いを残さない。自らの逃走の痕を残さない。

 だが、それはあくまでも人間相手に通じる方法だ。

 魔獣と呼ばれる類には犬などと同等以上の嗅覚を持つ種類もいる。それは魔獣が獣の形に似通っている事から、予測が出来た。

 狼に近い魔獣である人狼は人間の臭いを追い掛けた。

 足元の悪い森の中でも彼等の速力は衰えず、相手が丘を下りるまでに捉えられると彼等は思っていた。

 刹那、足の裏に激痛が走り、彼等は次々と転んだ。

 悲鳴を上げる彼等はのたうち回る。

 足の裏には金属製のトゲトゲの物が刺さっていた。それが忍者の道具であるマキビシであるとは彼等が知る由もない。

 紅は追手がある事を予測して、自らの逃走路にマキビシを撒いておいたのだ。マキビシは金属製の刺が四方に生えた物で、踏めば、刺が刺さる仕組みである。尚且つ、刺には刺激性の強い液体を塗っておくことで、相手に強烈な痛みを与え、歩行を困難にする。

 刺の長さから相手に致命的な負傷を与える道具では無いが、一時的に行動不能にして、追跡を困難にする事が目的である。仮に最初に引っ掛からずに済んだ者が居たとしても、暗がりを進む上において、地面を常に警戒しながら進むしか出来ず、移動速度は大幅に制限されるのだった。


 紅は追跡から逃れ、森を抜け出し、町へと飛び込んだ。

 夜半過ぎの町は真っ暗であった。

 外灯があるわけでもなく、暗がりの街角を紅は月明かりを頼りに進む。

 犬などが特的の人間の臭いを嗅いで、追って来る事を知る紅からすれば、まだ、安全とは言えなかった。まずはしっかりと自らの臭いを断つ事が大事だ。その為に彼女は逃げる途中で回収した自らの荷物から竹筒を取り出す。蓋にしてあるコルクを取り、穴から液体を出して、身体に振りまく。

 これは臭い消しである。独特の臭いによって、紅の臭いを誤魔化すのである。これによって、鼻が利く動物であっても紅の臭いが誤魔化され、それ以上、嗅ぎ取る事は困難になる。

 紅はそれから町を出て、近くの放置された納屋の中に忍び込み、朝を待った。

 納屋周辺には糸を張り巡らし、何者かの接近があれば、すぐに解るようにしていたが、幸いにも何者の接近も無かった。

 紅は慎重に納屋から出て、周囲を探る。

 敵の姿が無い事を確認したら、彼女は国境を目指した。

 すでに魔王の存在と隣国の国情は把握されたので、それを伝える為に戻るのである。

 マラソン選手並の脚力で彼女は街道を走り、国境近くまで迫った。

 しかし、そこで問題が発生する。

 当然と言えば、当然で、国境を封鎖するように魔獣の群れが居たのだ。

 向かっている先には新たに派遣されたのであろう騎士や兵士が魔獣の群れに怯えているのが見える。

 まだ、魔獣の群れは彼等を襲おうとはしていない。多分、紅の捜索を最優先に指示されているからであろう。

 紅は彼等の動きを隠れながら観察した。

 「獣の割りに思ったよりも統制が取れていますね。これが魔獣と呼ばれる類の怖いところですか?」

 紅は全てに冷静であった。自らが囲まれないように常に周囲を警戒しつつ、見える範囲で動く魔獣の動きなどを確認する。すると、魔獣達に指示を出す個体を確認した。それは屋敷で見た悪魔に似たような感じであった。

 「なるほど・・・あれは悪魔ですね。魔獣は基本、悪魔の言う事を聞くわけですか・・・悪魔は将で魔獣は兵と言うわけですか・・・なるほど」

 紅は悪魔の中の上下関係を確認しつつ、荷物から何かを取り出す。

 「煙幕は使い切りましたから、今度はこれを試してみましょう。悪魔という者に通じるかも試してみたいので」

 紅は取り出した細長い筒を器用に繋げて、長い筒を作り出した。そして、口の部分に三角錐の矢を入れる。

 紅は静かに、移動する。姿を隠しながら、ゆっくりと悪魔の背後へと回る。距離にして30メートル。この距離まで気付かれずに近付くには相当な技術が必要だ。この技術こそ、忍者の真骨頂でもあった。

 そして、筒を口に当て、勢い良く、息を吹き込む。矢が筒から飛び出し、それは悪魔の首筋に刺さる。その痛みに悪魔はすぐに矢に気付き、払い除ける。

 「て、敵だぁあああ!」

 そう叫ぶ悪魔はそのまま、突如として、苦しみ出す。口から泡を吹き、ぶっ倒れる。そして、全身を痙攣させながら、白目を剥いた。

 それに驚いたの部下であろう魔獣達だ。その場に混乱が起きた。

 紅は茂みを掻き分けながら、国境に向かう。

 「ふむ・・・魔草から作った毒は確かに効果があったな。この即効性は使える」

 紅は吹矢の筒を分解して、荷物に納め、混乱する魔獣達の隙を見て、国境を越えた。そこに居た騎士達も魔獣の混乱っぷりに驚いていたが、突如として、姿を現した紅にも驚く。

 「お、おい!待て」

 騎士は紅を制止する。すると紅は通行許可を見せる。

 「私は元々、こちらの国の者であります。命を受けて、向こう側に行っていただけです」

 紅の話を聞いた騎士は通行許可を見て、納得して、紅を通した。

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