第9話 お役目

 紅の提案に驚いたエミールとラゾンだった。

 エミールは不安そうに紅に尋ねる。

 「紅は確かに旅人だから、彼方此方の国へ行く事に不安が少ないのは解るけど、魔王が支配したとなれば、話は別よ。人がどうなっているか分からないわ」

 「はぁ・・・魔王は人を虐殺するのですか?」

 「そうですねぇ。逆らう者は容赦なく殺しますね。ただ、悪魔にとって、人は力の源である精気を有した数少ない種族ですから、皆殺しはないでしょうけど、隷属したとして、酷い生活を強いられているかと」

 「なるほど・・・でも、それはどうなっているかを確認した方が良いのですよね?」

 紅の言葉にラゾンは頷く。

 「では、早速、ちょっと行って、見てきます。1週間程、待って貰えますか?」

 紅に言われてエミールが驚く。

 「1週間って・・・大丈夫なの?本当に魔王だったら、危険よ?」

 「問題ありません。この手の役目は慣れていますから」

 紅は笑顔で答えた。ラゾンは半信半疑ながら、紅の提案に乗ろうと考えた。

 「解った。あなたの話に乗ろう。これは少ないかもしれないが、旅の支度金だ。無事に戻って来てくれ」

 ラゾンは金貨や銀貨の入った革袋を紅に渡す。

 「これはありがとうございます。必ずや役目を終えて、戻って参ります」

 それにエミールはやはり不安そうに尋ねる。

 「本当に大丈夫?あなた、魔法も使えないのに」

 紅は少し思案して答える。

 「魔法はあなたが使っていたのを見て、少し真似てみました。まだ、完璧ではありませんが、簡単な魔法ならこうやって使えます」

 紅は指先に炎を灯した。それにエミールが驚く。

 「見ただけで覚えるなんて凄いわね」

 「昔から、見て覚えろと叩き込まれましたから」

 紅は笑った。

 

 ラゾンが帰った後、紅は旅支度を始めた。

 エミールから隣国の地図や生活などを聞き、短剣や手裏剣、薬などを用意した。

 「それは何?」

 エミールは台所で何かを作る紅に話し掛ける。紅は何かを煮詰めたりしていた。

 「これは兵糧丸です。非常食として、持ち歩く事が出来ます。万が一、敵の追跡などを受けて、食料の調達する間が無い時に空腹を抑えられます」

 丸められた物をエミールは不思議そうに眺めた。


 翌朝、旅支度を終えた紅は出掛けようとした。

 「もう行くの?」

 エミールは心配そうに尋ねる。

 「問題ありません。慣れていますから。それよりもこの姿、この世界の旅人に見えますか?」

 エミールは紅の質問に首を捻りながら、紅の姿を上から下まで眺めた。

 紅の姿は麻のパンツルックであった。それに背嚢と呼ばれる袋を背負っている。そして、杖を持っている。

 「そうね。まぁ、旅人らしいって感じね。最初に来ていたあの服よりも動きやすいだろうし。そう言えば、あの服はどこの民族衣装なの?」

 エミールは紅が最初に来ていた着物について、改めて尋ねる。

 「あれは・・・遠い国の服です。動きにくいので、あれで旅はしません」

 「そ、そうなんだ。紅はてっきり、旅人かと思ってたわ」

 「・・・そうですね。そういう事にしておいてください」

 紅は説明が面倒だと思い、簡単にあしらった。

 「それでは1週間後に戻って参りますから」

 そう言い残して、紅は旅に出た。


 隣国までは徒歩で1日程、掛かる。

 感覚的に言えば、エミールの家は国境に近い場所にあると言える。

 そもそもエミールの家の近くにある黒き森は隣国まで広がっており、多くの魔獣や魔草が繁殖している。それは魔力の源が中心にある事を示し、それが悪魔を生み出すとさえ言われている。当然ながら、悪魔の王である魔王もそこから生み出されたと考えるべきであり、そう言う意味で黒き森は人間から忌み嫌われるのだ。

 国境には当然、互いの国によって、検問が設置されている。

 紅は悩んだ。

 茂みから検問を眺めている。

 彼女が見る光景の中において、検問らしき建物はすでに倒壊していた。

 「ふむ・・・何者かによって、検問は破壊されている。人の姿は無い」

 そこには兵の姿も無かった。あまりに不気味な光景であった。

 「無人となれば・・・手形を見せる必要も無く、通れると思うが」

 紅はこの異常な状況を怪しみ、周辺を隈なく探る。

 すると検問に何やらやって来た。

 それはフルアーマー姿の騎士達であった。

 「あれはこの間、見た隣国の騎士だな。検問の有様を確認に来たか?」

 紅は冷静に状況を監視する。すると騎士達は倒壊した検問所を無視して、そのまま、国境を越えて来た。普通ならば、あり得ない行為であった。彼等が無許可で越境をすれば、それはすなわち、侵略行為である。

 「なるほど・・・検問所を襲撃したのも彼等か・・・すでに戦争は始まっていると考えるべきか。どうしようか。このまま、戻って、隣国の侵攻を知らせるべきか」

 検問所が破壊され、隣国から侵攻を受けているとなれば、一早く報せるべきである。だが、紅が眺めていると隣国の騎士の進む先から新たな騎士と兵の一団が姿を現した。そして、そこで争いが始まったのだ。

 その様子を眺め、数で圧倒された隣国の騎士達に勝ち目はないと解ったところで、紅はこの機に乗じて、国境を超える事にした。

 

 国境を超えると、微かに雰囲気が違う事に気付く。

 「ふむ・・・何だろうか・・・この感じは?」

 紅は用心深く周囲を眺める。まだ、人里には近付いていないが、森の彼方此方に死体が転がっていた。それは鎧姿であったりして、明らかに武人のようだった。

 「戦があったのか?」

 紅は死体を眺めた。すでに腐敗が進み、死んでから時間が経っている事が解る。

 「ふむ・・・この国の兵士には違いないが・・・何故、殺されたのか?」

 紅は不思議そうに死体を眺めていく。

 死体を眺める事に何の躊躇いなど無い。腐敗が進んで酷い臭いが漂っていても、紅は慣れた様子であった。

 「殺し方は剣や槍、弓などか・・・普通に武士に殺されたと考えるべきか」

 紅は冷静にここで何が起きたかを分析する。そして、結論としては彼等が何かしらの理由で仲間同士で殺し合いをしたと結論付けた。これだけでもこの国で異常事態が起きていると考えるべきだし、紅の居た世界の事を考えれば、内紛が起きたと考えられた。それが魔王と呼ばれる存在のせいなのかどうかを突き止めないと答えは出ないと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る