第8話 争いの匂い
エミール達は無事に家に辿り着いた。
彼女達が直前に立ち寄った近くの村では戦争が近々、始まるらしいと噂が流れていた。村の人々はその話題に嫌そうな表情をする。戦争となれば、村の男手は兵として集められる。無論、兵士としての給金は払われるので、悪い事ばかりでは無いが、亡くなる事も考えれば、良いとは言えない。
それは紅が居た世界と変わらない。
そう思うと紅はどこか懐かしさを感じた。
戦の為に彼方此方に飛び回った事が昔のようにも思う。
この世界にも忍者のような存在が居るのだろうか?
とても気になる事ではあるが、その存在さえ秘匿されている事を考えれば、その辺の村人に聞いたとして、知っているとは思えない。
エミールは買い出しした道具などを並べる。
「色々と買いましたね」
紅は色々と物珍しそうに眺める。
「そうね。変わった物も買ったわ。ドラゴンの牙だって」
「ドラゴンの牙・・・それは変わった物なのですか?」
「変わってるわよ。ドラゴンなんて最強の生物よ。その牙なんて、簡単に手に入らないの。薬の材料にすれば、凄い力が手に入るのよ」
「はぁ・・・よくそんな材料が手に入りますね」
「稀に折れたりして、どこかに落ちたりしているのよ。それを拾って来るのね」
「折れるのですか」
「折れるわよ。ドラゴンだって生き物なんだから」
当然と言えば、当然なので、紅もそんな貴重な物なのかと白く大きな牙を手にした。見た目は白くて大きな牙だが、持った感じは鹿の角などにも似た感じだ。因みに紅の時代に象牙は珍重過ぎて、庶民や低級の武士が見る事など無い。
「なるほど・・・確かに良い薬が出来そうです」
紅は効能は分からないまでも納得した。
そえから三日間、エミールは買い出した材料で薬の調合などを行った。紅もそれに付いて、手伝った。
三日目の朝、扉がノックされる。
紅が出ると身なりのいい男が立っていた。
「んっ?エミール殿は?」
「今、仕事中です。用件は?」
紅が尋ねると男は答える。
「あぁ、私はこの国の騎士団の使いでラゾンと申します」
「ラゾン殿ですか。私はエミールの手伝いの紅と申します」
「紅殿ですね。今日は薬の調達のお願いに参った」
「解りました。今、エミールに伺うので、中で待っていてください」
「ありがとう」
ラゾンとそのお付きの兵2人を応接間兼食卓へと招き入れる。彼等を待たせて、紅は作業小屋へと向かった。
エミールは薬の調合をしていた。紅の話を聞いて、エミールはすぐに納得する。
「ラゾンさんねぇ・・・やっぱり、戦争になるみたいね」
「解るのですか?」
「騎士団の用件なんて、回復薬に決まってるわ。戦争になれば、どれだけイイ回復薬を多く集められるかによっても戦局は変わるから」
「そんなに強力なのですか?」
回復薬で戦局が変わるなど、紅の常識にはなかった。確かに負傷兵の手当は大事だが、一度、傷を受けた兵が再度、戦場に向かうには時間が掛かるのが当たり前だった。
「あなたの傷を治したのも回復薬よ。魔草を使った回復薬なら、刀傷も傷痕も残さずに消えるわ。回復魔法なら、失った手足だって、再生されるのよ」
「失った手足が再生される・・・そんな不思議な事が・・・」
「私も見た事は無いけど、死者を復活させる魔法だってあるって話だからね」
「魔法はそんなに凄いのですか?」
「悪魔の力だからね。まぁ、教会が言う奇跡の力も同じだと言われているけどね」
「奇跡の力・・・なんでしょうか?」
紅にとって、初めて聞く言葉だ。エミールは笑いながら説明を始めた。
「教会は神々が与えてくれた力だと言っているけど、やり方が違うだけで、魔法と同じ力。一般的に魔法ってのは悪魔の力を借りているって言われているの。無論、そんなのは昔の人が魔法を秘匿する為についた嘘なんだけど、教会もそれを利用しようとして、神の力として、奇跡なんて呼んでいるのよ。今となっては当たり前の事だから、どうでも良いんだけどね」
「なるほど・・・歴史があるんですね」
紅は何となく納得した。それを見て、エミールは作業をひとまず終えた。
「さぁ、あんまり待たせるといけないから、行くわ」
エミールがやって来ると、ラゾンは立ち上がり、深々と頭を下げる。
ラゾンがそれなりの高い地位にある者だとすれば、エミールがこの国でどれだけ敬われているかが解る。エミールはそれを意に介さず、話す。
「さて、どうせ、戦争をするんでしょ?どれだけ回復薬が欲しいの?」
そう言われてラゾンは乾いた笑いをする。
「さすがエミール様、話が早い。こちらに必要な物を記してあります」
ラゾンは封のされた封筒を取り出す。エミールはそれを雑に取り、封を破り、手紙を取り出す。
「ふむ・・・かなりの数ね・・・相当に大きな戦になるの?」
エミールはその内容に僅かに不安そうな表情になる。
「それが・・・隣国が魔王の手に落ちたという噂がありまして」
「魔王・・・って、悪魔が関与しているっての?」
「あくまでも噂ですが、そうでなければ、良好な関係であった国が突如、攻め来ようなんて思わないでしょう?」
「理由は無いのですか?」
「明確な理由は・・・こちらにはありません」
「そう・・・理由も無い戦争なんて・・・民を不幸にするだけよ」
「それは解りますが・・・攻めて来る以上、我々は戦うしかありません」
ラゾンの言う事は当然だと紅は思った。紅の時代においても戦は極当たり前の事。その戦に理由が無い事だって、よくある事。それが戦国の世であると。
紅は思い立ったように言う。
「その戦の理由とやらを私が、隣国に赴いて、調べて来ましょうか?」
その言葉にエミールとラゾンは驚いたように目を丸くした。
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