第7話 騎士団

 宿屋を出て、エミール達は家路へと着いた。

 来た道を戻るだけだが、荷物を満載にしているので、歩みは遅い。

 紅は常に周囲を警戒する。

 当然ながら、人気の少ない街道は危険だった。

 獣もそうだが、一番は盗賊だ。

 女が二人。

 狙われてもおかしくない。

 エミールは魔法の使い手だが、襲われるとなれば、相手の方が有利には違いが無い。だが、旅慣れているエミールが警戒をしないわけがなかった。

 「安心して、常に周囲に人や獣が居ないかを察知する魔法を展開しているから」

 「そんな魔法があるのですか?」

 紅は素直に驚く。

 「えぇ、生き物に反応するのよ。半径50メートル以内なら、潜んでいても解るわ。探索魔法と呼ばれる物よ」

 「魔法は便利なのですね。この魔法は相手に気取られる事は無いのですか?」

 「そうね。こう皮膚がピリピリってするのよ。それで気付く人は居るかも」

 「皮膚がピリピリですか・・・覚えておきます」

 彼女達が歩いていると、エミールが不意に立ち止まる。

 「人が来ます。数は10人程度」

 エミールがそう言うが、紅には勾配のせいで道の先は見えなかった。

 「賊ですか?」

 そう尋ねるとエミールは考え込む。

 「素直にこっちに向かって来ますから多分、違うかと」

 「用心に越した事は無いかと?」

 紅は腰のナイフに手を伸ばす。

 「そうですね。攻撃用の魔法を用意しておきます」

 魔法は幾つも同時に発動させる事が出来ないのか、彼女は探索魔法を止めた。

 すると道の先に人が現れた。

 鎧兜姿の騎士である。彼等の持つ旗を見て、エミールは呪文の詠唱を止めた。

 「あれはこの国の騎士ですね」

 「騎士・・・それは何でしょう?」

 騎士という言葉が理解が出来ない紅。

 「騎士を知りませんか。そうですね。この国の兵士の偉い人です」

 「武士みたいなものですか。確かに変わった鎧ですが、武士っぽいです」

 紅は珍しそうに彼等を眺めるが、すぐに道の端に退き、彼等に道を譲る。平民が武士に道を譲るのは相手を敬うと言うより厄介事にならないようにするための知恵のようなものだ。

 エミールも道路の脇に避けて、騎士の列を眺めた。近付く騎士達の姿はボロボロで負傷をしていた。それを見たエミールは心配そう呟く。

 「魔獣と戦ったのかしら?」

 その呟きは決して、彼等の身を案じたものではない。これから自分達が進む先に騎士でも対処が難しい魔獣が居るのでは無いかという不安だった。

 騎士達を見送り、エミールは紅に話し掛ける。

 「どうしましょうかねぇ。この先に魔獣とかが居るとすると危険だけど」

 「そうですね。安全の為なら一度、街に引き返して、状況を確認した方が」

 紅は危険を敢えて冒す事はしない。常に危険を予測して、最も安全な方法を選択するのも技術だからだ。

 「だけど、荷物も多いし・・・また、戻ると、帰るのが大幅に遅れそうね」

 エミールは困った顔をしている。その様子を見て、紅は背負っていた荷物を降ろす。

 「私が先を見てきます」

 「大丈夫?」

 「足は速いので、ちょっと見たら、すぐに戻って来ます」

 「無理はしないでね」

 紅は身軽になると駆け足で先に進んだ。


 忍者は遠距離を駆ける鍛錬もしている。長い距離を走り切れる事は忍者にとっては大事なことだ。伝令にしても敵の手から逃れる為にも必要な事だった。

 紅が15分程、駆けると峠の先程の騎士達と似たような恰好をした男達を発見した。紅は彼等に見付からぬように姿を隠し、様子を窺う。

 彼等も先程の騎士達同様に負傷をしている。

 彼等の持つ旗は先程の騎士達の持つ旗と違い、それぞれ別の集団であると判断した。状況から察して、彼等はここで争いをしたのだろう。紅はまだ、この世界の事に詳しくはないので、彼等が何故、争ったのかは分からぬが、ここが戦場になる事を危惧した。エミールと共にここを通り掛かれば、どのような事になるか分からないと思った。

 すぐに紅はエミールの元へと引き返し、この事を伝える。

 エミールは彼等が持つ旗の柄から隣国の騎士である事に気付く。

 「いよいよ・・・争いになるかもしれないわね」

 エミールは深刻な顔をする。

 「争いですか・・・エミール殿は何か巻き込まれる事でも?」

 紅の深刻そうな尋ね方にエミールは笑って答える。

 「いえいえ。私は別に何か影響があるってわけじゃないのですが、どうしても薬草や魔草の需要が高まってしまうので、忙しくなるなぁってぐらいですかね」

 「そうですか」

 紅は深く考えず、この先の対処に頭を切り替えた。

 「では、この先に負傷した騎士達が居ますが、どういたしましょう?」

 「迂回して、あまり遭わないようにしたいわね。騎士とは言え、敵国に入って来た人達だから、どんな手荒な事をするか解りませんし・・・多分、撤退した騎士達が反撃の為にすぐに戻って来ると思いますから」

 「左様ですか」

 エミール達は少し細い街道の脇道を使い、無事に次の村へと向かった。

 休憩の為に村の喫茶店に入ると、店の店主から噂話を聞いた。

 隣国のダイム帝国との関係が険悪になっているらしい。

 原因はダイム帝国の経済の低迷であり、それを打破する為に周辺に侵略を計画しているだとか。それを聞いた紅はあり得そうな話だと思っただけであった。

 「エミール殿・・・さっきのもダイム帝国の騎士だったのでしょうか?」

 「そうよ。あなたから聞いた旗からして、ダイム帝国でしょう。越境して、こちらの動きを偵察に来たって所でしょう」

 「なるほど・・・それはすでに戦になっていると言って良いのでは?」

 「ダイム帝国とは100年以上、小競り合いをしているから、今更ね。だけど、戦争になれば、この辺も巻き込まれるわね」

 「では・・・エミール殿の家も?」

 「それは無いわ。あそこは魔物の住処にも近くて、危険でしか無い地域だから、誰も攻めて来たりしないわ。それにそんな事をして、魔物を刺激したら、それこそ、大変になっちゃうから」

 「はぁ・・・魔物を刺激したらどうなるのですか?」

 「暴れるわ。片っ端から村も街も破壊して回る。厄災と呼ばれる事態になるわね」

 「それはとても大変な事なんですか?」

 「大変よ。並の魔物でも集団的に暴れたら、それを抑える為にも王国中の兵隊を全て投じる事になるわ」

 「並・・・並じゃない魔物も居るんですか?」

 「ドラゴンとか出て来たら・・・国が亡ぶ覚悟は要るわね」

 「それは・・・それは・・・」

 多くの危機を潜り抜けて来た紅でも人外の魔物は経験が無い。だが、実際に居る事は知っているので、ドラゴンと呼ばれる魔物がそれほどに恐ろしいと言う事は何となく理解が出来て、少し身震いをする。

 「なるほど・・・それはダイム帝国も望まぬ事なのですね」

 「そりゃそうよ。魔物が暴れ出したら、あっちの国にも影響が出る可能性も大きいわけだし」

 「なるほどぉ・・・そんな危ない魔物に冒険者達は日々、討伐に出ているようですが・・・大丈夫なんですか?」

 「あれも問題よねぇ・・・多少の事で厄災になる事はないだろうけど・・・まぁ、その辺は私達が考えても仕方がない事よ。魔物がいつ暴れ出すかなんて、誰にも分からないわけだし。ただ、戦争が始まったら、私達も忙しくなるって事ね」

 「解りました。薬草、魔草採取に励みます」

 「よろしい」

 エミールは笑いながらハーブティーを飲む。

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