第6話 都
訪れた街はこの国でも有数の大きさを誇る街だ。
大通りには多くの店や屋台が並び、賑わっていた。
紅はそれを門前などに開かれていた市と重ねた。
エミールは店を覗きながら買い物をしていた。
「紅、これは水系の魔法を使うのに用いる魔石です」
エミールは紅に青い宝石を手渡す。
「へぇ・・・」
紅はイマイチ、よく解っていない感じだ。
「まだ、紅は魔法に関して、よく解っていないみたいですね」
「すいません」
紅は申し訳なさそうに謝る。
「いえいえ、別に謝る必要はありません。ただ、魔法が使えないのは不便だと思いますから、一度、ちゃんと魔法を教えた方が良さそうですね」
「私にも出来ますか?」
「魔法は誰にでも出来ます。どこまで出来るかは別ですが」
そう言うとエミールは歩き出す。
買い出しと言うだけあって、かなりの量の買い物をした。
魔石もそうだが、道具に食材、衣服。近くの村では手に入らない物をどんどん、買っている感じだ。
紅の背負ったリュックはパンパンとなりかなりの重さであった。エミールも同じように多くの荷物を持っていた。
「紅、大丈夫ですか?」
そう尋ねられ、紅は平気な顔でコクリと頷く。
「これぐらいは問題はありません」
「そう。あなたが居てくれたからいつもより多く、買い物が出来たわ」
二人は休憩する為に喫茶店に入った。紅は店内を眺めて、お茶を飲んでいる人達が目立つ。
「ここは茶屋ですか?」
「茶屋?喫茶店ね。お茶が飲めるのよ」
「そうですか」
この世界で飲めるお茶は紅の世界における抹茶やほうじ茶などとは違う。大抵はハーブティーであり、紅茶だ。味は違うが、それがお茶である事は紅も理解が出来る。
「紅茶を二つ」
エミールは給仕の女性にそう注文する。すぐにカップと紅茶の入ったポットが用意された。エミールはカップに紅茶を注いだ。
「ここのお茶は美味しいのよ」
紅は注がれた茶の匂いを嗅ぐ。
「確かに良い匂いがします」
そう言ってから口に含む。慣れた日本茶とは違うが、とても飲みやすいと思った。
「砂糖やミルクは要らないの?」
「砂糖ですか・・・」
当然ながら茶に砂糖や牛乳を入れるとは思っていなかった紅。そう言われて、目の前に置かれた容器から砂糖を取り出し、カップに注ぐ。そして、匙でかき混ぜた。そして、口に含むととても美味しく感じた。
「甘いと疲れが飛ぶでしょ?」
エミールは笑いながら言う。紅は確かにそうだと感じた。
買物を終えた二人は街に泊まる為に宿屋へと向かった。
宿屋は二階建ての建物であり、一階には酒場があった。
「ここはいつも泊まるの」
エミールは慣れた感じで宿泊の手続きを取る。
紅は案内された部屋に入る。
そこにはベッドが一つだけある。紅の時代の旅籠だと、何人かが一つの部屋で雑魚寝だったりするが、ここは基本的に1人部屋のようだ。
部屋は簡素でベッドしか無い。本当に寝るだけの機能しかないようだ。
コンコン
ドアがノックされ、「はい」と返事をするとエミールの声がした。
「下の酒場で食事をしましょう」
誘われて、酒場に行く。
酒場と言うだけあり、多くの人々が陽気に酒を飲んでいる。
「料理は何が良い?」
エミールに尋ねられるも、メニューを見ても何がどんな料理か分からない紅。
「適当に願います」「そう」
そうして、エミールは給仕を呼んで、注文をして、同時に金を渡す。
しばらくすると、席の上に料理が並んだ。
基本的には肉料理が多い。焼いたり、蒸したり、揚げたり。そして、スープにパン。この国の基本的な料理は紅の居た世界とは違う。パンなど食べた事が無かったし、スープと言っても、農民が飲めるのは味噌汁ならマシで大抵は澄まし汁だ。そして、肉など容易にあり付けるわけじゃなかった。魚だって、簡単では無いので、野菜と虫などが多かった。流石にこの世界で虫を食べる事は無いだろう。
「エミール殿、それは酒ですか?」
エミールは赤い液体の入ったグラスを片手にしている。
「えぇ、果実酒よ。フランガの実から出来ているわ」
「なるほど。私の居た時代の酒とは違うようなので」
「へぇ、紅の居た時代の酒って?」
「白濁した物でした」
「そんな酒もあるわね。この地方だと果実が多く取れるから果実酒が多いけど」
紅の前にも酒が置かれた。
「私はお茶でよろしいのですが」
「いいわよ。どうせ、酒場の井戸水じゃ、お茶だってお腹に悪いかもしれないし」
都会の井戸水は衛生的に良くない。故に飲料水代わりに酒を飲むという事があるらしい。確かに言われてみればそうだと紅は酒を口にした。
紅はまだ、15にもならぬが、忍者として、簡単に酔っぱらわないように訓練を受けているので、酒を口にしたぐらいでは動じない。
むしろ、初めて飲む果実酒はとても甘く、美味しい物であった。
「美味しい」
そう口にすると、目の前のエミールがにこやかに笑う。
料理も紅が口にした事の無い香辛料の強い物ばかりであった。油ぎっているが、それがまた、旨みを口に含ませる。
紅は人生で初めてと言わんばかりに腹いっぱいに食べた。
部屋に戻ると飲み過ぎたのか、食べ過ぎたのか、眠気が一気に迫り、ベッドで死んだように眠ってしまった。
翌朝、エミールに起こされ、紅は初めてと言わんばかりに熟睡した事に驚いた。忍者として、常に気を張るために熟睡などしてはならないと鍛えられていたからだ。
「そうか・・・もう、そんな事をしなくても良い世に来てしまったんだな」
紅は改めて、ここが自分の居た世界と違う事を実感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます