第5話 魔獣
紅とエミールは魔草の採取を続けながら、森の奥へと向かう。
スライムがちょくちょくと出て来る。紅はそれを踏み潰しながら、先へと進む。
何かの気配を感じる。狙われていると紅は感じた。
忍者は常に視線を感じる訓練をしている。先に敵に発見されているようでは任務が達成が出来ないどころか、より最悪な事になるからだ。
相手が魔獣でも同じだ。
視線を感じたら、即座に対応する。相手に先手を取らせない事が大事だ。
手裏剣は思った以上に攻撃力の小さい得物だ。これで相手が殺せるわけじゃない。
射程も短いが、先手を取るには適した武器だ。懐から取り出し、投げ付ける。
短い刃は相手に刺さってもそれほどの傷は負わせない。だが、相手は焦るだろう。自らの位置が敵に把握されている事実、何かしらの攻撃を受けた事実。例え、知能が無い獣でもそれは驚くに値する。
それで逃げ出してくれれば、楽な事であった。
ぐぁああああおおおお!
魔獣は吠えた。
太い腕を振り回し、真っ黒な熊のような異形が姿を現す。大きさは2メートル超。
「ボルガっ!」
エミールが慌てて、魔法の杖を構える。その焦りの表情から相手が相当に強力な魔獣であると紅は悟った。
刀では・・・あの巨躯に刺せるかさえも怪しい。紅が選んだのは吹矢だった。細長い針は鎧でも無い限り、相手の皮膚を貫く。そして、その針に仕込まれた毒は神経を潰し、熊さえも数分で窒息死させる力を持っている。
外さないように1メートルまで迫り、吹き付ける。針は胸板に刺さる。その痛みを感じてはいないようだ。ボルガは目の前に現れた紅に太い右腕を振り下ろす。当たれば、一撃で岩さえも砕くだろう鋭い振りを紅は軽々と躱す。そして、刀を抜いた。
「エミール殿。時間を稼ぎます。魔法を」
紅は刀を構えて、そう告げる。エミールはすぐに何かの呪文を唱え始めたそれに呼応するように杖の魔石が光り始める。
ボルガは目の前をウロチョロする紅に腕を振り回す。魔獣と言っても魔法を使うわけじゃないのかと紅は安堵した。ただ、腕を振り回すだけなら、紅の体術にて凌げるからだ。
ボルガと呼ばれる魔獣は確かに普通の熊に比べて、力も強く、獰猛だ。まともに攻撃を受けたら、多分、一撃で紅の身体は引き裂かれるだろう。だが、躱すだけなら、左程では無い。腕の振りは武士の刀の振りに比べれば、遥かに遅いからだ。
そして、魔獣の動きは徐々に遅くなっていく。息が荒くなり、どこかフラフラしている感じだ。多分、毒が回り始めたのだろう。このままでも1分もせずにこいつは動けなくなるだろう。
だが、その前にエミールの魔法が完成する。
「力を解き放て!」
火炎がボルガを焼く。
その火力は凄まじく、間近に居た紅も熱さに皮膚がヒリヒリするぐらいだった。
魔物は炎に焼かれ、倒れていく。
「綺麗に焼けましたね。これは食べられるのですか?」
こんがりと焼けた魔獣からはどこか香ばしい匂いがしていた。
それを聞いたエミールは複雑な表情を浮かべる。
「魔獣を食べるという話はあまり聞かないわね。肉体に魔力を有しているから、食べた後、どんな事が起こるか解らないから」
紅は思った。魔力は毒のようなものだと。大きな力を有しているから、扱いも難しい。安易にそんな力を宿した肉などを食えば、どんな事が起こるか解らないのは理解が出来た。
それからエミールがお目当ての魔草を手に入れ、彼女達は帰路に着いた。
帰りはボルガのような強い魔獣は現れなかった。
エミールからはボルガが左程、強い魔獣で無いと聞かされた。魔獣の最高峰はドラゴンと呼ばれているらしい。様々に種類があるらしいが、どれも人間が太刀打ちが出来ない程に強いとか。かつて、ドラゴン討伐の為に3千人の兵団が投じられ、殲滅された事もあったとか。
しかしながら、普通に生活をしていて、ドラゴンと遭遇する事はまず無いらしい。それぐらいに希少な生物であるらしい。
無事にエミールの作業場に辿り着いた。
エミールは魔草を薬にする為に作業に入った。
魔草と言っても作業の殆どは薬草と変わらない。
紅は作業を眺めながら、魔草に関する知識をエミールから教わる。
魔草の使い方は概ね薬草と変わらない。ただし、その効能は薬草など比にならない。それは毒に関してもだ。魔草から作れた毒は強力過ぎて、勝手に製造する事は禁じられている。同様に薬も許可が必要で、エミールはこの国から許可を受けた薬師なので、このように調剤も可能なのである。
翌日、連絡を受けた客が薬を受け取りに来た。
魔草から出来た薬は高値で売買される。今回もかなりの大金がエミールに入ったらしく、その日の夕食はとても豪華であった。
明くる日、エミールは紅を呼んだ。
「今日は街へ買い物に行きます」
「街ですか?」
「はい。懐も良くなりましたので、買い出しです」
紅はこの国の街に興味があった。
この世界を知るにしてもエミールの家の周りは山と草原しか無く、そもそも人家すら無いのだから。生活や文化を知るには発展している場所に行くのが一番だった。
エミールに大きめの麻袋を背負わされ、紅は買い出し準備を終えた。
エミールの家から街までは徒歩で半日程度が掛かるらしい。朝早くから歩き出し、途中、エミールの家の最も近い場所にある村を通り過ぎる。
村さえも紅にすれば、初めて見る集落である。
家はエミールと同じ感じで石と木で作られている。
服装は洋式。馬車などが走っている。
「やはり・・・私の国では無いのだな。実に不思議な感じ」
通過地点である村を通り過ぎる。小さな村なので、宿屋や商売をしている店などは少なく、立ち寄る事も無かった。
そんな村は街に向かう道には幾つも点在しており、彼女達はそれらを通り過ぎていく、道の途中には田畑が広がり、小麦が実っていた。
「収穫前か・・・」
紅は懐かしそうに田畑を見る。
忍者と言えども里では田畑を耕した。米を耕し、小麦を耕し、大豆も野菜も作った。それが当たり前の事だった。
「紅は農民だったの?」
そんな紅の様子にエミールが尋ねる。
「いや・・・でも、里では皆が野良仕事をしていた」
「いいわね。私も自分の食べる分ぐらいは野菜とかを育てるけど、小麦となるとそうもいかないからね」
エミールは笑いながら言う。
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