第4話 魔草採取

 夜の帳が落ちる。

 ベッドの上で紅は昼間に聞いた話を考える。

 この世界は確実に自分の居た世界とは違う。

 元の世界に戻れる可能性は不明。

 この時点で、自らが課せられた命もお館様への忠誠も不要となった。

 つまり、忍びとしては不要になった事になる。

 続いて考える事はこの世界で生きる事。

 忍びは自らの命を左程、重要だとは考えていない。無論、死ぬのは嫌だ。しかしながら、裏切りや失敗で簡単に殺されてしまう事が当たり前の世界に居たので、それが染みついているだけに過ぎない。

 だが、こうやって、全ての責務から解き放たれてしまえば、今度は自分の命や生活は大事となってきた。

 言葉は解るが、文字は読めない。

 今まで得た知識の多くはまだ、疑問が残る。忍びの基本は人の話を鵜呑みにしない事だ。噂話は大事な情報源だが、その多くは嘘である。そこからどうやって本当を取り出すか。それが忍びに必要な技術である。

 本当を取り出すには自らが直接、知る必要がある。

 つまり、この世界をもっと見ないといけない。

 

 翌朝、紅は日課となる薬草採取に向かおうとする。それをエミールが呼び止める。

 「紅さん。今日は特別な薬草を採取するために森の奥に行きます。危険ですから、装備を整えてください」

 「特別な薬草?」

 「はい。今回の薬は魔力を多く持つ魔草のエンチャルタゴを使います」

 「エンチャルタゴ?魔草とは?」

 「魔草を知らないのですね?魔草は魔物と同様に多くの魔力を有した草の事です。普通の草とはまったく違う生え方をしているのが特徴です」

 「なるほど・・・それで薬を使うと滋養強壮に良いとか?」

 「滋養強壮・・・そういうのもありますが、今回は魔力を高める薬を作ります」

 「魔力を高める。飲めば、強い魔法が使えるって事ですか?」

 「その通りです。失った魔力の回復などに効果があります」

 「なるほど・・・それで、装備を整えるとは旅支度でありますか?」

 「いえ。それほど、遠くはありません。ただ、魔草の生えている場所が魔物の住処でありますから、危険なだけです」

 「危険・・・それはどのぐらい?」

 「そうですねぇ・・・並の冒険者なら、大丈夫なぐらいですけど」

 並の冒険者と言われても冒険者と言う職種がどのようなものなのか知らない紅には想像があまり出来なかったが、冒険者を武士と置き換えれば、相応に剣などの心得があれば、大丈夫と言う事だろうと結論付けた。

 「解りました。それでは武器が必要と言う事ですね?」

 「そうそう。私は魔法の杖と短剣を装備するけど、紅さんは?」

 「私もこの借りた短剣と幾つか持ち合わせた物がありますから」

 「あの変わった形の刃物ですか?」

 「はい」

 二人は少し遠出をするような感じに荷物を整え、家を出た。

 

 向かう先は徒歩で半日程度の山奥らしい。

 魔窟と呼ばれる地帯で、普通の人は立ち入ってはならぬ禁忌の場所である。

 しかしながら、そこには貴重な資源などがあり、それを求めて、多くの冒険者が挑んでいく。

 エミールは魔草を採る為だけなので、あくまでも魔窟の周辺に立ち入るだけだが、それでも充分に危険であった。何かあれば、すぐに逃げ出すようにと紅に告げた。

 歩いて行くと森の様相は徐々に変わりつつあった。

 木々は歪に曲がり始め、太陽の光を遮るように空を覆い始めた。

 気温も僅かに下がったように思える。

 エミールは魔法の杖を前に構える。

 「この辺りから魔物が出てきます。気を付けてください。変な生き物を見たら、魔物です。襲ってきますから、片っ端から殺してください」

 エミールが物騒な物言いをする。それぐらいに魔物は危険なのだろう。

 紅も短剣を抜いた。それを逆手で握り、周囲を窺う。

 この辺はエミールよりも紅の方が堂に入っていた。

 

 これが魔窟。

 紅は緊張と不安を感じていた。

 それは戦場にも似たような・・・否、今まで感じた事の無い感じだった。

 肌にヒリヒリと何かしらの悪い気配を感じていた。

 どこからか誰かに見られている感じがする。

 紅は警戒が解けないと感じた。すると不意にエミールが座り込む。

 「紅さん。これが魔草です」

 紅が覗き込むと紫の葉をした草が茂っている。エミールはそれを丁寧に抜いて、袋に詰める。

 「それがエンチャルタゴか?」

 「違います。これはリッコです。塗るだけで傷が一瞬で消えます」

 「傷が消える?」

 「はい。跡形もなく傷と痛みなどが消えます。凄く需要が高いのですよ」

 「だろうな・・・」

 目的の魔草では無かったが、当然、途中に貴重な魔草があれば、採取する。

 その時、紅は戦闘態勢をとる。

 (そこだ)

 左手を腰に挿した手裏剣に伸ばし、そのまま、下手投げで投げ付ける。

 「きゅしゅうううう!」

 奇妙な悲鳴が上がり、エミールが立ち上がる。

 「あら、スライムじゃない?」

 エミールは声のした方を見て、そこに落ちている粘着性のある液体みたいな物体を眺める。

 「スライム?」

 紅は手裏剣を投げ付けた相手がそんな名前なのかと理解する。

 「えぇ、スライムは魔物だけど、あまり怖くは無いわ。軽く叩くだけでも死んで、地面に溶けていくしね」

 「そうか・・・無視をしても良いんだな?」

 「えぇ、スライムは無数に現れるから、相手にしていると面倒よ。道に居たら、踏み潰して終わりだし」

 「わ、わかった・・・」

 紅はスライムに刺さった手裏剣を捕る。粘液が付いて、ちょっと汚い感じがしたが、その粘液も溶けて消えていった。


 エミールは魔草の採取を終えると、更に奥へと向かう。

 「ここから先は危険な魔物も出るから・・・気を付けて」

 エミールに言われて、紅も警戒心を更に高める。

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