第2話 そこは自分の世界では無かった。

 紅は目を覚ました。

 やはり、天井は変わってなど無かった。

 痛むのを堪えつつ、身体を起こす。

 自分が眠っている寝床は足の付いた台の上にある。建物は床の間。机と椅子がある。囲炉裏は無いが、暖炉があった。

 「椅子を使う・・・聞いた事がある。ばてれんの者達は正座や胡坐などが得意ではないと・・・」

 ここが異国の様式であると理解した。しかしながら、彼女が知る限り、彼女が倒れた場所の付近にはこのような生活を営む者達が居るはずは無かった。だとすれば川に流され、相当な距離を流されたとしか言いようがない。生きているのが奇跡みたいな話だ。

 「幸いにもエミールは私の治療をしてくれている。あの傷でこの程度の痛みしかないのなら、確かな治療が施されているのだろう」

 背中に受けた一撃はそれ自体でも相手の命を奪うには充分であったと感じていた。忍びは敵地で単独行動をする事が多い。様々な知識を持ち合わせる。治療に関してもだ。すなわち、ケガの程度を理解している。

 「しかし・・・不思議な造りの家だ。これがばてれんの家か」

 紅はじっくりと家の造りを見た。日本家屋に見られる軸組では無い。掘っ立て小屋などに近い感じだが、それよりも遥かに強度を持たせた造りである。

 

 紅はベッドの上で一週間を過ごした。

 エミールとの会話で色々な事が解った。

 まずはここは紅が知る世界では無い。

 荒唐無稽過ぎて、信じてはいない。幾ら川に流されたとは言え、まさか海まで渡れるはずなど無いからだ。

 そして、最も驚いた事はエミールが見せた魔法である。

 突如、エミールが呪文を唱えて、灯りを点けた。あまりに不思議な光景に紅は言葉を失った程だった。それが魔法だと教わった時、紅は何か仕掛けが無いかと探した程だった。

 エミールが曰く、魔法は勉強をすれば、誰でも出来るそうだ。

 あまりに不思議な力で、異国では当たり前の力なのかと思ったが、紅はしばらく、考え込んだ。

 そして、一つの答えに行き着いた。


 「ここは・・・異国どころか・・・理の違う・・・場所なのか?」

 

 紅は忍びだ。まだ科学の知識が低い時代の人間とは言え、様々な知識を修得している。その中から魔法について、理解をしようとすれば、明らかに常識からかけ離れている。まるで呪術や仙術のような事であり、そして、それらが実在しない事は紅には解っていた。

 「不可思議だ。何もかも・・・仏教で言うところの地獄や極楽かと思ったが、それにしては珍妙。もっと知らねば、何も答えは出ぬ」

 紅は背中の傷が痛まなくなってきたので、ベッドから出て、部屋を出た。

 家の構造は二階建てで幾つか部屋がある。これまでは身体が動かなかったので、排泄物もバケツを使い、エミールに処理して貰っていたが、家の外に厠を見付けた。厠は椅子のようになっており、慣れないが排泄物を直接、肥溜めに落とす仕組みらしい。肥溜めで肥料を作るのは同じだ。

 「魔法など使うから、警戒していたが、人の営みに変わりは無いな」

 紅が見て回っただけでも家の中は生活様式に差があっても、大きく違わない事を確認した。ただし、様々な所に記された文字は彼女が知る文字では無かった。


 エミールは外出中なのだろう。姿はどこにも無い。家の外を散策するのは構わないだろうが、まだ、何が起きるか解らない。エミール以外の人間と遭遇した場合、どのような事態になるかも解らない。故に紅は周辺の散策は諦めた。

 紅は台所で食材を眺める。

 そこに置かれた食材は紅が見た事の無い食材が多かった。

 戦国時代に一般家屋で見られる食材としては穀物類。米、粟、稗など。野菜は里芋、葱、大根など。現代の日本から比べると種類は遥かに少なく、地域によっても大きく変わる。

 「これは麦か・・・麦しか無いな。これは・・・丸いが・・・葱っぽい匂いがするな。こっちは・・・わからん。感じとしては大根とかに近いか」

 形状などは違うが、それらが野菜として食べられそうだと確認した。総じて、ここにある食材は紅の知る物では無かった。

 紅は様々な肉や野菜を知り、その調理方法も知る。これはどこに行っても誰に教わる事なく食事が出来る事。また、潜伏先で余所者だと気取られない為にである。だが、その知識の中にも無い食材を前にして、それらをどう調理するかは紅でも悩むところだった。

 その時、エミールが戻って来た。彼女は台所に紅が居る事を知って、驚く。

 「あら?もう痛くないの?」

 そう尋ねられ、紅は頷く。

 「あぁ、だから、下の世話も自分で厠に行ける」

 「それは良かった。ところで台所で何をしているの?」

 「うん。珍しい食材が置かれているから眺めていた。どうやって料理するのかと」

 「料理は好きなの?」

 「うむ。食べるのは生きていく為には重要な事だからな」

 「それは解るわ」

 エミールは笑顔で今、採って来ただろう様々な草や実の入った麻袋を台所の隅に置いた。

 「それは何だ?」

 紅に尋ねられ、エミールは麻袋から幾つか草や実を出した。

 「薬草と食材になる実よ」

 紅はそれをじっくりと眺める。

 当然ながら、薬草にも知識がある。しかし、目の前に置かれた草は彼女が知る物では無かった。だが、形状の特徴などが一致する点からある程度の予測は出来た。

 「これは傷に効く薬草だな?」

 そう紅に尋ねられ、エミールは驚く。

 「そうよ。凄いわね。ラフレンジ草を知っているの?」

 「草の名前は知らぬが、私の知っている草と似ているからな」

 「そうなんだ。紅はシナノとか言う所から来たけど、似たような草が生えているのね」

 「ふむ。植物は生えている場所で大きく変わるが、似ていれば、同じような力があるかも知れぬとは知っている」

 「へぇ・・・紅は薬草に詳しいのね。私は薬師だから、手助けして貰うとありがたいわ」

 「そうか。エミール殿は薬師か。では薬も作るのか?」

 「えぇ、家の外に作業場を設けてあるの。匂いとかもあるからね」

 「なるほど、どうりで家の中にそのような場所が無いと思った」

 「折角だから、案内してあげるわ」

 エミールに連れられて、家の外へと出た。彼女の作業場は小径を通り、数十メートル歩いた場所にあった。そこに至るまでも紅は周辺を眺め、広葉樹林が多く、人里から離れた場所である事を確認した。

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