第5話 扇グループ

 もちろん、教室移動も常に一緒だった。

 制服をつまませて、先導しなければ、久野は道を満足に歩けないのだから。


 ……さすがにこれは、付き合っていると勘違いされても仕方ないか。だからもう、諦めた。

 別に、今日一日だけのことだ。


 とは言うものの、一日とは言え、いじられ続けるのはきつい……なにより、久野がこういうことに堪えられるとは思えない。


 委員長をしているとは言え、元々、志願したわけではない(と、遠藤から聞いた)――他人からの推薦だった。理由は、真面目だから。目立ちたいタイプではなく、ひっそりと溜まっている仕事を完遂させてくれている存在……それが久野久麻なのである。


 おとなしい子、だ。

 こういういじられ方に慣れているとは思えなかった。



 そしてお昼休み。

 クラスのそれぞれが集まり、昼食を取っている――扇も購買へいこうとして、そこで制服がつままれた。何度もされているので分かる(からかってつままれたこともあったので、判別ができるようになったのだ)……このつまみ方は、久野だ。


「購買、一緒にいくか?」

「……うん」

「でも、お前の手に弁当あるよな……?」


 返答をしない久野を見て、扇は考え、やはり最終的に、遠藤に助けを求めた。


(どうすればいい!?)

(てめえで考えろバーカ)

(お前なあ!!)


 ニタニタと、面白がっている遠藤はあとで殺す、と内心で決める。

 あたふた、と扇がいつまで経っても動かないでいると、さすがに見かねたのか、遠藤が助け船を出した。


「一緒にいきたいってんだから、連れていってあげればいいだろ」

「そ、そうじゃ、なく、て――」

「購買で飯を買って、近くの席で食うから、久野ちゃんも一緒にさ」


 おら、と遠藤が扇を蹴り、いってえ、と言いながらも歩き出す背に、久野がついていく。



 購買でパンを買い、近くの席で、三人で昼食を取る。


「毎日これって、飽きてきたんだけど……」

「お前、この味の良さが分からねえのか!?」


 購買のパンは市販ではなく、手作りなのだ……作ってくれるおばちゃんが元パン屋で働いていたこともあり、素材から作り方までプロ級なのである。そのため、味は保証されている。


 校内でも人気のパンであり、時間によってはあっという間になくなる商品もある。人気一位は、さすがに売り切れていたが、三位は無事に買うことができた。まあ、三年生が優先という風潮があるので、扇たちはいつも三位から下位のパンを買うことになるのだが。


「美味いけど、毎日はきついだろ……」

「毎日食っても飽きないように作られてんだよバカか! お前はどうして分からねえ!?」

「分かるかよバカ! お前の舌と感覚が異常なだけなんだよ!!」

「なんだと!?」

「おう、やるか? 殴り合いなら受けて立つぜ」


 と、掴み合いの喧嘩になる二人——その横で、久野が持参したお弁当を広げ、笑っていた。


「ふふっ、二人とも、面白いね」


 緩んだその表情を見て、遠藤も、扇も、きょとんとして久野を見る……。

 見られている、と気づいたのか、久野が目を逸らした。


 遠藤はニヤニヤ、と久野を見定めており……、


「なんだあ、暗い子だとばかり思っていたが、笑った顔が可愛いじゃん――いいね!」


 遠藤が久野に顔を寄せる。ぎょっとして、久野が引いた。


「ふんふん、そうかそうか――なら、いけるかなあ」


 なにが!? と声には出さないが叫ぶ久野……表情で丸分かりだった。

 分かりやすいなあ、と扇は自分のことを棚に上げ、感想を抱いた。


「ん? 久野——欲しいのか?」


 扇のパンをちらちらと見ていたので、ついつい聞いてしまった。


「え!?」と言ったのは、もちろん久野である。

 悩んだようだが、最終的に、弱く「……うん」と言った。いや食うのかよ、とはさすがに言わなかったが。手で分け、具だくさんの部分を手渡す。扇の昼食が減ったが、まあ、布教のためだと考えれば無駄ではない。久野が恐る恐る、かじる……、


「ん、美味しい」


「だろ? お気に入りだ」


 黙々と食べていると、ふと、久野がお弁当を差し出してきた。交換、ということか?

 示したのは、卵焼き、だ。


「これ、作ったの……食べてみて」

「え、いいのか……? おう、分かった、いただきます――」


 指で挟んで口に入れる――、一口かじると、味が広がった。

 味付けは、甘い方だ。


「どう、かな……」

「うまっ、美味いぞこれ!?」


「えへっ、良かった」


 その笑顔も、味付け同様に、ごちそうさまです、と言いたくなるほどだった。

 直視できなくて、目を逸らした先には遠藤がいて――ニヤァ、と、気持ち悪い笑みを向けている――あ、やべ、殺してえなあ、と、手元にナイフがあれば間違いなく刺していただろう。

 なのでなんとなく、殴っておいた。


「痛い!? てめっ、いきなりなんだよ!?」

「あ、悪い。反省はしてない」

「しろよ!」


 そんなやり取りが続き、久野とも、だいぶ打ち解けることができていた。


 ―― ――


「それで、久野ちゃん」

「……ちゃ、ちゃん!?」

「嫌だった? じゃあ、クマちゃん?」

「それは嫌です」


 つまり、久野ちゃんは了承されたわけだ。

 前者の方がマシだと思わせるテクニック……よく考えれば前者だって、比べればマシなだけであって、嫌な部類に入るだろうに。

 久野はそのトリックに気づき、はっとして遠藤を睨みつける。


 遠藤は、知らぬ顔で話題を変えた。


「今日一日、目が見えにくいってことは、扇と行動を共にするんだろ? じゃあ、扇がいくところに、久野ちゃんが自然とついていくことになるわけだ」


「え? う、うん……そうなる、よね……?」

「家に送るまでが、俺の役目だぞ。わざわざ連れ回す必要はないだろ」


 しかし、遠藤はなぜか反論してくる。


「おいおい、今日はお前に、面白い場所へ連れていってやろうと思ったのによ」

「面白い場所? 奢りならいいけど」

「誰が奢るか! ……いや、まあ、一回くらいならいいけどさ」


 へえ、珍しい、と扇が裏を探るが、分かるはずもなかった。


「で、久野ちゃんもどうかなって。当然、奢るよ」

「でも、あたし、目が見えにくくて――」


「ああ、関係ないから大丈夫だよ。そういう障害は枷にならないところだから」

「でも……」

「扇がずっとついているからさ。だからいこうよっ、ね!?」

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