第6話 ゲーム・シティ

 まあ、いいですけど、と久野の許可も得ることができた。

 ということは、自動的に扇もいくことになったのだ。

 なんだか、逆転しているような気もするが……、嫌ではないので、拒否はしない。


「で、どこに行く気なんだよ?」

「いま話題の、あそこだ」


 扇と久野は「?」と小首を傾げる。


「おま……っ、マジで知らねえのか!? いま話題の、あれじゃねえか!!」


 すると、久野は思い出したのか「あ、」と声を漏らしていた。


「いいから、早く答えを言えって。俺がそういうことに疎いって知ってるだろ」

「……そう言えばそうか。まあ、いいじゃん。じゃあ放課後、出発ってことで!」

「おいっ、だからどこにいくんだよ!?」


 遠藤は、ふっふっふ、と裏がありそうな笑みを浮かべ……、

 実際、これにはなんの企みもないと、扇は知っている――。

 遠藤が言った。


「世界最大のゲームセンター、『ゲーム・シティ』だ」


 ―― ――


 放課後、先導する遠藤の後ろをついていく。彼は足早に、というかもう走って先にいってしまったのだが、久野のことを思えばそれについていくことはできない。


 制服をつまませて、ゆっくりと歩くのが一番、安全な進み方だ。

 すると、ぎゅっと、つままれている強さが変わった……久野に力が入ったのだ。なんだ? と見れば、俯ている久野の姿が……、そして周りを見れば、他のクラスの女子が、こっちを見てひそひそとなにかを言っている。


 聞こえてはこないが、内容など目を見れば分かる。決して、祝福したい、というわけではない。貶めようとか、痛い目を見せてやろうとか、そういう悪感情だ。


 久野がなにをした?

 お前らに、なにもしていないだろう?


 面白がるだけならいいが、他人を傷つけて笑いものにするのは許せない。

 扇と久野は、付き合っているわけではない――今更、確認するまでもないことだ。同じクラスで顔を合わせこそしたが、初めて会話をしたようなもので――初対面とさほど変わりない。ついさっき、しっかりと友達になったばかりなのだ。ただそれだけの関係——しかしここで、「付き合ってない」と言うほど、周囲の腐ったやつらに合わせてやる必要もないのだ。


 なので、空いている久野の手を握り、力を込める。

 大丈夫だ、俺がいる、という意思を伝えるために――。


「え」と久野は戸惑っていたが、すぐに握り返してきた……良かった、嫌ではないみたいだ。元々、目立つタイプではないし、目立ちたい方でもない。なのにこうして目立ってしまったのだ、ストレスはいつも以上に溜まっているはずだ。


 それに、こんな環境にいることが、扇は嫌だった――ムカついた。吐き気がした。人を見下している最低なやつらと同じ空気を吸っていたくなかった。だから一秒でも早く、この場から離れてしまいたかったのだ。


 久野を引っ張り、先行した遠藤の元まで早歩きで向かう。

 そして、遠藤の背を蹴る。


「いて!?」

「いくぞ」

「おい!? お前、なんで機嫌が悪——分かったからっ、八つ当たりすんな!」


 ざわざわとした喧噪から抜け出した。

 久野の評判は、もしかして、元から良いものではなかったのかもしれない。


 ―― ――


「いくのは初めてだな、ゲームシティ……」

「で、詳細は?」

「今、最も話題を集めている化け物エンターテインメントだ」


 二駅先の目的地まで、電車に乗って向かうことになった。


「ゲームシティなら、あたしも知ってる……朝のニュースで、やってたから」


 すると、久野が会話に入ってきた。小さな声だが、はっきりと聞こえている……それは受け手の問題なのかもしれない。


「確か、半年前に始まったアーケードゲームがあるんだったよね?」


「そう、それだ! ゲームシティ自体は数年前からあったんだけどな、新しく稼働したゲームが、これまた面白そうでな――最初は筐体の数に限りがあったんだが、稼働数が増えてな――しかもゲームシティ以外の店舗でも稼働するようになって――接続人数の制限が一気に倍増したんだよ。今ならオレらも参加できるんじゃないかって思ってな!」


「で、そのゲームはなんだ? レースか? 格闘か? シューティングか?」


「それも含めて、だ。新しく始まったのは『ニュー・ゲーム』という、ゲームの世界に入ることができるゲームなんだよ」


「ふうん」

「ふうんってお前な……っ、もっと興味を持て! すげえことなんだぞ!?」

「熱くなるなよ、ここ車内だぞ」


 周りの視線が痛いが、気にする二人ではなかった。

 唯一、久野だけが周りに、すいませんと軽く頭を下げていたが……、


「全世界の人間がな、そのゲームに期待をしてんだ! 稼働したばかりの頃は、そりゃ酷いもんだったけどな――主に待ち時間の問題でだ。家庭用なら問題はなかったんだろうが、アーケードとなれば筐体の数しか遊べる人間がいねえもんだ。最初はそりゃ社会問題になったんだぜ?」


 扇は、その時のこともよく知らない。

 ニュース自体、視界に入っていても見ているわけではないのだ。


「遊園地の人気アトラクションみたいなものか。120分待ちとか普通だもんな」

「でも、乗りたい人は待つんですよね」


 と、久野。そういう経験でもあるのだろうか。


 勝手な偏見だが、ネズミの遊園地が好きそうな感じがする……、


「じゃあ、今はだいぶ空いているのか……いや、空いてるか?」


「そこは運だが……、まあ二時間待ちとかはねえだろ。小さな店舗にいくわけじゃねえ、ゲームシティ、その総本山にいくんだ、その稼働数は世界最大——そしてオレたちは家が近いというアドバンテージがある。普通の人は、わざわざここまでくるのも大変だって事情もあるしな」


 帰り道にちょっと寄って行こう、という場所ではないのだ。

 交通機関も乗り換えを必要とする。であれば、利用する人間もいくらか削ぎ落される。


 連携店舗が増えたことで、近くで利用できるとなれば、人は楽な方へ流れるものだ。

 わざわざ手間と時間をかけて総本山までくる者は、強いこだわりか、家が近くにあるか、くらいなものだろう……そういう者たちが利用してもまだ、余りがあるほどの筐体数がある。

 恐らく、待たずとも利用できるだろう。


 すると、


「あたしは一回だけ、やったことあるよ」

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