第6話 通行人は夢

「――はどこに行ったんですか?」

「――って何だ」

「雪ですよ」

「雪?」

 俺は顔を上げる。雪なんてどこにもない。この急な冷え込みでずいぶん降った地方もあるらしいが、俺が今いるところは降っていない、はず。

「雪があるはずなんです、ここに」

「ここに、ねえ……」

「あると聞いて来たんです」

「うーん……勘違いじゃないのか?」

「ラジオでやっていたのです。だからあるはずなのですが……」

「いやあ……雪は降ってないよ。残念だけど、ないんじゃないかな……」

「そうですか……」

 旅人だか通行人だかよくわからない人はそう言うと去って行った。

「……」

 ここに雪が降るはずはない。降ったらニュースになるはずだ。通行人はラジオで聞いたと行ったけど……ここに雪が降ったって? 本当に? 誤報じゃないのか?

 だが、降った、というニュースを誤報するなんてことがあるか?

 人生色々なことがあるんだから誤報に出くわすこともあるだろう、だがこの誤報は……

「……あれ?」

 この世界に俺以外の人なんていたっけか?

 そもそも。

「あれ……」

 雪がある。

「……」

 見渡す限り灰色の雪原、さっきの人はどこにもいない。

 一人だ。

 また。

 何が起きたって、これが俺の普通じゃないか。

 では俺の普通、ではない「普通」の世界に生きていた、と思った俺の認識も、旅人がいた、という認識も、全て幻だったのだろうか。

「まやかし……」

 いや、この世界に蝶はいないはずだ。そもそもこの世界に俺以外の生物はいない、はず。

 それじゃあさっきのは何だったのだろうか。

 雪がなくなったら全てのものが明るみに出てしまう。そんな世界が正常に機能するはずもない。それならあれは幻か、夢、蝶によらぬまやかしだったのだろう。

 まやかしに未練などない。まやかしはまやかし。仮に雪がない世界に憧れようがそれが真実になるわけではない。よって憧れは無駄……俺は春に憧れていたのではなかったのか?

 それはいつのことだったろうか。

 思い出すのはよくない気がする。

 春の中でなんて生きていけるわけがない。春はぼんやり。ないものと思った方がいいに決まっている。

 いつの間にか、手にスコップを持っていた。これで俺は何をするつもりだったのか、発掘をするつもりだったのか、いずれにせよ危険なのでしまっておこう。

 ぼんやり、スコップがぼやけてゆき、雪がそれを隠す。

 今夜はおそらく冷えるだろう。

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