第4話 雪の宗教
雪が固まっている。
いや、元々固まっていたのか。
固まれば固まるほど中のものが出てくる可能性が下がる、ような気がする。
雪が固まって、思考の隙間がなくなって、滑る、滑る。
それでもいい。
こんな寒い日に中のものの処理なんてしたくないからな。
雪の中から出てきたものの処理をしなくてもいいと決めてから、出てきたものを埋めては戻し、埋めては戻しでただ日々が過ぎていく。
こんなことで前に進めているのかと不安になってくるが、まあ前に進まなくても構わないのだ、別に。
この世界に春が来れば、と思って処理していたものだがそれだって本当に来るかどうかわからないのだし。
春は危険だ、ものが腐りやすくなる。
何もかもが解放されてしまう春。
春が来たから腐ったのか、腐ったものが出てきただけなのか、どちらかわからなくなるほどに春はぼんやり。
春、味わったことがない春、ここも昔は雪がなかったのだろうか、そんな記憶すら凍結されて雪の下にある。のだろう。
思い返すと侵食が強まってしまうから、ふわふわとなぞる程度。危険物を掘り起こしてしまうと困るから、考える側から霧散させていく。
そんなこんなで日は進む。俺以外誰もいないこの世界で毎日新たな雪が積もって日が過ぎる。
古い雪は下の方、新しい雪は上の方。
新しい雪が古くなり、古い雪が消えていく。
それなら消えたはずの雪が「もの」となっているのか。ものの正体はわからない、いや、わからなくなった。
さっきまでわかっていたはずのことがわからなくなる、それがこの世界で、さっきまでわかっていたはずのことはわからなくならなければいけない。「わかっている」ことは危険で、永遠に埋め続けねば災厄が来る。
己が侵食され、変質してしまう災厄。
それは本当に変質なのか。
侵食は変質ではなく本来の姿に戻るだけだ、という宗教が流行ったことがあった。
無論、ここに俺以外の人間はいないので、それは雪の中から勝手に生えてきた宗教であり、それだって俺を侵食する危険物で、危険物を見て危険物を聞いて汚染されてまた埋めて、そうしているうちに「真の姿」に戻るのならばそれは本望、
そんなわけがないだろ。
自身を制御できなくなるくらいなら何もかも埋めてしまった方がいい。それは俺自身の存在についてもそう。雪に埋めて凍結すれば全ては丸く収まる。
逆にそういう宗教が流行ろうとしているのかもしれない。まさに今。
無論、ここに俺以外の人間はいないので、それは雪の中から勝手に生えてきた宗教であり。
危険物なのだ。
ここにあるもののほとんどは。
低温から脱してしまったものは融け、世界を侵食する。
侵食されたものは黒くなり――
そんな理論。
いつも考えている。
この世界について、危険物について。
考えた側から凍結して埋まっていく、埋められていく。
世界は循環しているのか、わからない。それだって大昔の俺が一度、いや何度も繰り返した問いなのかも。
そんなことを考えることに何の意味があるのか。
俺が、俺自身が凍ってしまわぬように、考え続けることには意味がある。
だが凍ることに何の不具合があろうか。
前述の「宗教」を信じるなら凍結は全て素晴らしく、俺自身すら埋めてしまっても構わない、埋めるべき、ということになり。
俺は寒いのは嫌いだ。
こんな雪の世界にいて何を言うか、なんて声が飛んで来そうだが俺は本来寒さが苦手な人間である。
雪に埋まる、自身を凍結する、それはきっととても寒いことで。
寒いのは嫌いだ、だから自分は埋めない。
そう決めた。
それだって明日には忘れ、全てが灰色になっているのかもしれないけど。
今日は、まだ。
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