阿部美映子

 久々の実家では雪が降っていた。大学を卒業してからもう三年? 二年? よくわからない。わかるのは、ただ時が過ぎ去ってしまったということだけ。

 今日は久々に大学時代の友人に会う。もう一年以上会っていないけど。

「ミエコさん」人通りでもちゃんと私を見つけてくれる。彼女は相変わらずの人懐っこい顔。

「あ、ナミ。よくわかったね」

「あんまり変わってないもん、ミエコさん」

「うん、そうかもね」思わず苦笑い。私はナミみたいに背も高くないし、オシャレじゃないから、ちょっと自信なくす。本人はあんまり気づいてないみたいだけど。

「昔の職場、化粧とか推進されていなかったし、服も白衣だったし」と私が言い訳。事前に予約してくれたカッフェエも、くそ、オシャレだなあ。パンケーキ1300円だって。彼女は慣れているのか、すぐさまメニューを見て何を頼むのか決めた。

「ミエコさんはどこだったっけ」と彼女が聞く。

「もうやめたけど、検査会社にいたよ。そっちは夜間病院大変じゃない?」

「いやそうでもないよ。皆いい人たちだし。そんでそんで?」

「ずっと言っていなかったけど、実は私卒業してからすぐ結婚してたんだよね」

「はあああああ?」ナミが水をこぼした。店員さんがやってきてナミのスカートが濡れてないか確認して帰っていった。私は曖昧に彼女に会釈した。

「初耳なんだけど」

「誰にも言っていないから。家族にしか言っていないから、大学の中で初めて言ったの、ナミだけだよ」

「なんで黙ってたの?」

「SNSも面倒だったし、積丹にいたから誰にも言えなくて」

「衝撃だよ。何爆弾落としているのさ。ちょっとこれみんなに言っていい?」ナミのアイスティーを持つ手が震えている。

「いいよ。先生には一応挨拶したんだけど」

「へえ。すごいじゃん。相手は?」

「もともと高校の同級生。あ、でも今は別居してて」

「なんか複雑なんだね……」

「あ、でも大した理由じゃないよ。私がいろいろ嫌気がさしただけだし。完全に私のわがままなんだよね。私がただガキだったって言うか」

「ふうん?」

「なんか本当にいろいろ圧迫されている感じがあって。いろんなことから。で、逃げてきちゃった。だめな妻だから」

「ミエコさんって昔から淡々としているのに行動力あったもんねえ」

「面倒くさがりなだけだよ、本当。彼はすごい良い人だし。私は屑だけど」

「そうかなあ」

「うん。なんかあの土地が合わなくって逃げてきた。あそこにいると息が詰まるから、生きた心地しなかった」

「検査会社はどこだったの?」

「それは小樽。結構遠かったね」

「通ってたんだ」

「最初はねー。旦那が転勤でいきなり次は名寄とか言われてさ。無理無理ってなって。で、前の会社の社長の動向が悪くなってきた段階だったし、ちょうどいいやって感じでやめたけど、結局別居しちゃった。仕事自体は好きだったんだけどね」

「でもミエコさんなら色々あるんじゃない? 働き口」

「まあねえ。食品系の検査でもしようかなって思っててさ。それからは実家でバイトしたりして食いつないでて、来月からここで働くよ」

「そうなんだ。人生いろいろだねえ」

「うん。みんなどうしているのかなあ、全然わかんないよ。『顔本』も『つぶやき』もやってないし」

「私も全然わかんないけどさあ」

「みんなに会いたいなあ」

「まあねえ。でもミエコさん結婚しているって知ったらみんな驚くよ。ミエコさん、大学の時は全然男の気配なかったじゃん」

「まあ言ってなかったから」

「あーーもうこの際いつからつきあってたのか、洗いざらい吐きなさいよ」

「いやだって、がっつり国試と卒論時期だったから」

「四年の時?」

「そうそう、卒論やりながら学校に泊まりながら、って感じ。なつかしいな」

「あったねえ、そんな時期」

「正直働いている時期のが楽だったな」

「それねえ」

 お互い、ため息。

「病院実習、糞だったよなあ」私が笑う。

「配属ガチャ、まじ運だったよね」

「本当、いい先生とこ行かないとだったよね。うちの研究室はブラックだったけど」

「訴えたんだっけ?」

「そうそう、懐かしい」そうだ、私は大学四年の時、拘束時間が長すぎて、溜まりかねてアカデミックハラスメント委員会に訴えたことがあった。

「よく覚えているね」彼女といると、なんだかあの頃に引き戻される。

「そりゃあね」

「でももう本当SNSとかで繋がっていないとどんどん疎遠になっていくね、みんなと」

「ミエコさんは今もやっていないの?」

「やっていたけど、いろいろ疲れちゃってさ。なんかいろんな人がいて」

「あれ、作品あげてるやつ?」

「そうそう」

「まあどこにでもいるよねー、変な人は」

「なんかもういっそ、自分の作品広報やってくれる人アカウント譲歩したいなーって思ったくらい」

「まじ? 私やってもいいよ」ナミが軽く言う。

「いやいや、でもいろいろ業界ルールみたいなのあるし、宣伝の文面によって反応とか全然変わるし。でももうそういうの考えるだけで疲れちゃった」

「宣伝文句みたいな?」

「そうそう、マジ面倒。書いたらアップしてくれる人がいればいいのにとか思っちゃう」

「でも宣伝は大事だよねえ」

「まあ全然反響欲しいとか考えてないんだけど、それでもね……」

「あたしミエコさんの作品見たけどさ、けっこうおもしろかったあ。めっちゃ反応あるやつもあったけどさ、あのいじめの話? よかったなあ」

「ああ……あれね」私は以前、サイトで女子中学生のいじめに関するの漫画を載せたのだ。

「あれなんか本当プロみたいだったよ。リアリティやばかった。あれ体験談?」

「ふふふ」ナミの言葉に思わず頬が緩む。

「何?」

「あれね、全部つくりもの」

「嘘」ナミの目が大きく開かれる。

「当たり前じゃん。創作なんだから。でもね、あれ読んだ人はみんな『私小説』的な観点で聞いてくるから嬉しかった。あの主人公に対して、みんな本気で怒ったり心配したりするんだもん」

「ふうん。じゃあどうやって作ったの?」

「論文めちゃくちゃ検索して、あとはいじめ事件とかめちゃくちゃ調べてかな」

「まじで」

「うん。学部の時社会学とか習ったじゃん。あれのノリ」

「まじか。じゃあ経験談は一つもなし?」

「そこらへんはよく覚えてないけど、ほとんど創作だと思う。ってえか創作で自分のこと書いたことなんてないし」

「まじかあ」

「嘘つきだからね」私は笑う。うまく嘘がつけると気分がいい。

「騙されたわ。でも本当良かったよ、プロみたいで。もっと多くの人に読んでほしいわ」

「まあ、でもそうなると面倒くさい……」

「だからSNSアカウントも管理するって!」

「いや、それは一旦考えさせて。いろいろ禁止事項っていうか注意しないといけない地雷みたいなのたくさんあるし」

「色々大変なんだね」

「そうそう」

「でも本当、なんか面白かった。純粋に」

「……ん。ありがと。それだけでいいよ」

「勿体ないなあ」

「でもね、ある日たまたま手に取った作品がたまたま面白くてつい一気読みしちゃった、みたいなの、めっちゃ嬉しい」

「そうだよねえ」

「うん。だからありがと」

「ううん、また何か書いたら見せてよ。私今つぶやきやっていないからさ」とナミが言う。屈託のない笑顔で。

「……ありがとう……」

「ん?」

「あ、ああの……(ちょっと目を泳がせてしまった)、そういえば新作描いているんだよね。ずっと利用していたサイトが閉鎖されそうでさ。これからどこに載せようかなって悩んでて。たまに、ここじゃないどこかに行きたいな、なんて思うこともあって……おかしいよね、ネットだと匿名なのにさ。でも本当にはにも可も消えてしまいたいと思うことばかりでね。だから、その……」

「ん?」

「ありがと。元気出た」

「よくできました」とナミが笑った。あ、これはわかってたな。

 ……しっかし新作はどこに投稿しようかな、本当に。

 まだ誰も見たことのない人に、届けられたらいいけど……。

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