コンテンツ②
「『友達』の申請、無視しているの?」と旦那が聞いた。
「うーん、なんとなくね。ちょっと。」
「ふうん。」
旦那は一瞬考えたが、それ以上は考えないと決めたらしい。「友だち申請」とは、SNS上で繋がりたいと思った人に送る申請のこと。私は小学生の頃の友達から「申請」が来てるけど、ずうっと気づかない振り。
彼は自分の携帯に目を落とした。彼の「友だち」は三百人以上いる。彼の仕事が、あるいは人柄がそうさせるのかもしれない。彼はフリーランスのインテリアコーディネーターで、人とのつながりや宣伝活動がそのまま仕事に直結することもある。こういったSNSへの書き込みやチェックは仕事の一部なのだ。実際、彼は結構有名な人と繋がっているし(私ですら名前の聞いたことがある人だ)、一度仕事を受けたお客さんが旦那の名前を検索したりする。彼もすぐに「友達申請」するから、そう言ったお客さんとはSNS上で繋がる事も多い。彼はパソコンが大好きで、新しい技術やアプリにはすぐに飛びつく。
私とは正反対だ。
私はどちらかと言えばメールより電話が好きだし、電話より手紙が好きだ。メールの文章は大事な要件を伝えることに向いているかもしれないが、だらだらと友達と電話したり、旦那にこっそり手紙を書いているときの方が楽しい(ちなみに、彼は全く手紙を書かない。彼に限らず、男の人って全く手紙を書かないな。どうしてだろう?)。
そんなわけで、私のSNS上の「友だち」は二十人ちょっと。同世代の子に比べたら圧倒的に少ないけど、特にこれで不満も無い。メールアドレスさえあれば、SNSをやっていなくたって、生活に支障が出るわけではない。まあ、殆ど旦那にやってもらったのだが。
「あたしの友達ね、お化けが見えたの」私は思い切って彼に話してみることにした。
「お化け?」
「うん。」
「幽霊ってこと?」
「そうだと思う」
「その友達って……この子?」彼は私の携帯の画面を指さす。私は頷く。
「そうなんだ。本当に見えたの?」
「まさか」彼は混乱したみたいだった。一点を見つめて動かなくなる。次の言葉を探そうと頭を動かしているのだろう。
「要するに嘘だったのよ、ただの演技。」彼は肩をすくめ、ため息をついた。
「でもわからないね。その子の気持ちと言うか、動機がさ。子供の頃はそういうものが見えていたのかもしれないし、あるいは幻覚みたいなものだったのかも。」
「そうね、確かに。でも周りはコロッとね、騙されたのよ。私もその一人。」
「注目を浴びたかったのかな、その子。」
「どうなんだろう、本当のことはわかんない。でもきっとそうかも。」
彼女は学生時代、割とおとなしい子だった。リーダー気質ではないし、何かの集まりがあっても、意見をさほど口に出すタイプではなかった。成績だってずば抜けて良い訳ではなかったが、悪くもなかった。要するに彼女はそんなに目立つタイプの子ではなかった。でもだからこそ、彼女が発言をたまにする時は皆、真摯に彼女の意見を聞いたし、彼女が嘘を言っているとは誰も思わなかった。彼女の嘘も、まあ、結構これがうまいのだ。徐々に皆に信じ込ませていく。
「あそこに何か白いものが見えない?」彼女は何気ない日常の中に嘘を織り込ませる。とても自然に。当然、私は見えない、と言う。しかし彼女は「絶対に見える!」と声を荒げたり、騒いだりなんかしない。「ああ、やっぱりそうなんだ」と言わんばかりに、堂々とした、しかしとても自然な態度を取る。あくまでこちら側から興味を持つように仕向けるのだ。こちらが質問をしてまったら最後、彼女の思うつぼである。彼女は静かに、しかし満を持して、予め用意していた答えを言う。周りの子たちは当然のことながら、彼女の話に釘付けになった。しかし当の私はさほど興味を持てず、なんて返答をするべきなのか頭の中で思い巡らせるだけだった。
「それで、なんで彼女の言うことが嘘だってわかったんだい?」暗い部屋の中で旦那の声が響いた。彼の声はよく通る。私たちは同じ布団の中にいた。
「彼女が私を騙したから」私は淡々と答える。「彼女が幽霊を見ることができる、って告白してから半年くらいだったと思う。それくらいの時に、彼女は周りの友達に言ったの。自分自身ではなくて、私、この『私が』幽霊見える、って嘘ついたの。私にも責任を被せてきたの。私は否定できなかった。混乱してたし、彼女に言いくるめられた」
旦那は黙っていた。
「『あそこに何か見えない?』って聞かれた。その日は天気の良くない日だった。霧がかってたから、私はうん、って答えた。それが運のツキね。次の日には私は幽霊の見える子として噂になってた」
「もうそれは昔のこと?」
「ずいぶん」と私は言う。そうだ、きっと昔のことなのだ。彼と会うよりもずっとずっと昔のことなのだ。
「ねえ、昔のことって、覚えてる?」と私は聞く。
覚えていなかったら、それはその人にとって嘘なのだろうか?
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