箱太郎
「もうわかったと思いますが……」声が震える。
「俺はこんな感じですし、年齢も偽っていました。働いてもいないですし」
「そうだったんですね」と目の前の彼は穏やかに応えた。
「とても利口そうな顔立ちじゃないですか」
「本当はこんな姿であることを隠すのは嫌ですが、なにぶん目立つんです。初めは好きでやっていただけなんですけどね。こんなに生きづらいとは思っていませんでした。だからこれは秘密なんです。ただハードさんには知ってもらっても構わないかな、って思って……」
「素敵ですし似合っていますよ」と彼は言った。
「生きづらいのもわかります」
「俺はこれ、本当に趣味で……。少し暗い話をしていいですか?」
「ええ、いくらでも」
「昔、俺には理想の人がいたんです。その人はとってもかっこよくて、美しくて、勉強が出来て、冬休みに癌になった」
「ほう」
「冬休み空けたら、彼女にはまるきり髪の毛が無かったんすよ。それで俺、本当に感動しちゃって。あんなに美しい人を俺は見たことなんてないな。だから俺もその人になりたいと思って、こんな髪型にしたんです。変でしょ?」
「まさか」と彼は笑った。
「確かになかなかないですが、素敵ですよ」
「本当ですか? やったあ。あと俺、ハゲが主人公の漫画が好きなんですよ。それにフランス映画に出てくるハゲなんて、みんなかっこいいでしょう? なんでみんなハゲの魅力に気が付かないか、とっても不思議ですよ」
「そうですねえ、でも自分はハゲになりたいとは思わないですね、ははは」
「そうですね。ハードさんはイメージぴったりですよ。このままの方がいいです、なんていうか、とっても小説家っぽいので」
「そうですかね」
「そうですよ。本当にイメージに合っています。それに……」
「……」
「いや、なんでもありません。とにかく、今までいろいろ隠していてすみません、禿げてるし」
「そりゃあネットでは隠すのがあたりまえですからね。不用意に真実を言い過ぎるのも良くないですよ」
「そうですね。でも、あそこに書いていることはすべて本心です」
「そうですか」
「はい。あなたの作品がとても好きだってことも」
「それはとても嬉しいです」
「それに、俺がこんな姿でも、ちゃんと受け入れてくれてうれしいです」
「受け入れますよ。もちろん」
「嬉しいです、俺」
「それで、即売会なりで、有料で売るってことは考えてみました?」
「ええ、とってもいい案だとは思います。いろいろ調べてみたんですけど、これならある程度読んでくれる人が限定されるので、いいかもしれません。売れるかはわかりませんが」
「そうですね、もともとサービスが無料であることが問題な部分もありますし、有料限定にすることで読者もある程度取捨選別できますね」
「そうですね……。自信はないですけど」
「固定ファンがいらっしゃいますよね? それに今の更新分だけでファンを掴んで、それ以降は有料で売ればある程度人はついてきますよ。知名度はありますし」
「そうですね。少しは名が知られているといいのですが」
「大丈夫ですよ」
「わかりませんけど……でもこれなら気楽にやれるのでいいですね」
「はい……すみません、子供が起きそうです。今日のところはここまででいいですか? 本当にすみません……」
「え、あ、大丈夫です。むしろハードさんの執筆の時間を少なくしてしまって申し訳ないです。ありがとうございます」
「ありがとうございます。では」
通話は突然切れた。静寂が訪れる。暗闇の中でパソコンだけが光っていた。
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