むらなか

 カーテンの閉めた部屋で、電気もつけず一人ベッドであれこれ考えてしまう。もうこのアカウントも消してしまおうかな、と。何度目だろう、繰り返し繰り返し考える。今まで私が発表してきた作品ごと、全部消してしまいたいと考える。

 初めは純粋に楽しかった。ちょっと好きな作品のイラストを描いて、SNSにアップ。すぐに反応が来る。百件。

 すごい人はいつも一万とか反応を貰っているみたいだけど、私は百で十分舞い上がった。

 何度も言う、楽しかっただけだ。

 もともと別ジャンルの作品のキャラばかり描いてきたが、いざ今旬ジャンルの作品を読んでみたらあっという間にハマった。二次創作やファンアートの反響は、単純に絵がうまいから、といった単純な要因で変わるものではない。アイディアや解釈、旬のジャンルかどうかで結構変わってくる。

 そんなわけで、旬ジャンルの絵を描くようになってからはもうお祭りだ。新しい絵をアップすればするほど反応は大きくなっていった。固定ファンみたいな人もついた。サイトの投げ銭機能にお金が入っていた(私が絵で収入を得た初めての体験だった)。昔ハマったジャンルとクロスオーバーさせたり、流行っている画像のトレスをしたり。ネタを見つけるたびに大好きなキャラの絵をアップしては、みんなでわいわい盛り上がれていた。初めのうちは。

 段々と雲行きが怪しくなったのは、それから半月も経たないほど。私のSNSアカウントが大きくなり始めていたころと同じ時期に、不快なコメントも見られるようになった。

「次は○○(キャラ)の○○(性癖シチュエーション)を描いてください」と言われたり。たまにずっと昔からハマっていたジャンルの絵を描くと、旬ジャンルの絵を描いてください、とも言われたり。なんだこれ。

 物事が決定的になったのは、通販サイトで私の絵を使ったペンケースが現れたこと。これはさすがにまいった、まいった。あーー噂では聞いていたけどまさか本当にこんなことがあるとはねえ。ちょっとびっくり。これで何も知らない小学生たちは騙されたりして高額で買うのかしら。

 私は本来頑張らなくていいことも頑張っていたのだろう。私がたまたま昔好きだったアニメを再放送で見て、「あと三回で終わりかあ」と発言したら。勝手に別のアニメだと勘違いした人たちが大勢出てきて叱られた。あれにはびっくりした。

 だんだんここも居心地が悪くなってきたなあ、いっそお金払う人たちだけに提供したいな、なんて思って

「今後はイラスト本を同人誌のみで頒布します」と発言すると、

「サイトにアップすれば無料ですよ」と返ってくる。なんだこれ。

 実際、私は何に頑張っているのか、誰に向かって叫んでいるのかわからなくなってきていた。まだ知人たちが百人しかいなくて、仲間内だけでわいわい盛り上がっていたころが懐かしい。あの時はまだ、私のやりたいことを受け止めてくれる人しかいなかった。どんな絵でも誰かが必ず見てくれた。反応をくれた。たとえ自分の好みではない絵が流れてきても、誰も文句など言わなかった。

私は耐えかねて、ネットからすべて消えることを決意した。

「もうこのアカウントは消します」

前々から仲の良かった良識的な知人にダイレクトメールを送った。返事はすぐに来た。

「がんばったね」と。

がんばったね、か。たしかにそうかもしれない。しかし実際のところ、私は別に頑張らなくてもいいことを頑張っているのかもしれない。本当は絵を描くことなんか何も辛くない。楽しいだけだ。でも、それ以外のことはすべてしんどい。

 何と戦ったんだろう。私はただすり減っただけだ。SNSを始めてから確かに、自分以外に同じ趣味を持つ人たちとたくさん関われたし、純粋に「もっと絵がうまくなりたい」、「もっと楽しく絵を描きたい」という気持ちがあった。もちろん今だってある。でもそれでも……。

 発言すること自体が怖くなった。

「削除するんじゃなくって、放置してみたらどうかな? それならいつでも戻ってこれるでしょう?」と彼女は言った。

「たしかにね……」それが一番賢い方法なのかもしれない。でも……

 今まで私の絵を見てくれた人、仲良くしてくれた人、感想をくれた人。たくさんの人が私に優しくしてくれた。それだけに申し訳ない気持ちもあったが、今は……

「うん、そうする。ありがとう」私はそうDMを送った。

私はそれ以来、SNSで発言をしなくなった。


……はずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る