箱太郎
「箱太郎さんの作品、読んでますよ」
びっくりすることだが、たまに言われる。
「ええと、どの作品ですか?」俺は早速彼に返信する。
「『かじスキ』ですね。あと『ハルジオン』」
「ありがとうございます。あんなマイナーな作品をありがとうございます」
「いえいえ、上位に載ってましたしね」
「そうだったんですか?」
「ええ。確か十位以内……とかだったと思います」
「そうなんですか」
全く知らなかった。試験勉強が忙しくてそれどころじゃなかったのも理由だが、そもそも自分の作品がランキング入りするなんて思ってもみなかった。
「ありがとうございます。確認してみます」と私は返信する。
早速サイトにアクセスすると、ジャンル別で六位と九位になっていた。なんだ、六位か。大した数字じゃないな。なんて当時は思っていたが、聞けばジャンル別でも十位以内は出版社から書籍を出しているプロ作家さんばかりらしく、結構すごいことらしい。よく知らないけれど。今振り返ってみれば、サイト向きの作風でもなかったし、もともとエピソードごとに区切って毎度「引き」を作るような、いわば週刊漫画みたいな描き方もしていなかったし(ウェブ版では多少修正したが)、それでこの数字は結構たいしたものだったのかもしれない。
自分の作品の場合、もとから純文学などに親しんできたコアなファンが多い。二話目以降に飽きられる人が少なく、最後まで読んでくれた人が(ありがたいことに)ポイントをたくさん入れてくれているらしい。どっちみちネット小説の主流ジャンルとはいいがたいので、書籍化なんて夢のまた夢だろう。私としては細々と楽しくやっていければそれでよかった。
【今まで気づかなかったのですが、自作『かじスキ』と『ハルジオン』がそれぞれ現代ジャンルで六位、九位らしいです。読者の皆様ありがとうございます(´;ω;`)】
俺は早速SNSに作品のリンクを投稿する。その日は何人かがお祝いの言葉をくれ、特に何の感慨もなく幾つかの小説を読んで寝てしまった。
次の日に学校に行く途中でDMが来ていたので開いたら、
「また順位上がってましたね」とのことだった。おお。全然知らなんだ。
「ありがとうございます。早速チェックします」
何気なく電車の中でランキングサイトを開くと、私の作品は二位と四位にまで上がっていた。
「……」
これには少しだけびっくりした。二位、か。嬉しいけど、本当に嬉しくて仕方ないけど、でも、これから何かが変わるってわけでもないし。私はそもそも……。でも嬉しいことは嬉しい。私は指を走らせる。
【また自作の『かじスキ』と『ハルジオン』が二位と四位になりました(´;ω;`)ウゥゥ 本当に皆さんのおかげです!】
その日は大学の期末試験だった。一年前の今頃はセンター試験でひいひい言っていたっけ。大学生になれば少しは勉強しなくて済むのかと思ったが、それは甘い見立てだった。診療放射線学科を選んでしまったせいもあるが、すでに一年生の後半から授業は専門学科の基礎授業が入っていた。二年になればほぼ授業は実習と必修。平日に休みなんてない。先輩方は長期休みを利用して病院に実習へ行っていた。もちろん交通費は自腹だし、バイト代は出ない。うまく交渉している先輩はバイトと実習をちゃっかり兼ねていたが、それは稀なケースだった。
小説を書いていることは周りの誰にも言っていない。そもそもうちの医療大学には文芸サークルが無い。だから近くの総合大学の文芸サークルにちょくちょく顔を出しているが、そこでもあまり話の合う人には出会わない。皆頭がよくて、話がうまくて、多趣味で、知識だってまあまああるのかもしれないが、毎日小説を書いている人間なんて誰もいないのだ。少し期待はしていたが、まあそれがきっと「普通」なのだろう。普通に生きている人は、毎日小説なんて書かないのだ。
その日の午後は基礎生理学と解剖総論の試験だった。なんとか乗り切った。意外と書けなかったのが悔やまれるが。
「どうだった?」といつも一緒の席に座る友人に聞いてみたら、
「記述はなあ。番号選択じゃないと無理」と言っていた。
「ふうん」いつも一緒の席に座るグループはいわゆるまじめ系の成績優秀層だから、まあこの言葉もあてにはならないけれど。
「記述のが点とれるんだよなあ。相対的に」と言ったら、
「むかつく」と肩パンされた。
SNSには、またDMが来ていた。
「一位おめでとうございます(#^^#)PVもこれからたくさん増えると思います!」
え。
一位……?
学食で思わずランキングサイトにアクセスする。日間と週間の一位に私の『かじスキ』が載っていた。私はまた反射的に指を走らせる。
【自作の『かじスキ』が日間と週間で一位をとりました! 本当に皆さんありがとうございます(´;ω;`)ウッ…】
期末試験が全て終わった次の日には、その勢いのまま月刊ランキングでも一位になっていた。
ランキングの力は良くも悪くも絶大だった。いちいち確認していないが、たくさんの人が読んでくれるようになった。SNSでの交流も増えた。自作は名刺代わりになったし、「あの作品の作者ですね」とも言われるようになった。プロの作家さんたちとも交流が増えた。またDMが来る。
「箱さんの『ハルジオン』、サイトでピックアップされてますよ」
サイト運営側が面白そうな作品やこれから伸びそうな作品を紹介することがあるのだが、どうやらそれに自作が選ばれたらしい。
「毎度ご報告ありがとうございます。拝見してみます」丁寧なことに、そのDMにはきちんとリンクも貼ってあった。タップすると、たしかに自作の紹介文があった。これを機にまた作品の閲覧数が伸びた。
DMの主はハードさんと言った。もともとのハンドルネーム兼ペンネームが『偏差値30』というなんとも自虐的な名前だったから、はじめのうちは何て呼んでいいのかわからなかったが、結局自己紹介欄の『人生ハードモード』から、「ハードさん」と呼ぶようになった。ハードさんはゴリゴリの純文学を書く人で、他のジャンルはほとんど書かない。エンタメ作品もたくさん読んでおり、読んだ本の感想を書く読書系ブログも運営している器用な方だ。ウェブ小説を読んで、一番初めに面白いと思ったのがハードさんの短編だったから、感想を書いて送ったのがきっかけで仲良くなったのだ。
「いえいえ、応援しております」とハードさんから返信が来る。相変わらず謙虚な人だ。
ハードさんも同じサイトでランキングの常連だった。ハードさんには固定のファンがいたし、書き手以外のいわゆる『読み専』と呼ばれる、サイトに作品をアップしていない層にも受けが良かった。この界隈では彼がちょっとした有名人なこともあり、ハードさんが私の作品を追いかけてくれていることは、素直に嬉しかった。
彼は毎日書いていた。仕事をして、聞くところによると子供もいるらしいが、それでも毎日書いていた。当然時間は限られている。大抵は昼休みのわずかな時間と、子供と奥さんが寝静まったあとの深夜に書いているそうだ。これを知ったときはなぜか、自分が認められたように嬉しかった。自分以外の人間で、毎日小説を書いている人に会ったのは初めての事だったから、泣くほど感動してしまった。ずっと見えない暗闇の中を一人で走っていたのに、突然同じ道を走る人間に出会ったような感動があった。それも、相手はとても楽しく走っている。この喜びは、後にも先にも味わえないかもしれない。
ハードさんの作品も、順調に順位を伸ばしていた。彼が作品を更新し続ける限り、ランキングから落ちることはなかった。当時彼は十万字強ほどの長編を連載していたため、固定ファンたちは毎日朝の更新を読んで、感想をつぶやいてから学校や会社に向かっていた。自分もその一人だった。
自作の更新が苦痛になってきたのは、春休みに入ってすぐのことだった。ランキングに入ると、良くも悪くも知名度が上がる。
「以前自分の作品を読んでもらったものです! よかったら評価してください!」
そんな誰ともわからないメッセがSNSに来ていた。ああ、以前この人の小説を読んで、私は「いいですね」とSNS上で会話したことがあったのだ。
「読了しましたが、評価するのは気まぐれなので受け付けていません、ご了承ください」とだけ返信した。期末試験が終わったばかりで、その日は勉強もせず一日中寝ていた。今連載中の作品自体は書き溜めているから、更新には響かない。明日からバイトも始まるし、病院実習だって控えている。それまでに課題を終わらせなければ……なんていち医療系学生らしい考えをめぐらせながらベッドでうだうだしていたら、突然SNSのアカウントに警告が来た。
「このアカウントはのっとられている可能性があります」
「うそ」
さっきまで普通に入っていたのに、アプリ内から私のアカウントに入ることが出来ない。仕方なくグーグル経由で自分のアカウントを検索する。と、衝撃的な光景がそこはあった。なんと、俺のアカウントが、勝手に誰か知らない小説作品を褒めたりけなしたりしていた。
頭が真っ白になった。これが「のっとり」か……。
俺は幸い別のアカウントを持っていたから、そのアカウントで報告し、メールアドレス経由でも運営に報告した。
後からわかったことだが、乗っ取られた後にパスワードが変更され、SNSにログインできなくなっていた可能性があるらしい。怖すぎる。幸い運営の対処は早く、わずか一日後に戻ってくることが出来たが、ショックでバイト休んだ。
ありがたいことに、多くの人たちは俺のことを信じてくれた。身に覚えのない発言はすべて削除し、経緯をきちんと説明した。安堵もあったが、それでも恐怖は消えなかった。ただ自分が発言したこと、行動したことに対しての後悔だけは微塵もなかった。
「パスワードがわかりやすかったと思います」と俺はハードさんに言った。
「それは災難でしたね」と彼は言った。
「あの、ずっと思っていたんですけれど」と俺は切り出した。
「なんでしょう」
「私はもうウェブ小説に興味がなくなってしまいました」
「ふむ」
「俺の作品なんて全然ウェブ向きじゃないし、重いし、エピソードごとに区切れないし」
「ふむ」
「でも、読んでくれる読者がいますし、その方たちには申し訳ないと思います」
「そうですよね……」
「いろいろなことが重なって辛く感じているだけかもしれません。でも今、ちょっと創作活動がしんどいのです。作品自体はもう書き上げているのですが」
「次回作は?」
「書き溜めています。今はまだ五万字といったところですが……」
「いっそ有料にしたらどうですかね? テキストでもコンテンツなら有料で販売できるサイトはありますよ」
「そうしますかね……」
「それか、即売会で売るとか」
「それもありですね……。更新分はちゃんと更新します。でももう、それ以上のことはしたくなくて。有料で売るなら、ハードさんと合同誌みたいにして売りたいのですが」
「それもありかもしれませんね」
それもありかもしれませんね。と俺は頭の中で繰り返した。
「ハードさんは有料で売ることについてどう思います?」
「メインはサイトに残しておいて、サブの作品を売るのはありだと思います」彼の発言はかなり的確だった。これが一番売れる方法だ。
「そうですよね」
「よければ一度スカイプかディスコードで一度お話しませんか?」
心臓が大きく脈打つのを感じた。
「……ハードさんにお伝えしなければならないことがあります」と俺は返信する。
「なんでしょう」
「私は自分自身のことについて嘘をついています」
「なんとなくわかっていましたよ」すぐさま返信が来る。
「それにあの書き方じゃあ、みんな嘘だってちゃんとわかっていますから大丈夫ですよ」
「すみません……私は皆さんが想像するような人ではありません。禿ではありますが」
「そうなんですね。それでもまあ、一度細かい内容を話し合いましょうか。もう仕事の昼休みが終わるので、今日の夜にまた連絡します」
ハードさんからの連絡はそこで途切れた。
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