第36話:交換の街6
「次は僕がウコに聞くね」
「うん」
「ウコは、どこに行っていたんだ?」
「どこって?」
「飛行機に乗って1人で帰ってきただろ?あれはどこから帰ってきたの?」
「あーはは。それ?言ったなかったけ?」
「言ってなかったし、僕も聞いてなかった」
「そうなんだ」
「そうだよ」
「じゃあ、言うね。あたし、病院に行っていたんだ」
シューは「ん?」という顔をした。思考に引っかかったことがあるのだろう。それは何だろうか?
「病院ならこの街にもあるじゃないか。立派な病院が」
「ううん。ここの病院じゃあダメなの」
「もしかいて、聞いたらダメなことだった?」
「ううん。聞いてもいいよ。じょうほう交換だもの」
「いや、嫌なら別のいいんだ」
「ううん。聞いて。あたし、体が悪いんだ」
笑顔で答えるウコにシューは暗い顔になった。聞いたら具合が悪いことを聞いてしまった後悔だ。オイラはあまりしない失敗だ……といっても、人前で離さないだけだが……
「本当にごめん」
「大丈夫だよ。あたしの話を聞いて」
「……うん」
「っていっても、なんて言えばいいのかなあー。うーん。そうだ」
ウコは何かを閃いたかと思ったら、おもむろにワンピースを脱ぎ始めた。それはなんの戸惑いもなく子供らしく躍動感のあるものだった。
「ちょっと、ウコ、何してるの。やめなさい」
シューが慌てて止めようとしたが間に合わず、ウコはワンピースを脱ぎ捨てた。そこには幼児の裸体が現れた。オイラ達はとっさに目をそらした。オイラは人の裸体に興味はないが、シューからそう教育されたのが身についてしまった。
「なにしているの? ちゃんと見てよ」
「僕にはそういう趣味はないんだけ……」
そうつぶやきながらウコの方向を見たシューは言葉を失った。遅れて見たオイラは、息をすることを忘れた。
その幼児の体には、いたるところに縫い目があった。いや、それどころか、いたるところの肌の色が違った。白・黒・黄色と言い始めたらキリがないくらいいろいろな色の肌が縫い目に囲まれていた。
「これはいったい?」
「手術のあとだよ」
失った言葉を出したシューにウコは言葉を出した。その元気な声が静寂の中で虚しさを響かせる。
「そんなにたくさんの手術を?」
「そうなの。何十回もしたの。体の外もたくさんしたし、中もたくさん手術したの。それで、その度にたくさんの人の体と交換したの。心臓とか胃腸とか目とか、いろいろなところが交換されたの」
「……」
「そうやって、あたしは生きているの。すごいよね。交換してるから生きていけるんだもの」
「……」
「これが、あたしが病院に行った理由」
「……」
歯を出しながら満面の笑みで話しながらワンピースに手を通すウコを、シューは無表情無言で見ていた。いや、見ていたのかどうかはわからなかった。ただ、その場にいた。
ワンピースを着たウコは再びシューに旅の話を要求した。
それに対して、もう聞きたいことはないから、とシューは突っぱねた。
ウコは、これが最後だから、と泣きついた。
シューは渋々、これが最後だよ、と言った。
ウコは、うん、と返事した。
シューは、自殺の街について話し始めた。
聴き終わったウコは、何かを聞くようにシューに言った。
シューは少し考えたあと、僕のことをどう思う、と聞いた。
ウコは、そんなことでいいの、ときいた。
シューは、それがいい、と答えた。
ウコは話し始めた。
翌日。
オイラ達は飛行機に乗っていた。
次の街に向かうのだ。
「シュー」
「どうしたんだい、ポー」
「さっきの街、どうだった?」
「うん? いい街だったよ」
「それは皮肉?」
「皮肉じゃないよ。本心さ」
シュー真顔だった。あぁ、たしかに本心だ、この人。
「でも、あの街やあの子がどうなるか、オイラ心配だよ」
「心配しても仕方ないよ。なるようにしかならないからね」
「えらい他人事だね」
「だって、他人事だもん」
「あー、揚げ足とった」
「いいじゃないか」
「よくないよ、揚げ足を取るなんて」
「いや、そっちじゃなくて」
「じゃあ、どっち?」
「あの街の人のことさ」
「ああ、そっち」
オイラは勘違いしたらしい。まぁ、この程度の勘違いは大丈夫だ。命に別状はないし、街の文化がどうとかではないから気楽なものである。
「僕は思うんだ。その街にはその街の考え方がある。あの街はあの考え方で今まで生きてきた。ということは、あの街では、あの生き方がいいんだと思う」
「そうかな?」
「そりゃあ、僕だって気になるところはあるよ。しかし、その街の考え方と僕たちの考え方は違う。だから、その街の人に任せるしかないさ」
「シューがそういうなら」
「あの街では交換が大切らしいけど、僕はそこまで大切だとは思わないよ。だって、怪しい人や物と出会ってトラブルの元になるんだもの。そんな僕が、あの街にできることはないよ」
「シューはあまり交換したくないんだ」
「そうだよ。知らなかった? まあ、一番の理由は面倒くさいからだけどね」
「なるほど。それなら納得だ」
「納得してくれた?」
「納得」
「じゃあ、言葉の交換はこれで終わり」
「あー、そのフレーズ気に入ってる!」
オイラの言葉を聞かずにシューは眠りに入った。
その手には、拳ほどのボロボロの白いアザラシの人形を抱えながら。
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