第35話:交換の街5
日は沈み、オイラ達は客間で寝ることになった。布団を1つ敷いてもらって、その横でオイラはウコと遊んでいた。ウコはオイラを撫で回し、オイラは代わりにウコを舐め回した。その様子をシューは見ていることもなく、上の空だ。
「お兄ちゃん」
ウコは気を使ったのか、話しかけた。その言葉に、シューは少しずつ顔を動かした。思考に体が追いついていない雰囲気だ。
「ああ。なんだい?」
「お兄ちゃんも遊ぼう」
「ああ、そうだな」
そういうと、互いに人形を取り出して人形遊びを始めた。シューはウコに言われるがままに人形を動かした。やはり上の空だった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
ウコはやはり心配していた。大人曰く子供は周りを見ていないが、子供はしっかりと周りを見ているのが真実だ。もちろん、犬のオイラも周りをよく見ている。
「いや、ちょっとね」
そういうと人形を動かした。その動かしている人間も人形のようにカクカクしていた。やはり上の空か。
オイラはジーッと2人の人形劇を見ていた。
「ねえ、ウコ」
シューは人形劇を中断した。力なく人形を床に置き、目力を強くして見つめる。
「なあに?」
「ボクと、情報交換ごっこしようか」
「じょうほうこうかんごっこ?」
「ああ。僕とウコとで、聞きたいことを聞き合うの」
「なにそれ? お話?」
「そうだね」
「お話したい。いろんな町の話を聞きたい」
ウコは満開の笑顔で身を乗り出した。知らない世界に興味津々なのだろう。若者の特権である。
「じゃあ、まずはウコから」
「ええっとね、ウコが聞きたいのはね、お兄さんが行った街のこと」
「いいよ。じゃあ、血液型を気にする街のことを話そう」
シューは話し始めた。ウコは熱心に聴いていた。オイラは聞き耳を立てながら寝ていた。オイラからしたら興味のないことだったからだ。
「すっごーい」
ウコは目を輝かせていた。声を喜びで張り上げながら、身を後ろに逸らして両手で後ろを支えていた。簡単のため息を漏らして、頭の中で風景を巡らせているように見えた。
「じゃあ、次は僕がウコに聞くね」
「うん」
「この街のことを聞きたい」
「うん。いいよ」
「どうして、みんな、交換しているの?」
「それはね、生きるためなんだよ」
「生きるため?」
「そうなの。あたしたちも、あたしたちの子供、そのまた子供も生きるためなんだって」
ウコは誰かに聞いた感じの話し方だった。おそらく家族か教育かで教えてもらったこの街の理なのだろう。その街その街で違う文化を、親から子供へ、先生から生徒へ受け継がれていくものである。
「生きるために、お父さんとかを交換するのかい?」
「そうなの。交換して、いろんな人と友達になると、生きていけるんだって」
「どういうこと?」
「なんか、友達が多い方が、生きていくのが簡単なんだった」
「つまり、友達が多い方がいいから、友達を作るために交換しているの?」
「あったりー」
ウコは笑顔で人差し指をシューにさした。クイズをしている気分なのだろう。シューは暗い表情の中、努めて笑おうとして、苦笑いになっていた。
「でも、お父さんの交換はやりすぎでは?」
「なんで? 自分の子供の交換はほかの街もしているのに?」
ウコは人差し指と首を曲げた。疑問に思っていることがあるらしいが、その疑問が何を指しているのかわからなかった。シューならわかるのかとその方向を見たが、分かっていないように天井を苦笑いで見上げていた。
「どういうこと?」
「お父さんお母さんが言っていたよ。ほかの街でも親が自分の子供を交換しているって」
「いや、そんなことないよ」
「そんなことあるよ。結婚って、そうでしょ」
その発言にシューは少し考えた。先程から何回も少し考えていたが、今回も考えていた。とぎれとぎれの会話。
「うーん。交換といえないこともないけど」
「じゃあ、交換だね」
「言っちゃあ悪いけど、僕は子供の交換と聞いて、悪い仕事を思いついたよ。だから、とっさに知らないふりしたんだけど、まさか結婚とはね」
「悪い仕事?」
「うん。世の中には悪い仕事があるんだ。でも、それはまだ知らなくていいんだよ」
「わかったー」
「それにしても、結婚を交換と考えるとはね」
「だってそうでしょ? 子供を交換しないで、家族で結婚したらダメなんでしょ?」
「え?」
「あたしはお父さんとは結婚できないし、もしあたしにお兄ちゃんがいても、お兄ちゃんとは結婚できないんでしょ?」
近親相姦のことを言っているらしい。近親相姦とは、自分の家族とは結婚できないことである。その理由としては、倫理上だとか虚弱体質の子供が産まれるだとかがあるが……
「たしかに自分の家族とは結婚できないけど、それは道徳的な理由であって」
「道徳的って、何?」
「悪いことだからしてはいけませんよー、という約束だよ」
「やっぱり交換できないからダメなんだ。友達が増えないからダメなんだ。生きるために結婚するんだ」
ウコは純粋に自分の考えが正解だと喜んでいた。
シューは会話が成立しなかったことに複雑な顔をしていた。近親相姦が禁止されている理由に関して、思っていたが伝わっていなかったのだ。シューの言う道徳には交換の概念はなかったのである。
しかし、冷静に考えると、道徳ってなんなのだろう?
「わかった。この街はそういうことなんだね。あらゆるものを交換するんだね」
「そうだよ」
「生きるために、結婚のときの子供の交換とおなじように、いろいろな人を交換するんだね」
「そうそう」
「そして、ロボットとも交換するんだね」
「そうだよ。なんか、最近は、いろんなことがロボットさんと交換されているらしいよ」
「そしてそれは、人が生きるため」
「そうだよ、ロボットと友達になって、生きていくんだよ」
ウコは元気よく言った。自分の価値観に疑問が1つもなかった。
一方でシューは自分の価値観、またはこの街の価値観に疑問を覚えていた。おそらくどちらが正しいというものはないのだろう。それをわかって、理解したフリをしているのだろう。
「でも、そうなると、そのうちロボットに街を乗っ取られるかもしれないよ」
シューは少し意地悪に言った。女の子の純粋な考えをかき乱そうとするあくどい大人みたいなものだった。街の価値観に圧倒されたストレスから、相手を圧倒したい衝動に駆られたのだろう。
「そうだね。あたしたちも前の人たちから街を交換してもらったらしいから、同じだね」
「え?」
「あたしたちって、昔は違う街に住んでいたらしいの。そして、この街には違う人たちが住んでいたらいいの。でも、あるときに街を交換したんだって。だから、ここはもともとあたしたちの街ではないんだって」
「そうなのかい?」
「だから、そのうち、この街を別の街と交換するかもしれないよ。もしかしたら、ロボットさんと交換するかもしれないね」
「はは。そうかもね」
シューは圧倒された。冷や汗をかいていた。自分の思考を超える事実が存在したらしい。
事実は小説より奇なり、という言葉を思い出した。小説いうか、想像というものより現実のほうが奇妙な事が起きるということだ。人間の想像には限界があるのだ。もちろん、犬の想像にも限界があるのだろう。
その後、ウコはシューに別の街の話を聞きたいと言った。
シューは信仰の街がどうとか言い始めた。
オイラは再び瞼を閉じた。
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