第31話:交換の街1
④ 『交換』の街
オイラ達は飛行機に乗っていた。
オイラ達の飛行機は白い雲の上に乗っていた。
オイラはカゴの中に乗っていた。
外を眺めるオイラのカゴを誰かがつついたが、知らないふりをした。すると、再びかごが揺れたので、再び無視をした。すると、カゴの落ちる音とともに。オイラの視界は白い雲から白い何かに変わった。
「ポー、聴いてるか?」
そう尋ねるシューの顔が白い天井の前にヒョコっと現れた。オリの格子越しにその顔は切られた豆腐みたいだった。
「ポー、トイレはないか?」
「ああ、大丈夫だよ。それよりも、オイラはどうなっている?」
「ひどい格好だよ」
いたずらっぽく笑うシューの前には、黒いプラスチックでできた網目状のカゴの中で、仰向けに倒れ込んでいる白い犬だった。このカゴは座席の上で不自然にシューの方向に倒れていた。オイラは気づいた。
「酷いよ、シュー。オイラのカゴを倒すなんて」
「話しかけても聞かないから悪いんだよ」
シューは反省の色なく意地悪だった。いつもこうして悪友としてじゃれあうのが日課となっていた。
「だって、仕方ないじゃないか、外を見ていたんだもの」
「でも、何時間も見ていて飽きないの?」
「飽きないよ。だって、飛行機なんか普段乗らないもん」
「たしかにそうだけど、だからといってねえ」
「早く起こして。外を見るんだ」
オイラがそう言うと、シューはため息混じりに笑いながら手をかごに持っていった。オイラはかごが揺れるとともに体重を窓側に移動させた。かごは勢いよく窓側の壁に当たり、反動で戻ってきた網目部分に額をぶつけた。
「いたー!」
「静かに!」
大声のオイラと対照的にシューは静かに叫んだ。すると、客室乗務員の女性が対応に来た。が、シューは大丈夫だと言わんがばかりに対応してくれようで、すぐにどこかに行った。
「もう声出してもいい?」
「ああ、でも、静かに」
「もう、面倒くさい」
オイラは声を殺しながら話した。人前で話せないことがこんなに面倒だなんて、思っていたけど面倒くさいものは面倒くさい。
「仕方ないじゃないか。犬が話すのがバレたら大変だよ」
「その言葉、聞き飽きたよ」
「うるさいな。無理を言って乗客席に入れてもらったんだよ。感謝してよ」
「それはそうだけど」
「静かにしていたら、普通の犬と同じだよ。誰も僕たちに興味ないから大丈夫だよ。だから、協力して」
たしかに、二人席を僕たち2人で座っていて、前と後ろは椅子で見えない、窓際の席にいるオイラの横でシューが壁となり横からも見えない。皆はイヤホンで音楽を聞いたり、寝たり、友人と話したりでオイラ達の声を聞こうという人はいないだろう。
「わかったよ。ごめん」
オイラは静かに謝った。オイラの謝罪が珍しかったのか、シューは困ったように後頭部を掻いた。そこに、販売員の女性が飲食物を乗せた台車を押してきた。
「ポー、何か欲しいものはある?」
「え? いいの?」
シューがそう言う事を聞くのは珍しかった。どちらかというと、欲しがるオイラを咎めてばかりだったので、全く期待していなかった。
「ああ、今回だけだよ」
そういうので、オイラはいちごクレープを所望した。すると、いちごクレープはなかったらしくて、代わりにいちごアイスというものを買ってくれた。シューはこれしかなかったことを申し訳なさそうに言ったが、オイラは気持ちが嬉しかったので喜んで頂いた。これはこれでとても美味しかったので、オイラは満足した。
「ありがとう、シュー」
「どういたしまして」
「それにしても、どうして今回は買ってくれたの?」
「まあ、たまにはね」
シューは恥ずかしそうに鼻を掻いた。お礼を言われることは慣れていなかったようだ。
「ふーん。じゃあ、逆に、なんで普段は買ってくれないの?」
「それは、お金がもったいないからだよ」
シューは金属のように無機質に答えた。世知辛い世の中である。
「前から思っていたんだけど、お金って、そんなに大切なの?」
「当たり前じゃないか。何を言っているの?」
シューは呆れたように笑った。オイラは小馬鹿にされたので、腹たってまくし立てた。
「だって、お金って別に食べれるわけでもないし、服として着れるわけでもないし、家にもならないじゃない。どうしてそんなに大切なの?」
「君は馬鹿だな。食べたり着たり住んだりするために必要じゃないか」
「だから、なんでそのためにお金は必要なの? 百歩譲って金属で作られたお金はわかるよ。綺麗だし貴重っぽいし、なんかかっこいいんだもん」
「かっこいいは知らないけど」
「でも、お札っていうのかな? 紙のお金はなんとも思わないんだ。綺麗じゃないし貴重っぽくないし、なんかカッコ悪いんだもの」
「カッコ悪いとかの問題じゃないよ」
シューはさらに馬鹿にしたように笑った。オイラはイライラしながら表面上は笑った。
「じゃあ、どういう問題だい?」
「いいかい、ポー。この紙自体には価値はないんだよ」
シューは財布からお札を1枚出した。よく見るお札であり、偽札ではなかった。価値が有るはずのお札だ。
「何でだよ? 価値があるからお金だろ?」
「ああ、価値があるからお金さ。逆に価値がなければただの紙切れ」
「だからオイラが言いたいのは……」
「なんで価値があるのか、ということだろ?」
「そうだよ」
「それはね、交換できるからだよ」
オイラは首をひねった。交換って、あの交換のことだよね?
「交換って、モノとモノとを交換すること?」
「そうだよ」
「それなら別にお金を使わなくてもいいんじゃない? イチゴとアイスとをそのまま交換するとかさ?」
「たしかにそうだよ。物々交換というものだね。しかしね、それは不便なんだよ」
「不便?」
「そうだよ。例えばアイスが欲しい時にいつもいちごを持っているわけでもないだろ?荷物になるし。しかも、相手がいちごを欲しいとは限らないだろ?」
「たしかにそうだ」
オイラは頷いた。たまにはパイナップルもほしいものだ。オレンジでもいい。
「そこで、代わりに交換するモノを作ったんだ。それがお金だよ。小さな金属や薄い紙なら持ち運びが便利だろ?まあ、遥か昔は貝殻で交換していたらしいけど」
「へー、博識だね」
シューは無表情に黙っていたが、少しばかり嬉しそうに見えた。長い付き合いだから、そこはなんとなくわかった。交流のない人からしたら何を考えているのかわからないことでも、オイラからしたら手に取るようにわかることだ。
「そうだ、ポー。交換することの価値を表すものがほかにもあるんだよ」
シューは自分から話し始めた。こういう時は何かを話したい時だとなんとなくわかる。
「それは何だい?」
「これさ」
シューは下を指さした。オイラは見下げたが、特に何かがあるようには見えなかった。何を指さしたのか悩んだ。長い付き合いだが、シューが何を考えているのか全くわからない。
「椅子?」
「違うよ。飛行機さ」
「飛行機が?」
「そうだよ。正確に行ったら、交通手段さ。列車もそうだし、車もそう。そういう交通手段は交換の道具さ」
「何を交換するの?」
「それは人であったり、荷物であったりするのさ」
「なるほど。オイラ達を交換するのか」
「そうさ。僕たちをある場所から別の場所に交換するのさ。だから飛行機とかに乗るのに価値があるのさ」
「へー。なんか哲学的だね」
「そういうのは嫌いかい?」
「うーん。嫌いではないけど、ちょっと苦手かな」
「だと思ったよ。じゃあ、寝るから、外でも見ていたら?」
そういうと、シューは目を閉じた深く座った。シューは寝るときにも椅子を下げないクセを持っている。以前に寝にくくないかと尋ねたら、「慣れた」、と一瞬された。長い付き合いだと、そういう風に理解を深めていくことがある。
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