第32話:交換の街2
少し時間が経った。
オイラは茜色に輝く空を眺めていた。
最初は新鮮に感じた窓の外の風景に見慣れて、退屈であくびをしてしまった。その最中……
「あーん!」
それは小さな子供の泣き声だった。
オイラは開けた口を無理やり閉じ込めた。涙が滲む目で周りを見たが、椅子とヨダレを垂らしているシューしか見えなかった。
「あーん!」
まだ聞こえるので、オイラはシューに小声で吠えた。しかし、オイラの声が静かに機内を反射するのみだった。
「あーん!」
オイラはシューに体当りした。
接触部分である右頬を手で押さえているシューは、わなわなと震えていた。
「いったいなー」
「ようやく起きた」
静かに痛がるシューが手を離すと網目状の赤い跡があったが、そんなことはどうでもいいから、子供の泣き声のことを話した。
「たしかに、聞こえるな」
「ね。気になるでしょ」
「でも、そのうちなんとかなるでしょ」
「ちょっと、助けにいかないの?」
「なんで助けないといけないの?」
「だって、泣いてるじゃない」
「いや、向こうで勝手に解決するだろ」
「そんな勝手な」
「いやいや、こういうことに他人がちょっかい出す方がおかしいよ」
「ちょっかいじゃないよ」
「それに、本当に困ったら客室乗務員さんがなんとかするよ」
「でも、オイラは気になるんだ」
「僕は気にならない」
そういうとシューは再び寝始めた。オイラはほっぺを膨らまして、どうしようかと考えた。そして、オイラは反動をつけて、カゴごとジャンプした。
ガシャン!
通り道に落ちた音は大きかった。少し後ろ全貌を見上げたら、シューが眠たそうな顔を驚かせていた。オイラがにやりと悪い顔をしたら、すごく嫌そうな顔をしていた。
ガシャンガシャンガシャン!
オイラは飛び走りながら、鳴き声の方向に向かった。通りすがりに、乗客がオイラの方向を見ているのを確認できたが、泣く子供の姿はなかなか確認できなかった。ところどころ何かに引っかかりぶつかったが、オリが痛そうに悲鳴の音を上げるだけで、オイラは痛くなかった。
ガシャ……
オイラは止まった。見つけた。そこには泣いている子供がいた。背はオイラより少し大きいくらいで5歳ぐらい、赤色の髪が首元まで届かない位に短く、白いワンピースを着ているその子は、黒い肌に浮かぶ青色の目を濡らしながら、オイラを見つけた。オイラは止まったオリを動かそうとしたら勝手に動き出したオリが宙に浮いたので後ろをみると、全貌を見ないまでも理解した。シューがオイラを見つけた。
ざわつく客達の前で、シューは女の子に事情を聞いた。どうやら、人形をなくしたらしい。泣き出しそうになった女の子の前で、シューは人形の特徴を聞いた。どうやら、拳ぐらいの大きさの白いアザラシで、ところどころに縫った跡があるらしい。騒ぎを聞き駆けつけた客室乗務員の前で、シューは事の全容を聞いた。どうやら、客室乗務員が先程から探しているらしいし、先ほどのオイラの騒ぎを注意されているらしい。
オイラはその様子を見ていると、オリに何かが挟まっていることに気づいた。先ほど引っかかった何かだろう。ジーッとそれを見ると、白いぬいぐるみの手だった。いやいや、と思いながらその手の先にある全貌を見ると、傷だらけで縫い目だらけの白いアザラシの人形が見えた。いやいやそんなまさか、と思いながら吠えてアピールしたところ、女の子は嬉しそうにその人形を抱きしめた。いやいやそんなまさかがおこるのか……
解決して人が去っていった。シューもオイラのかごを持って離れようとしたら、女の子にズボンを引っ張られていた。
「どうしたんだい?」
シューはカゴを置き、女の子に目線を合わせるように身をかがめた。生き物というものは、自分より大きなものを見上げて恐れるものである。したがって、小さな子供を怖がらせないためには、しゃがんで視線を合わせてあげることが大切なのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「ありがとうなら、お兄ちゃんじゃなくて犬さんに言うんだよ」
シューはオイラを指さした。いつもはクソ犬呼びしているシューが丁寧に犬さんと言うことにオイラは身の毛がよだった。人の社交辞令という文化は知っているが、何回も経験しているが、この身の変わりようは人の怖さを感じた。
「犬さん、ありがとう」
オイラは優しく朗らかに吠えた。どういたしまして、と気分良く言う感覚だ。オイラも社交辞令はできたのかな?
「じゃあね」
「待って」
立ち上がろうとしたシューを女の子は呼び止めた。シューは柔らかい表情でかがみ直した。
「なんだい?」
「あの、お返しを」
「いいよ、別に」
「でも、お父さんお母さんには、助けてもらったら恩返ししなさいと言われたの」
「そうなのかい? じゃあ、今の言葉が恩返しだよ」
「そういうことじゃないの。なにか代わりのものをあげなさいと言われたの」
「代わりのものをあげなさい、と?」
「そう。だから、何が欲しいの?」
女の子は親から頼まれごとをされたように嬉しそうな顔だった。普段は誰からも役割を貰えない子供が、ようやく自分の出番が回ってきたことで自分の価値を感じたのだ。これはシューの言う、何かしらの交換というものだろうか?
シューは思案していた。あまり人とは交流したくないと豪語している彼からしたら、嫌なことだろう。しかし、この子供の言うことをないがしろにしたくもないのだろう。
シューは顔は深く暗く、しかし、浅く明るい声を努めていた。
「君のお父さんかお母さんはどこ?」
「ここにはいないの。一人できたから」
「一人で飛行機に?」
「そうなの、ちょっと、訳があって」
2人の気まずそうな反応からだと、この小ささの女の子が1人で飛行機に乗るのは珍しいらしかった。オイラからしたら小さな人間の子供も大きいから勘違いしていたが、この子は小さな子だったのだ。
「うーん、どうしようかな」
「大丈夫だよ。次の町に行ったら、お父さんお母さんがいるから」
シューは女の子に対しての頼みごとを思いつかなくて唇の横にシワをつくっていた。それに対して女の子は脈絡のない受け答えを快活に言った。
オイラは何が大丈夫なのだろうと思ったが、その言葉にシューは食いついた。
「きみ、次の街に住んでいるのかい?」
「そうだよ。だから、この飛行機に乗っているんだよ」
「それもそうだね……じゃあ、街についたら、街の案内をしてくれるかい?」
「あんない?」
「案内っていうのは、街になんの店があるのかとか、どんな友達がいるのかをお兄さんに言ってくれることだよ」
「ふーん。そんなことでいいの?」
「うん、それが助かる」
「わかった。じゃあ、あんないする」
そう言うと女の子は人形を抱いて自分の席に座った。それを見て、シューはかごを担いで自分の席に向かった。女の子は、席の上から顔を出してオイラ達を見ていた。そして、オイラ達が自分の席についたのを確認したら、椅子の影に滑り落ちた。それを確認したら、オイラ達も椅子に座った。
「ねえ、シュー」
「なんだい?」
「今のって、もしかして、人形と街案内とを交換したの?」
「何をばかなことを」
シューは笑いながら寝た。オイラは知っている、この反応は図星なのだ、と。
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