第30話:自殺の街11
オイラ達は街の出口に向かう車の横を歩いていた。次から次へとオイラ達を抜き去る車は、街の外に消えていった。高く上がった太陽は雲に隠れて、灰色の街を彩っていた。
サジは途中まで見送ってあげると言ってついてきた。シューは大丈夫だと言って断ったが、その断りをサジが断った。オイラが賛成したら、シューは観念して見送りを頼んだ。サジはそれを嬉しそうに了解した。
街にはいろいろな店が並んでいる。全ては灰色の建物にしか見えないが、実は様々な特色を持った店であることはオイラは知っている。単純に喫茶店ひとつとっても、ペット禁止とそうでない店がある。オイラは興味ないが、そういう特色がもっとあるのだろう。それは、人間であるシューの方がわかるだろう。もっとも、シューもそういうことにはあまり興味がないようだが。
途中にクレープの店があった。サジは最後にいっしょに食べようと提案した。オイラはすごくしっぽを振ってアピールした。それを指差しサジは笑った。シューもやれやれとした態度で首を傾けたが、顔は笑っていた。
クレープ屋の前にあるショーケースのメニューを見た。サジはチョコクレープというものに即決した。どうやら、大好物らしい。オイラはどれにしようか何回も見直した。その間、シューもまだ決めていなかった。オイラは自分のことを棚に上げて、早く決めるように首で促した。すると、シューはバナナクレープにすると即答した。その即決に唖然としていると、オイラが決めるまで急かさないように言わなかったと言った。オイラはシューの優しさに気づき、目をメニューの方向に再度向けた。急いで決めなければとメニューを見直した。急いで何十回も見直した。そして、目が回った。ほら見たことかとシューは腕を組んだ。それを見て、サジはお腹をかかえて笑った。オイラは恥ずかしくなったが、メニューを決められない。そこでサジは、いちごクレープが一番人気だと勧めてくれた。オイラはそれにした。シューからは自分の意思はないのかと詰られた。オイラはムカついたが、無視をした。
お金はシューがまとめて出してくれた。サジは自分の分は出すといったが、シューは手で制した。
近くに石のベンチが空いていたので、そこに2人は座った。オイラは下でいちごクレープというものを一口かいつまんだら、あまりの美味しさに止まらなかった。上では何かを言っていたが、ゆっくり食べろよといっているのだろうと聞き流していた。食べ終わったあとも、オイラは恍惚に耽っていた。
そこでサジを分かれることになった。もっと街の出口付近まで来るかと思っていたから、意外だった。でも、そういうものなんだとも思った。オイラ達はベンチの前で手を振り、分かれた。サジはとてもいい笑顔をしていた。
オイラ達は街の出口付近に来た。
灰色の標識の向こうは、色とりどりの風景が続いていた。
「ねえ、シュー」
「なんだい?」
「この町を出る前に一こ聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。言ってみて」
「どうして、あの先生は自殺したの?」
「ああ、それかい?」
シューは暗い顔になった。オイラはどんなに考えても何が起きたのかわからなかった。だから降参してシューに伺うことにした。
「それはね、僕たちを生かすためさ」
オイラは歩みを止めた。オイラ達を生かすため?
「え? どういうこと?」
オイラの質問に対して、シューはため息混じりにこう言った。
「彼は言っていただろう。自殺病にかかったものが自殺するか確認すると。でも、どう確認するんだ?誰がサジを確認するんだ?そうなると、誰かが隠れて見ているに決まっているじゃないか」
「じゃあ、追跡されていたの」
「確証はない。でも、たぶんそうだよ。いや、誰かが追跡していなくても、どこかに隠しカメラを設置して監視していたのかもしれない。今のご時世、この街の発展状況と置かれた環境を考えると、監視カメラはあっても不思議ではないよ」
「たしかにそうかもしれないけど、それと先生の自殺は関係あるの?」
「ああ。言ってしまえば、僕達は環境を変えようとした自殺病の人間となる。そうなると、僕たちの誰かが自殺する必要が出てくる。しかし、僕とポーは街の外の人間なので除外される」
「うん」
「そして、サジなんだが、彼女も自殺させるわけにはいかない。なぜなら、自殺病を克服した形になるからだ。これを自殺させることは、システムを変えることになるからね」
「変化することを嫌ったのか」
「そうだ。そうなると、残ったのは先生だけになる。おそらく先生は自殺病にかかったことがないのだろう、あの街にいてあの保守的な態度からは。だから、自殺病として自殺するのなら、先生しかいない」
「ちょっと待って。でも、先生は自殺しない選択もできたんじゃ?」
「それは自殺病の真実を知らない人の話。先生も言っていただろ、真実を知る者が街に広めるリスクを」
「でも、黙っていたら」
「だから、監視されているから無理だって。僕たちの発言は全て聞かれていたんだよ、誰かに。だから、僕たちは老人に悪いことをした」
「どういうこと?」
「老人は僕たちに真実を言わなければ助かったかもしれない。でも真実を言った。なぜだと思う?それは僕の提案はどちらも悪手だったからだよ。どちらを選んでも、結局変化するから誰かが死ぬ。じゃあ、誰が死ぬのか?それはおそらく僕たちだ。しかし、この場合は自殺病なんか関係ない。国のシステムに逆らう国家転覆罪だ。監視しているものが殺しに来るだろう。それを止めるために、先生は真実を語り、僕たちを納得させ、街のシステムを受け入れさせたんだ。そう思うよ」
シューの顔色が悪くなり、灰色のようだった。自分たちの行いのせいで1人の老人を死に追いやったのだから仕方がない。この街に来てからは人の死にしか関与できていない。
「じゃあ、サジも」
「ああ、気づいていた」
「サジ、大丈夫かな?」
「さあ」
「シューはオイラが横に居るからなんとかするけど、サジは近くに誰もいないんだよ」
「ああ、それに、さっきは異常に明るかった」
オイラは自殺した老人を思い出した。あの老人も死の直前は明るかったものである。オイラは嫌な予感がした。
「シュー、おいら用事が……」
「どこ行くんだ?」
ダッシュしようとしたオイラをシューは寸前に両手で囲って押さえた。身動きがとれない。
「何するんだ。離せ!」
「君こそどこ行くんだ」
「サジのところだよ」
「ダメだ」
「なんでだよ。だって、自殺するかもしれないんだよ」
オイラを縛るシューの腕の力が強くなった。どうしても逃がすものかという意思を感じた。おいらの毛が静電気に襲われたようにクシャクシャだ。
「サジの自殺病は治ったんだよ」
「治ったよ。でも、病気って、再発するかもしれないだろ」
「そんなの、わからないだろ」
「わからないよ。わからないから行くんだよ」
「ダメだ」
「なんでダメなんだよ。サジがどうなってもいいの?」
「いいわけないだろ!」
シューは怒鳴った。周りの人々は興味ないフリをして避けて通っていた。得体の知れない人が奇声をあげて暴れていたら避けるのは古今東西同じだ。
「じゃあ、なんで?」
「サジはそうなる事を分かって選択したんだ。あの時、すでに覚悟していたんだ。君はそんなサジの覚悟を冒涜するのか?!」
シューは泣いていた。しかし、オイラはその泣き顔を涙にぼやけてはっきり見ることができなかった。
「そんなこと言ったって」
「いや、サジのことだけではない。あの先生の覚悟も冒涜しているし、この街のシステムも冒涜している。君のしようとしていることは、タダの冒涜であり、独りよがりな自己中心的な行動だ。いいかい?この世にはいろいろな考え方が有り、その全ては素晴らしいんだ。それを、自分の考えと違うからといって無理やり変えようとすることは、やってはいけないことなんだ。そのことをわかるんだ」
「そんなこと、わからないよー」
争うオイラが後に聞いた話では、ちょうどその時その街で、ある女性がいたそうだ。その女性は屋上で灰色の長い髪の毛をなびかせていたらしく、地上に降りたために少し苦労した天使ではないかと見たものを魅了したようだ。その女性は、口にクリームをつけ、笑顔で眺めていたそうだ。その女性は、何回もありがとうと言ったようである。聞いたものは、そんなに感謝するなんてすごく心の澄んだ方なんだなと感心したようである。そう思いながら感謝の言葉を聞いていると、途中で別の言葉が聞こえたようである。その言葉は聞き取れなかったが、その言葉を言った後の女性を見たら、頬を赤く染め、恋する女性のような顔をしていたらしい。
そんなことを知らずに、オイラ達は争っていた。オイラは普段は主人にしない噛み付きをしようとしたが、躊躇してしまった。すると、その前に上着でぐるぐる巻きにされた。暗くてよくわからなかったが、その上から縄みたいなものでぐるぐるに巻かれて、なにかの中に放り込まれた。
一方で聞いた話によると、その女性は覚悟を決めた顔をしたようです。そこにはいっぺんの曇もなく、静かに遠くを見ていた。強風で髪が吹き上がると、白黒のボーダーと灰色のパンツが街の外に広がる艶やかな風景と対をなしていた。外の世界とは混じらわないこの街の天使様といったら聞こえがいいなと思われたらしい。その女性は、ふと、口についてクリームを手で取り口に運んだ。この口は、何かを思い出して喜んでるふうだった。そして、すぐに覚悟の決めた口に戻ったらしい。
オイラは暗闇の中で、意識を消え失せた。
その女性は屋上で、姿を消え失せた。
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