第27話:自殺の街8

 翌朝、目覚めると横にシューが寝ていた。ジャンパーなどの衣類を布団や枕替わりにして、床で雑魚寝していた。その姿の向こう側に、足が見えた。


「ごめんね。お邪魔して」


 足から上を見上げると、直立したサジがオイラを見下ろしていた。一瞬幽霊ではないかと怖かったが、足があるので違うと考えを改まった。そして、幽霊に足があるかどうかは文化によって違うことを思い出すついでに、サジには言葉が話せることがバレていることも思い出した。


「もう大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」


 そういうサジの目は赤く腫れていた。泣き疲れていたのだろう。


「それは良かった」

「ありがとう。それにしても、シューさんって、寝ているときはかわいいのですね」

「え? そう?」

「そうよ。いつも無表情で怖いけど、寝ているときは笑顔じゃない。しかも、口を開けてヨダレまで流して」


 オイラは身を起こしシューの顔をマジマジ見たが、たしかに笑顔でヨダレを流していた。しかし、かわいいとは到底思えなかった。


「うーん。でも、かわいいかな?」

「ええ、かわいいわよ」


 サジが指でシューの額をツンツンしても起きない。まるで母親が自分の子供をあやすようにリラックスしていた。サジは柔らかい笑顔だった。


「うーん。そうかな?」

「もちろん、ポーさんもかわいいわよ」

「それなら、サジの方がかわいいよ」

「ふふ、ありがとう」


 オイラたちはお世辞を言い合った。昨日のサジとシューの言い合いと違い、平和なじゃれあいだった。

 サジはベッドに腰を下ろした。


「昨日は、このベッドを貸してくれてありがとう」

「それはシューに言って。オイラはいつも床だよ」

「うん。そうするわ」


 サジは昨日と同じ服を着ていた。それは、皺だらけになっていたが、着替えなくていいのだろうか? 人間の女性はそういうことを人一倍気をつけると聞いていたのだが、髪を指で回しながらシューを見つめるサジには気にならないのだろうか?



 オイラ達は宿を出る。


「どこに行くのー」

「研究所―」


 歩道で前を歩くサジはシューに応えた。

 それにしても、シューが目覚めるやいなやサジは「行く所がある」と言ってすぐにオイラ達を連れ出した。おかげでシューは着替えていないし寝癖も付いたままである。まあ、シューもオイラもそういうことはあまり気にしないので別にいいんだけどね。というか、サジも皺だらけの服を着て恥ずかしくないようである。なんか、似た者同士だなと思った。

 二人は何やら話していた。

 サジは立ち止まった。

 灰色の直方体の建物が広がっていた。その中で珍しくガラス張りになっているところのドアを引いて、入っていった。サジは受付の女性に何かを言っていた。たまにこちらを指さしながらあれやこれやと言っていた。おそらく、オイラ達を通すための許可を取っているのだろう。そうこうするうちに、サジは緑のカードをぶら下げた紐を2つ持ってきて、オイラ達の首に掛けた。そして、進んだ。

 オイラは、研究所と言ったら、白衣を着た人たちが行き交い、フラスコを持った爆発頭の人たちが騒ぎを起こし、たまに建物が壊れるイメージだった。しかし、オイラ達が歩くところでは、皆スーツや私服と思われるラフな格好をして、フラスコは誰も持っておらず、髪型も街並みの人と変わりなく、建物も綺麗だった。オイラはショックである意味泣きそうになった。


「こちらです」


 泣きそうになっていたオイラは我に帰った。つまらないことを考えている場合ではなかった。


「ここは?」

「自殺病の研究者のデスクがある部屋です」


 ある扉の前に着いた。白一辺倒に銀のアルマイト加工されたドアノブ。シューの質問にサジは答えた。


「え? 入っても大丈夫なんですか?」

「はい。私は離職しましたけど、忘れ物があると言ったら通してくれました」

「というか、有給とか行っていませんでした?」

「やめたけど、温情で有給を行使していることにしてくれたんです」

「あと、今更ですけど、僕たちが入っても大丈夫ですか?」

「はい、家族って言ったら大丈夫でした」


 オイラはここの警備は大丈夫かと心配した。そんな簡単に入っていいものか?


「では」


 そういうと、サジは大きく息を吸って、扉をノックした。緊張感が伝わってきた。中にはどういう人がいるのだろうか?


「失礼します。サジです。よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 低い声がするドアの向こうにオイラ達は入っていった。

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