第26話:自殺の街7

 シューとともに頭にたんこぶを膨らませたオイラは思い出した。


「そうだ、サジ。どうしてここにいるの?」


 オイラの予想では、自殺しようとしていたサジをシューが見張っていたというところだった。楽しそうにオイラのたんこぶをつついていたサジは答えた。


「実は、シューさんが自殺しようとしました」

「なんだって!」


 オイラは驚いて背中を伸ばしたら、たんこぶがサジの指に深く沈んだ。むき出しの痛覚が刺激された。


「イタタタ!」

「ポー、うるさいよ」

「シュー、ごめん。でも、自殺しようとするなんてどうして?」

「だから誤解だって」


 シューは突き指したように指をフーフーしているサジを気にしながらオイラに説明した。オイラはサジに比べて頑丈だったらしい。


「シューさん、嘘はダメですよ」


 サジは指を涙目で眺めながら言った。涙が出るくらい痛かったんだ。変な罪悪感に苛まされた。オイラも泣く真似しようかな。


「嘘じゃないよ」


 シューは両手を広げて待ってくれと言わんがばかりだ。身の潔白を示すために反論したがった。しかし、先にサジが論じる。


「じゃあ、どうして夜遅くにわたしが自殺しかけたところにいたのですか?しかも、手すりを超えてフラフラと下を眺めていたじゃないですか?あれで自殺しないというのは無理がありますよ」

「あれは、自殺する人の気持ちを知ろうとしただけです。あなたや、死んだ老人の気持ちを知ろうと思っただけです。でも、実際に自殺するつもりはありませんでした」

「口では何とでも言えるんです。自殺するつもりはないという言葉だけを信じられません。特に、この街では」

「僕はこの街の住人ではありません。あなたたちとは違うんです。一緒にしないでください」

「なによ。その言い方。こっちは助けてあげたのに」

「だから自殺するつもりなかったんだって。それに、僕のところに突っ込んできたから落ちかけたじゃないか。危ない」

「しょうがないじゃない。自殺を止めるのに慣れてないんだから」

「こっちだって慣れてないよ、自殺の止め方なんて。それでもきちんとできたよ」

「そんなこと言いますー。だったら言いますけどー、あの時私頭を打ったのよ。すごく痛かったんだから。あなた、自殺を止めるの、へ・た・で・す・ね」

「なにをー。サジなんか助けなかったらよかった」

「それはこっちのセリフよ。シューなんか助けなかったらよかった」


 2人はツーンとしながら腕を組み、背を向けあった。なんだか、痴話喧嘩に見えた。喧嘩するほど仲がいい。

 オイラは思わず笑った。

「 「何を笑っているの」

  「何を笑っているのよ」 」


 二人は同時に顔を大きくした。オイラからそう見えるくらいオイラの眼球に近づけたのだ。そのタイミングの合い方がさらに面白かった。


「ははは。だって、2人とも仲がいいんだもの」

「 「どこが仲がいいんだよ」

  「どこが仲がいいのよ」 」


 二人は同時に顔を向かい合った。またまたタイミングが合っていた。団体競技でペアを組めばいいのに。


「だって、さっきからやっていることが同じなんだもの」

「 「……」

  「……」 」


 二人は同じようないがみ合った顔だった。言葉を失うタイミングも合っていた。やはり同じだ。


「それに、シューがこんなに元気なところはほとんど見たことがないよ」

「それはそうかもしれないけど」


 シューは渋々認めた。恥ずかしそうに視線を横に逸らしてくる。


「それにサジだって、こんなに元気になって。初めて会った時には思いもしなかったよ」

「はしたないところを見せてしましました」


 サジは恥ずかしそうに認めた。視線は下に落とす。


「二人共、仲良くしようよ」


 2人は何とも言えない顔をして見つめ合った。喧嘩したあとに仲直りを促された子供みたいだった。人って、成長しないんだね。


「……サジさん。すみませんでした」

「いえ。こちらこそすみませんでした」

「それで、その、犬のことは」

「大丈夫です。誰にも話しません」

「ありがと……」


 シューは感謝しようとするさなかに硬直した。その姿に、昨日の老人とのやりとりを思い出した。オイラが犬なのに人間の言葉を話せることを黙ってくれるということを思い出したのだ。


「いえ、このままではダメなんです」


 シューの感謝は途切れた。このままではサジも自殺してしまうと勘ぐったのだろう。オイラもそう思った。


「何がダメなのですか?」

「このままでは、あなたは自殺してしまいます」

「どうしてですか?」

「昨日の老人とも約束したんです。犬のことについて内緒であることを。そしたら、自殺した」

「それで?」

「僕は今、あなたにも同じ事を頼みました。そした、あなたは老人と同じように黙ってくれると言いました。となると、老人と同じ運命を歩むのは当然でしょ」

「でも、同じになるとは限らないでしょ?」

「いいえ。同じになるはずです。そして、そのことを一番わかっているのは、あなたです」


 シューは震える指でサジを指した。怯えていたのだ。また自分の知り合った人が自殺することを恐れたのだ。


「なんのことかわからないわ」

「嘘が下手ですね。なんでもかんでも知らないフリして。さっきまでと違いますよ」

「……」

「あなたは死ぬつもりです。おそらく自殺病の原因となる変化とは、僕たちとの出会いによる変化なんでしょ?」


 オイラは黙っているサジを見つめていた。たしかに理論上はそうなっても仕方がない。変化によって自殺が起こるという信じがたい理論が正しければそうなる。


「否定しないんですね。おそらく、あの老人の自殺病発生の原因は僕たちとの出会いによる変化なんでしょう。悲しいことに、人との新たな交流が自殺病の原因になる。だから、人々は互いに無干渉なんでしょうね。そして、あなたはこの街の人間ではない僕と交流を持ちすぎた。こんなの、確実に自殺するでしょう」

「……」

「何か言ってください」

「……別にいいでしょ」


 サジがボソッと言った言葉がオイラには聞こえた。人に聞こえない声音だった。投げ捨てるような言い方。


「なんですか?」

「別にいいでしょ」


 サジが少し大きめに言ったので、オイラは耳がキーンとなった。

 苦い顔をしていた。オイラは耳の痛みで、サジは自分の放つ言葉で、シューは今の状況で。


「なにが、別にいいんですか?」

「私が死んでも別にいいでしょ!」


 サジの声は大きかった。オイラは身構えていたので今度は耳は大丈夫だった。シューはサジを論破するために身構え歯ぎしりした。


「死んでいいわけないですよ」

「いいえ、いいのよ。どうせ死ぬ予定だったのよ。研究職から離れた変化で死ぬからべつにいいじゃない」

「どうして死のうとするんですか?」

「だって、自殺病よ。変化したら死ぬのよ」

「どうしてその考えを変えようとしないんだ」

「考えを変えたら、それで死んでしまうじゃない」

「どうしてそんなに頑固なんだ!」


 シューは両手でサジの肩を揺すりながら叫んだ。額に青筋を立てながら叱責した。自分の命を粗末にすることを納得できないようだった。

 サジは何かを言おうと口を動かしたが、その口を結んだ。しかし、その口は解けた結び目のようにユルユルと緩み、少し開いた。震える口が自分の意思を持った。


「そうするように、命令されたの」


 サジはガレキの解体のように泣き崩れた。

 オイラは言葉が出なかった。恐らくシューも。

 オイラが時計の針の動く音を数回数えた後に、シューが言葉を発した。


「命令って、どういうことですか?」


 膝をつき両手で顔を覆うサジは頭を横に振った。何も話せないようだった。

 ダムが決壊したように泣きじゃくるサジの姿を見て、オイラ達は無力感に襲われた。オイラ達にはどうしようもできない大きな街の因習があるようだ。


「シュー、まだ喋れる状態じゃないよ」

「そうだね。じゃあ、明日にしよっか」


 そう言うと、シューはドアに向かった。今日はこれ以上の会話は無駄だと思ったのだろう。

 そういえば、シューの価値観では、その街の文化というものは素晴らしいものであり他人がとやかく言うものではない、ということだが、今もそう思っているのだろうか? そもそも、今まで訪れた街でもこの価値観と違う言動が時々見えていた。本心ではそう思っていないけど、無理やり自分に言い聞かせているだけではないだろうか?

 それはそれとして、どこに行くつもりだ?


「ちょっとシュー、どこに行くの」

「どこって、宿の人にもうひとり追加したことを言いに行くんだよ。一応ね」

「そうなの? それならいいけど」

「もう外にはいかないよ」


 オイラが自殺に行くのではないかと心配していることは見透かされていた。まぁ、オイラからしたら自殺しないのならそれでいいのだけどね。宿の人のところに行ってらっしゃい。

 そう胸をなでおろしていると、笑いながらドアノブに手をかけたシューが思い出したように一言付け加えた。


「そうだ。さっきの目覚まし、僕がセットしていたんだ。外に出ることを忘れた場合に思い出すために」

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