第23話:自殺の街4

 落下したビルの屋上に来た。

 一面にボコボコとした荒野が広がっていた。オイラは目が痛かった。目を凝らすと、そこにはいろいろな高さのビルが広がった。

 屋上を歩いても特に不自然なところはなかった。少し錆び付いた手すりや金網が守っている。灰色のタイルを歩いていくと、飛び降りたと思われるところについた。そこは他の場所と特に変わることなくあった。


「なんか『ここから飛び降りましたよー』と分かる印とかないのかな」

「ないんじゃないの。それか、この街が淡々としてるだけか」


 オイラの質問にシューは淡々と答えた。

 そこから下を見下ろしても、人がアリのように蠢いているだけだ。何をそんなに働くのだろうか?そう思いながら吹く風に毛をなびかせていた。

 オイラ達は屋上をなんとなくグルーっと回った。陰鬱な気分を風で吹き飛ばそうとしたのか、風が強いポイントを互いに探した。でも、今日はそこまで風が強くない。ここまでの風なら、風に流されて落ちるということはないだろう。オイラ達は風に押されるようにドアに向かった。


「シュー、特に何もなかったね」

「そうだね。まあ、何かあっても気づかないと思うけどね」

「たしかに。オイラ達は専門家でも何でもないからね」

「全ては闇の中かな」

「ていうか、なんでここに来たんだろうね」

「なんでだろうね」


 おそらく、なにかせずにはいられないのだろう。昨日たまたま出会った人がいきなり死んでしまったことに何かしら思っているのだろう。意外と繊細なものである。


「じゃあ、どっか行こうか」

「そうだね。適当に買い物して、すぐに出ようか」

「すぐに出るの?」

「ああ。ここにいると息が詰まってしまいそうだよ」

「それは同感」

「じゃあ、スグ行こう」


 オイラ達はドアを閉めようとした。すると、何かが見えた。気になった。


「シュー。ちょっと待って」


 ドアが止まった。締まりかけた隙間から先程までいた屋上を見ると、何かしらの人影が見えた。その影は先程までなかったのにどこから生えてきたのだろうか? 風になびく髪と服は少しずつ遠くへ離れていった。それは遠く遠く行きそうな雰囲気だった。手すりについたそれは、さらに遠くに行きそうになった。

 オイラ達は走った。向こうがこちらに気づくかいなやに、それと捕まえて手すりとは反対側の床に倒した。その反動でオイラは落ちかけたが、シューが手を出してくれて助かった。


「シュー、ありがとう」

「はあはあ、どういたしまして。それよりも、この人は?」


 震えるオイラの横で息が上がるシューは、床に倒れた人を見た。

 その人は長い灰色の髪の女性で、幸は薄そうで肌の色も薄く唇も薄い。鼻はスっとしており顎もスッとしておりスタイルもスッとしていた。白と黒のボーダーに灰色のパンツが床に溶け込んでいた。その女性は怯えた目でこちらを見ていた。


「あの……」

「何をしようとしたんですか!」


 上体を起こし何かを言いかけた女性にシューは力強く話した。命を絶とうとする女性に説得するように鬼気迫っていた。知り合った老爺が亡くなったばかりなのでいつもより敏感なのだろう。


「いや、あの、景色を見ようと」

「嘘つけ! 自殺しようとしたでしょ?」

「いえ、そんなつもりは」

「本当ですか?」

「いえ、嘘です。自殺しようとしました」


 女性は顔を落とした。シューの疑問に対して咄嗟に嘘をついて逃げようとしたが、すぐに諦めたようだ。オイラは人の弱さを垣間見た。


「どうして自殺しようと」

「それは……」

「いや、それはいい。言いにくいでしょ」

「……はい」

「それで、さっきは何を言いかけたのですか?」


 シューは冷静だった。相手の弱い気持ちをおもんぱかったようだ。そして、女性の思考を安心させるためにも彼女の言いたいことを優先した。人は言いたいことを口に述べることで落ち着く存在だ。シューは何を言われても冷静にいるつもりのようだ。


「あの、さっき、この犬がしゃべった気がしたのですが?」

「あははは、そ、そんなわけないでしょ」


 シューは冷静を欠いて、オイラの口を掴もうと思って空振った。オイラは笑ったが、捕まった時にシューの無言の圧力を感じた。オイラは黙った。


「あのーどうしたんですか?」

「いえ、なんにもありません」


 ビクビクした女性にシューはビクビクしながら答えた。女性は得体の知れないオイラ達に怯えて、シューはオイラが喋れるのをバレるのではないかと怯えた。オイラは正直言って、そういう人間の機微はよくわからないしどうでもよかった。だって、犬だもん。


「かわいい犬ですね」

「いえいえ、ありがとうございます……よかった、バレてない」


 シューはボソリとつぶやいた。バレていないことに安堵したようだった。小さな声とはいえそういう発言を容易に放つのは安直だと思った。


「なんですか?」


 女性は聞こえなかったらしい。バレてもおかしくないものだと思っていたが、犬と違って人間は耳が悪いので仕方ないと思った。人ってそんなものか。


「いえいえ。そうだ、この街を案内してくれませんか?」

「え?」

「いや、あの、昨日この街に来たのですが、カフェで一日中いたぐらいで、この町のことがよくわからないのです」

「そうなんですか」

「あの、無理にとは言いません。仕事とか忙しいと思いますので」

「いいえ、当分暇ですから大丈夫です」

「そうなんですか」

「ええ、有給をまとめてとったんです。いつでも自殺できるように」

「ははは」


 怯えながらも淡々と話す女性に、シューは苦笑いをしていた。オイラはブラックジョークというものの存在を思い出した。でも、女性が言ったこれ、ジョークじゃないよね?



 オイラ達は3人で街中を歩いた。ビルの中はペットお断りが多かったので、できる限り店頭に商品が並ぶところを進んでくれた。街は灰色だったが、その女性がたまに見せる笑顔が色づいて見えた。

 オイラ達は、昨日来た喫茶店にまた来た。昨日は街をあまり歩かなかったので気付かなかったが、ペットOKの喫茶店はここぐらいだった。昨日のおじいさんはその事を知っていたのだろうか?


「今日は色々とありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったわ」


 サジはオドオドしながらも、話してくれるようになった。だいぶジューに対して心の壁を砕けたようだ。いい傾向だと思う。


「それで、サジはどうするの?」

「どうするって、何をです?」


 サジはオドオドしながらビクビクしてた。まだ完璧には心を開いていない様子で、売られいくロバのような怯えた目をしていた。


「あのー言いにくいんだけど、自殺のことが気になって」

「そ、それは……」


 サジは怯えた声だった。先ほど自殺をしかけたサジを心配するシューの優しさが怖かったらしいのだ。


「それは?」

「……明日、自殺、する、かも」


 サジは首を傾けながら引きつった笑顔を揺らしていた。自殺するタイミングを伺っていたようだ。オイラ達がいなくなったら、ふっと死ぬような危うさだった。


「どうしてなんだ?」

「す、すみません」

「いや、責めているわけではないんです。ただ、どうしてなんだろう、と思って」

「やっぱり、私、変ですか?」


 サジはシューを伺うように見つめていた。自分のことを異端視されることに恐れている様子だった。そんなことを言ったら、人間の中に混じっている犬のオイラはどうなるのだろうか?


「いや、変というわけでもないんです。ただ、この街の人はどういう人たちなんだろうと思って」

「街全体が変に見えます?」

「それはこの街に限った話ではありません。どこの街に行っても、変わった風習があります。それを否定するつもりはありません」


 シューは自分の価値観を言う。その街にはその街の文化があり、それは周りから変に見られても素晴らしいものであり、尊重すべきものだという価値観だ。オイラもかつて聞いたことがある。


「寛大ですね」

「いや、そういうわけでもないんです。いろいろな考え方があることは素晴らしいと思うんです。ただ、どうしてだろうと疑問に思うだけです」

「それで、この町の自殺にも?」

「はい」


 と、言ったシューだが、すぐに顔を横に振った。否定するように首を振る。


「……いえ、嘘をつきました。すみません。この町の自殺に関しては別です。実は僕、昨日話した老人が今日自殺したんです」

「あら、そうなの?」

「はい、それで、変に頭に残って離れないんです。それを解決したいだけです。後腐れないようにこの街を出たいだけです。ただそれだけなんです」

「苦しいのですね」

「はい、そうかもしれません。いえ、言い逃れしてすみません。そうです。僕は苦しんでいるのです。普通なら街の文化にもさほど干渉せずに知識として接するだけです。その文化に入ろうとか、ましてやどうにかしようとはとは思いません。どうにかしようとは、その文化を変えようとかすることです。だから、本当はあなたの自殺も止めるつもりはなかったんです。でも、どうしても、あの老人のことが頭に浮かんで動いてしまったんです」


 シューは決壊したダムから流れる水のようによく喋った。オイラはそれをよく聞いていた。オイラが思うに、シューは老人のことでそうとう心に鬱憤が溜まっていたのだろう。結構ストレスを溜め込む癖がある。


「そうなんですか。でも、すみません。私はあなたに言えるほどのことではないんです」

「はい。無理に言わなくても大丈夫です」


 シューは言い終わると死んだようにぐったりした。静か過ぎて時計の針が動く音が聞こえた。オイラはその音を数えた。1・2・3と数えていった。その数が108までいった。

 その時、不意にサジは動いた。


「実は、私、自殺病なんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る