第22話:自殺の街3
「結局5杯おかわりしていたね」
「そうだね」
「いつまでも話しているから、オイラ眠たかったよ」
「いや、寝てたよ。完璧に」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
老人と別れたオイラ達2人は宿の個室で話をしていた。ここならオイラも話ができる。人がいないと気楽なものだ。
「それにしても、あのおじいさん、楽しそうだったね」
「そうだね。人が好きなんだね」
「君と違って?」
「そうだね。僕は人が嫌いさ」
「イヤミで言ったつもりだったんだけど」
「そうなの? 褒められていると思ったよ」
「どういう感性なんだい?」
「ありがとう」
「これも褒めてないよ」
オイラは優しく吠えた。イヤミで言っており褒めてはないが、嫌いというわけではない。だだのじゃれ合いでいつものことだ。
「そういうポーはどうなんだい?」
「オイラは好きだよ、人間」
「どうしてだい?」
「どうしてって、なんとなくだよ」
「なんとなく?」
「そうだな。シューって、犬は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ。好きなほうだよ」
「なんで?」
「なんでだろう。かわいいから?」
「なんかわからないけど、人から見て犬は可愛いと思ったりするんでしょ?」
「そうだね」
「強いて言うなら、犬から見ての人って、そんな感じなんだよね」
「あー。なんとなく分かった気がする」
シューは手を叩いてアホみたいに口を開けていた。オイラの言い分を納得したらしい。オイラは自分の理屈が理解されないか不安だったが、杞憂だったようだ。
「でしょ? そういうこと」
「ふむふむ」
「ところで、本当に自殺が多いのかな?」
「さあ? あの老人の話を聞いている限り、他の死因も全部自殺にしているような気がするけど」
「そうだよね」
「だから、あの自殺も本当は自殺ではないかもしれないね」
「よくわからないね。他殺かもしれない」
「そうだね。じゃあ、明日、あの老人に会えたらまた聞こうっか」
「そうだね」
翌日、老人が死んでいるのが発見された。
死因は飛び降り自殺らしい。遺体が淡々と運ばれる姿、その横を人々が淡々と歩く姿、それらをシューが淡々と見ている姿をオイラは見ていた。
「まさか自殺するなんて」
オイラはポロリと言った。昨日の楽しそうな老人の姿が脳裏に浮かぶ。とても自殺しそうには見えなかった。
「何か悩んでいたのかな?」
「でも、昨日はそんな風に見えなかったよ」
「いや、僕たちはいつもの彼を知らないから何とも言えない」
「じゃあ、元気なかったのかな?」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
「どういうこと?」
「聞いたことがあるんだよ。自殺する人は直前に元気になる時もあるって」
「そうなの?」
「ああ。普通は暗いうつ状態になるんだけど、逆に元気すぎることがあるんだって。躁鬱状態っていったかな?」
「じゃあ、そのソウウツジョウタイだったのかな?」
「そうかもしれない。でも、もうひとつ」
シューの声が小さくなった。何か聞かれたらダメなことを言う前フリだった。街中でこんなにオイラに話しかけるなんて、シューはすごく動揺していたのだろう。本来なら犬が話しているところを咎めるはずなのに。そのままオイラに覆いかぶさるように見下ろすので、オイラは見上げた。
「もう一つ?」
「もしかしたら、自殺ではないかもしれない」
「ああ、他殺か事故かというやつ?」
「そうだよ」
「もしそうなら、どっちになるんだろう」
「事故だとした場合、あのフラフラとしたご老体だ、何かあってもおかしくない」
「そうだね」
オイラは納得した。足元がおぼつかない人間が高いところに登ると転落しても仕方がない。たとえ柵があったとしても落ちるときは落ちる。
「もう一つは他殺の場合。これも何があるかわからない。でも、タイミング的に僕たちが関係しているかもしれない」
「そうなの?」
「あくまでたくさんある可能性の一つだよ。でも、いかんせんタイミングが」
「でも、オイラ達何も悪いことしていないよ」
「あれかな。ポーが喋れることを黙ってもらったからかも」
「そうなの? そんなことで?」
「いや、喋れる犬ってすごいよ。金儲けとか、いろいろなことができる。そうなると、いろいろな人から狙われる。だから、人前では話さないように言っているんだよ」
「今、思いっきり話しているけどね」
こういうオイラの口をシューは手で押さえた。今頃になってオイラに話させていることをマズイと理解したようだ。遅いよ。
「黙って」
「うぐうぐー」
「とりあえず、僕たちにも責任があるかもしれない。少し調べようと思っているんだけど、手伝ってくれるか?」
「んーんーー」
「どうだ。嫌なら嫌でもいいよ」
「ふーーー」
「返事してくれよ」
「返事できないよ!」
オイラはシューの手を振り落とした。ゼーゼーと深呼吸して、生きていることを実感した。あやうく殺されるところだった。
「ごめんごめん」
「気をつけてよ、全く」
「それで、さっきの話だけど」
「いいよ。調べよう」
軽く答えた。あまり気にしないことにした。
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