第21話:自殺の街2

 チェーン店らしき喫茶店に入った。丸机とそれを挟んで対となる椅子とがズラーっと並んでいた。その中に一つに座った。


「いやー悪いね。奢ってもらって」

「いえいえ」


 オイラの上には丸机があり、丸机の上にはトレーがあり、そのトレーの上にはガラスのコップに入ったアイスコーヒーがあり、その上にはふたりの人間の顔があった。


「コーヒーはやっぱりブラックだねー」

「僕は苦いものは苦手で」


 コーヒーをすする老人の前で、シューはミルクを入れていた。オイラも昔にコーヒーを舐めたことがあるが、苦くて苦手だ……言葉遊びのつもりはないよ?


「そうかい? お子様だねー」

「はは。すみません」


 コップから口を離した老人の前で、シューはシロップを入れた。実際、老人から見たらシューは子供だ。陽気な老人と恐縮しているシュー。


「さーて、なにを話そうかなー」

「この街についておねがいします」


 机に肘をついた老人の前で、シューはストローを入れた。シューは情報収集に徹した。老人は意外な話題に目を皿のようにして驚いた。


「ほー、この街についてかー」

「はい。どうもこの街は変わっているようでして」

「どこが変かなー」

「自殺しても興味を持たないところです」


 老人はコーヒーをすすった。シューもようやくコーヒーをすすった。老人は目をつぶって腕を組み、思考を巡らせている風だった。


「自殺に興味がない、か」

「はい。先ほどの自殺に対して、誰も興味を持たない。普通なら、野次馬ができることですよ」

「野次馬かー。普通はそうなのかい?」

「はい、普通はそうです。どうして興味ないのですか?」

「うーん。興味はないことはないんじゃないのかな」


 老人は指で頭を掻いた。思考を刺激するクセみたいで、返事に困っていたようだ。オイラも困ったら体を足でかくことがあるので、老人のことを理解できる。


「でも、みなさん何事もなかったかのようしていましたよ」

「じゃあ、おまえさん、あれだよ、あれ」

「なんです?」

「慣れたんだよ」

「慣れたって? 何にですか?」

「自殺にさ」


 コップに入っている氷がカランっと鳴った。世界の均衡が崩れたような、常識が崩れたような、そういう響き方だった。あっけらかんと常識のように言う老人に対して、シューは非常識に慣れようと俯いていた。


「自殺に慣れた、ですか」

「そうよ、この町の人たちは自殺に慣れたのさ」

「そんなことはあるんですか?」

「そりゃあそうさ。俺だって慣れたんだから」

「あなたもですか」

「そうさ、慣れたさ。余りにも多くてさ」


 老人はコップを持って1人で意気揚々と祭りの宴のように繁忙とうれしそう。シューは祭りの後のように閑散と寂しそう。その陰と陽の対比を見ながら、オイラはあくびしとともに体を足でかいた。


「多い、ですか」

「そうさ。多いさ。死因の一番が自殺だからな」

「そんなに多いのですか?」


 シューは前のめりになった。知らない知識だったのだろう。オイラも知らなかった。人間全体なのか、この街限定なのか?


「そうさ。何か変なことでも?」

「ええ。普通、死因の一番は自殺にならないでしょ」

「じゃあ、普通は何だい?」

「それは、たぶん、ガンなどの病死や車などの交通事故や餓死とかだと思います」

「へー、そうなんかい。普通って変わっているんだね」

「いえ、変わっていないから普通だと思います」

「そうかい。そりゃあそうだ。はっはっは」


 老人は楽しそうに手を叩いていた。何がそんなに愉快なのだろうか? 人と話すこと自体がだろうか?

 それにしても、シューの言い分だと自殺が死因の一番になるのはありえないみたいだ。この街限定の特殊なできごとらしい。


「あのー、どうしてそんなに自殺が多いんですか?」

「んー。そんなの知らねえよ」

「知らないんですか」

「そうさ、知らねえよ。そういう人種なんじゃねえ」

「そんな適当な。誰か原因を調べないんですか?」

「それなら言うけど、逆に普通の死因の多いのは何故なんだ?」

「それは、ガンの場合は医療の発達で他の病気では死ななくなったからとかで、交通事故の場合は科学技術の発達で車とかが増えたとかで、餓死の場合は食べ物がない貧しい国があるからとかで」

「兄ちゃん、博識だねー」


 老人はニヤリとした。大人が子供を教育的に褒めるようであり、まだまだ甘いなと言いたげだった。

 シューもそれを気づいたのか、小っ恥ずかしそうにもじもじ体をくねらせた。それを見てオイラも恥ずかしくなった。


「一応、勉強しました」

「でもね、そんなものは全部取って付けたようなものさ。本当にそうらしいというだけさ。本当の本当はどうかわからないさ。ガンは宇宙人の陰謀かもしれないし、交通事故は車の競争会社の流した悪評かもしれないし、餓死なんか無いかもしれない」

「そんなことはないでしょ?」

「どうしてないと言い切れるのかね? 実際に見たのかね? それとも、お前さんは神様なのかね?」


 老人も前のめりになった。純粋に気になったのだろう。

 しかし、シューは追い詰められていると錯覚して言葉を窮した。子供が大人に叱られている絵を思い浮かべた。


「そういうわけでは……」

「そりゃそうだ。はっはっは」


 老人は背中を反らして笑った。何かが傑作の面白さだったらしい。

 シューは落ち着きながら背を伸ばした。言葉通り体勢を整えたのである。仕切り直すように空咳をしてから情報収集を継続する。


「ご老人、もうひとつ聞きたいことが」

「一つと言わずに、もっと話そうぜー」

「どうして、あれが自殺だとわかったんですか?」

「あれとは?」

「僕たちがいた場所での飛び降り自殺です。もしかしたら、他殺か事故の可能性もあるじゃないですか?」

「そんなん簡単だよ。この街では自殺が多いからだ。何か死んでいる人がおれば、自殺だと思えばだいたい当たるのさ」


 老人はコップを逆さまになるまで勢いよく飲み込んだ。それを見ながらシューは納得していない様子だった。オイラはどっちの言うことが普通なのかわからなかった。

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