第24話:自殺の街5
「自殺病?」
シューは顔を上げた。未知のものに遭遇したようにあっけにとられていた。しかし、それは仕方がないことだ。オイラも初めて聞いた言葉に思考が止まっていた。
「はい、そうです」
「なんですか、それは?」
シューは眉間にシワを寄せた。けったいなものを見ているようだった。そう思いながらオイラも眉間にシワを寄せていた。
「この街で認められている病気です」
「どんな病気ですか?」
「自殺してしまう病気です」
シューは顔を天井に向けた。どうしたものかと天を仰ぐ。苦悶の表情。
「雲をつかむような話だ」
「本当にあるんです」
「自殺するかどうかは自分で決めるのではないのですか? 病気ではなくて?」
二人は目を合わせていた。しかし意見は合っていなかった。理解し合おうとして理解し合えないのは、それはそれで苦しそうだ。
「そんなことを言われても知りません。そう診断されましたもの」
「でも、病気だから自殺するんですか?」
「はい。病気だから仕方ないでしょ」
「いや、そんなことで死ぬんですか?」
「そんなことって、私たちにとっては大切なことです」
サジは少し強く言った。シューは頭の後ろの方を掻いた。互いに理解できずに困った様子。
「すみません。言いすぎました」
「いえ、こちらこそ言いすぎました」
「それにしてもサジさん、自殺病についてもう少し教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? あっ、はい」
サジは相変わらずオドオドしていた。シューはただ疑問に思ったことを質問しただけだが、被害妄想が大きくなったサジは責められていると勘違いしているようだった。
「それで、自殺病とは」
「自殺病とは、この街で一番多いと言われている病気です。大昔からズーッとある病気のようです」
「街は対策をしないのですか?」
「対策はしたようです。今まで何回も。でも、その度に失敗に終わったようです」
「失敗ねー」
シューは力なく呟いた。世の中には対策できないことはたくさんあることに、人は無力だなぁと諦観しているのだろう。犬のオイラからしたら人は人類の力に過信しているところがあるから、失敗することは仕方がない普通のこととしか思えない。
「はい。治そうと思っても治すことができなかったようです。治す手段がないようで、その薬ができたら後世に名が残るとも言われていました」
「でも、諦めたわけですか?」
「そのようです。病気が治るどころか、病人が増えたようなので、研究禁止となったようです」
「病人が増えた?」
シューは疑問が増えたようだ。病気を治そうとして病人が増えたようだ。副作用だとか2次災害というものだろう。
「はい。自殺病の特性上、研究を始めたら自殺者が増えたんです。自殺者を減らすために始めた研究で自殺者が増えるなんて、本末転倒ですね」
「たしかに」
「だから、自殺者を増やさないために、この街では自殺病の研究は禁止となったわけです。それがこの街と自殺病に関してのことです」
「なるほど、この街が自殺病の対策をしないことはわかりました。死人が出るのは道徳上良くないですからね」
「そうですね」
「それで、その自殺病の特性とは?」
「変化することです」
カチッと時計の針の音が聞こえた。意外な特性に言葉を失った。オイラは時計の針が動く音に合わせて耳を刻んだ。
……
「変化……とは?」
「言葉のとおりです。気持ちの変化、身体的変化、環境の変化、いろいろとあります」
「ええっと」
「例えば、景気に関して言いましょう。世の中では景気が安定していたとしましょう。人々が裕福ではないまでも貧乏でもない状況です」
「はい」
「ところが、あるときに景気が悪化したとしましょう。会社が倒産し、失業者が溢れます。そうなると自殺者が増えます」
「それはそうだよ。人々は不景気になったら自殺するだろ」
「ところが、そうじゃないんですよ」
「といいますと?」
「今度は逆に好景気になったとしましょう。会社は儲かり、失業者もいなく、みんな裕福な生活を送ります。そうなると、どうなると思います?」
「自殺者が減ると思います」
「そう思うでしょ? でも、答えは、自殺者が増えるんです」
「え? 増えるんですか?」
時計の針は動き続ける。まるで、こういう話をしている間も自殺の連鎖が動き続けているように。
「そうなんです。不思議でしょ?でも、事実なんです」
「その理由は?」
「わからないわ。でも、唯一わかっているのは、景気が変化したということだけ」
「変化ですか」
シューは腕を組んで考えた。腕を組むというのは、心臓とかを相手から守るための防衛反応だと聞いたことがあるが、もしそれが正しいのであるならばシューは何から身を守っているのだろうか? 自殺病か?
「納得していないようね。では、別の例を言いましょう。そうね、結婚について話しましょう」
「結婚ですか」
「はい。ある結婚した2人が離婚するとします。すると、どうなるでしょう?」
「自殺する」
「はい、そうです。自殺します。では、ある2人が結婚すると?」
「もしかして」
「そうです。あなたの予想通りです。自殺します」
「本当ですか?」
シューはやっぱり納得していない。おそらく、理屈としては納得している。しかし、根拠がないからか心情的な理由で納得していない。机上の空論だとしている。
「本当ですとも。数字で残っています。離婚する人も結婚する人も自殺することが多いです」
「結婚できないのですか?」
「ここで1つ訂正しとかないといけないのは、あくまで自殺しやすいという傾向があるということです。絶対に自殺するわけではありません。だから、結婚しても自殺しない人もいます」
「でも、結婚は幸せだから、死ぬ理由が無いのでは」
「理由ならあるじゃないですか。環境が変わるんですよ。独身生活から結婚生活に変化するんですよ」
「そんなことで」
「世の中ではジューンブライドってあると思います。あれも環境の変化が原因だとこの街では言われています。そして、そのジューンブライドの不安が最高潮に達したときに自殺するといわれています」
時計の短針も動いている。それくらい時間が経っているのだ。長い議論であり、オイラは思わずあくびした。
「うーん」
「まだ納得していないようですね。では、もう一つ。進級に関して」
「進級って、学校で学年が変わることですか」
「そういうことです。ある学生が嫌なクラスに進級したとします。どうなるでしょう?」
「自殺します」
「次です。ある学生がいいクラス、憧れていたクラス、最高のクラスに進級したとします。どうなります?」
「自殺します」
「ご名答。では、その理由はなんでしょうか。
「変化するから」
「素晴らしい。正解です。もうこの街のことはわかりましたね」
「ええ。ただ、一つ、わからないことが増えました」
「なんですか」
「あなたは何者なんですか?」
シューの疑問を聞いて、サジは先程までの少しウキウキした口調から一転、オドオドとした口調に戻ってモゴモゴしていた。何を話しているのかわからない。自分に関係のないことを話すのは楽しいが自分のことは話したくないようだ。恥ずかしがりやなのだろうか? しかし、そうは言ってられないと覚悟を決めた様子のサジははっきりと口を開いた。
「私、昨日まで自殺病の研究者だったんです」
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