第19話:信仰の街11
船は番犬のように縄に繋がれていた。
「誰もいないよ、シュー」
「じゃあ、勝手に借りよう」
10ほどある中で、一つ大人しい船があった。波風にも一隻だけ揺れずに、街に従順そうだった。オイラは目がいった。
「あれにしよう」
そう近づくと、何者かが背後についた。ゾッとした。
「お手伝いしましょうか?」
振り向くと、トカだった。最初の出会いを思い出した。
「トカ、どうしてここに」
「心配になってきました。そんなことより早く」
オイラに答えながらトカは近づこうとした。オイラは気にしていなかった。
「待ってください」
が、シューが止めた。
「シュー、どうしたの?」
「そうよ、お手伝いさせてください」
「トカ……」
シューは続けた。
「……犬が喋ることには驚かないのか?」
オイラは先ほどの親子を思い出した。そうだ、普通は驚くはずだ。
「ええ、驚いているわ。でも、今はそれどころじゃないわ」
「そうか、では、僕たちが商業地の列車ではなくここにいることは驚かいのか?」
「ええ、驚いているわ。でも、予定が変わったんでしょ」
「では、銃が発泡されていることは?」
「驚いているわ。危ないわね」
静かに脈が波打つ音が聞こえた。あたりが緊張感で静まり返っていた。
「君のポケットに銃が入っていることは?」
「驚いているわ。どうしてわかったの?」
トカは銃を構えた。脈の波打つ音は大きくなった。
「いや、確証はなかった」
「カマかけたってことね。驚いたわ」
「口だけだね。全く驚ていない」
シューは両手を挙げながらも冷静だった。銃をどうにかしないと……
「そう? それだけ?」
トカは指を動かそうとした。間に合わない。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
トカは指を止めた。オイラは飛びかかろうかとも思ったが、静観した。
「トカは、どうしてこんなことを?」
「最後の頼み、ってことかしら?」
「そんなところだ」
「いいわよ、答えてあげる」
銃をシューに向けたまま続けた。ピンチのままだ。
「私は宗教家であるとともに、始末屋よ。この町の邪魔になる人間は、始末をするの。だから、この街の住人なのに出ていこうとする裏切り者は始末するの。その協力者もね」
「とんだ宗教家だね」
「あら、そうかしら。でも、昔から宗教家は影では武闘派だったことは珍しくないわ。そんなことも知らないの?」
「勉強不足なもので」
「ひとつお利口さんになったわね」
トカは再び狙いを定めた。シューはトカの方向を強く見た。
「そんなトカがわざわざ姿を見せたのは?」
「まだ話すの?」
「いいじゃないか。トカの目的とも合うんだから」
「なんのことかしら?」
「君が姿を現して呼び止めたのは、時間稼ぎのためだろ」
「何を根拠に」
「根拠はないさ。でも、理屈は通る」
「その理屈とは?」
「先程まで銃をみんなで撃っていたが、ひとつも当たらない。おそらく、距離がありすぎたんだろう。このままでは逃げられると思って、呼び止めて時間を稼ぎ、皆が近づくのを待つ。そういうことだろう?」
「立派な推理ね」
「そして、君は一人で銃を撃つ力はない。なぜなら、できれば既に撃っているはずだからだ。君はおそらく、情報提供などの殺害以外の手伝いをしているだけだ。銃を撃たないのは、宗教上の理由かビビリなのか、それとも」
「薬莢の匂いって、取れないのよ」
トカは自分から話した。普段言えないことを言えるからか、饒舌だった。
「私の仕事で大切なのは、疑われないことなの。でも、薬莢の匂いがしたら怪しいでしょ?事実、私の前任者は薬莢の匂いがきっかけでバレて、神に召されたわ。だから、私は銃を撃たないの。餅は餅屋、専門家に任せることにしたわ」
「適材適所か」
「そう。そして、もう来るはず」
トカの後ろに音がした。
トカはニヤリとした。
オイラ達は驚いた。
男がトカを鈍器で叩いた。
トカは地面に倒れ込んだ。どういうことかわからなかった。仲間割れか?
「パパー!」
女の子が飛び出した。男も駆け寄り抱き寄せた。その顔は行きの船頭だった。
「カナ!」
男は泣いていた。体を震わせて、しっかりと掴んでいた。
「あなた!」
女性も駆けつけた。男はがっしりと抱きしめた。
「お前にも苦労をかけた」
三人が泣いて抱き合っている姿を見ながら、オイラはシューに尋ねた。
「ねえ、シュー。分かっていたの」
「ああ。あの男を見たときに、おそらく隠れている他の敵を倒していると思った。体はところどころ怪我をしており、鈍器も生々しい血が付いている。それに、持っているものが銃ではない。だから男は的ではない、と……いや、そう思いたかったんだ。そう願ったんだ。そうであって欲しかったんだ。そして、イチかバチ火にかけて時間稼ぎをした。そしたら、うまくいった。それだけだ。まさか船頭さんだったと気付かなかったし、あの親子の父親だとは全く思っていなかった」
シューは安心したのか、急に饒舌になった。と、トカがピクピク動いているのを見て冷静に戻った。
「みんな、逃げるよ」
「犬がしゃべった?」
「それはいいの」
オイラ達は船に乗って、煙に包まれた街を後にした。風は優しく、波も静かだった。知らないうちに晴れていた。
「ねえ、シュー」
「なんだい?」
二人きりで森の外を歩いていた。平原が広がり、道の先に街は見えていなかった。
「あの3人、元気にやっていけるかな」
「大丈夫だろ。少なくともあの街にいるよりは」
「でもあの父親、すごいね。船頭になって何年も2人を待っていたなんて」
「そうだね。これが愛ってやつかな」
「ププッ」
オイラは吹き出した。笑いを我慢できなかったのだ。
「どうしたんだい」
「いや、シューが柄にもないことを言うから」
「だからって笑うことはないだろ」
シューは恥ずかしそうに顔を逸らした。頬が紅潮していた。
「もう一つ柄にもないことは」
「ん?」
「よく親子を街から出そうとしたね」
「ああ」
シューは認めた。それは、前の街でもしようとしたことだった。
「だって、君はあまりそういうことはしない主義じゃないか」
「あれは別だよ。だって、あの街の住人ではないんだろ。じゃあ、例外だ」
「そんな理由?」
「そんな理由さ」
「ふーん」
「なんだよ」
シューははにかんでいた。だって、前の街での説明にはならないもの。
「いや、別に。シューの言う事を信じるよ。神に誓って」
「なんだい、その取って付けた言葉は」
「いいじゃないか」
「じゃあ、ついでにこれからの旅が安全であることを神に祈ろうか」
「そうだね。もう、あんなことは懲り懲りだよ」
オイラ達は広大な平野のど真ん中で、各々の祈り方をした。しかし、互いに目をつぶっていたから、どんな祈り方かは互いにわからなかった。
目の前は霧もなく、視界良好だった。
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