第18話:信仰の街10

 翌朝、外を見ると小さく雨が降っていた。どうやら、天気予報ははずれたらしい。でも、オイラ達は出て行くつもりだ。

 シューは途中に、例の親子のところに行った。ベッドに腰掛ける2人は昨日よりは晴れやかだった。


「聞きました。昨日はすみませんでした」


 どうやら代役の話らしい。女性は感謝していた。


「いいえ。滅相もございません。それよりも、お話があって来ました」

「あら、お話とは?」


 不思議そうな顔だった。女の子も首をかしげていた。というか、オイラも首をかしげた。


「単刀直入に言います。僕と一緒にこの街から出ましょう」


 オイラは首を痛めた。意外な提案に驚いたのだ。


「どういうことですか?」


 女性は当然の反応をした。そうだ、どういうことだ?


「あなたはこの街にいてはいけません。死んでしまいます」

「死ぬ……」


 女性は言葉が出なかった。死ぬと言われたらそうか……


「ええ。あなたはこの街に合いません。このままではまた倒れてしまいます。そうなると、そのうち不幸なことになるでしょう。だから、その前に街から出ましょう」

「そんな、わからないでしょ。今度はしっかり健康に気をつけます」

「そういう問題ではないんです。難しいことをいうと、この街では労働は目的なんです。神様の救いを得るための信仰なんです。苦痛でも何でもないんです。一方であなたは、労働を手段と思っています。娘さんを楽させるための金稼ぎと思っています。そのためには苦痛を我慢しようと思っているんです」

「何が何だか……」

「街の人にとって、苦しい労働は苦しいほど神様の救い得られるうれしいものです。意味のない労働もどきも神様の救いを得られる素晴らしいものです。でも、あなたにはその感覚がない」

「ええっと……」

「あなたにとっては娘さんが一番だ。でも、街の住人は自分が一番だ。あなたが今のままでいてもこの街に適応しても、あなたは不幸になる」

「あなたが何を言っているのかわかりません!」


 女性はヒステリックに俯いた。信じたくないようだ。


「すみません。ただ、僕はあなたを救いたいのです」


 シューは手を差し伸べた。女性は手を出さなかった。雨音だけが静かに響く中、オイラは出る準備をした。


「おねがいします」


 女の子がシューの手を握った。雨音が聞こえなくなった。


「カナ」


 女性が驚いた。自分の子供が代わりに判断したからだ。


「ママ。この人たち、わるい人じゃないよ」

「でも」

「だいじょうぶ。カナをしんじて。それに」

「それに」

「ママ。元気になって」


 女性は静かに涙を流して女の子を抱きしめた。女の子も女性を抱きしめたが、片方の手はシューの手を握ったままだった。



 数分後、身支度をした親子が部屋から出てきた。オイラ達は平場に行き、トカに話をした。今までの感謝、親子を連れて行くこと、まだ先のことは考えていないこと、その他いろいろと話した。トカは例のポーズで祈ってくれたので、シューたちも祈った。外に出ると、少し雨が強くなっていた。


「すみません。お供して」

「いいえ」


 二つの傘を親子チームとオイラ達チームで分け合った。それぞれがいやすい相手同士だ。


「街の外は久しぶりです」

「さて、とりあえず行きますか」


 オイラ達は商業地区を目指した。この街から出る方法は2つあった。一つはオイラ達が来た船のルート、もう一つは商業都市から出ている列車のルートらしい。オイラ達が使ったルートはいわゆる裏ルートみたいなもので、船が来る時間が不定期などといろいろ不便であるらしい。だから、いろいろと便利な表ルートから町を出ようとなった。


「でも、知りませんでしたわ。工場地から船が出ているなんて」

「そうなんですか? てっきりみなさん使っているのかと」

「いいえ、私が来た頃はなかったですわ」

「でも、トカは知っていましたよ」

「色々と知っている方なんですね。それか、わたしが知らなすぎるだけかしら」


 そう微笑む女性を見て、シューは微笑んだ。恐らく、少し安心したのだろう。オイラも女性の手を笑顔で握る女の子を見て微笑んだ。

 商業地へと続く道は、静かに続いていた。途中、商業地から来た風の男2人にとすれ違った。すると、すれ違いざまに刃物を出してきた。

 オイラとシューはその瞬間に手から刃物を叩いた。男たちはしかめっ面をし、親子は傘を落とした。


「どうしてわかった」

「僕はわかったわけではないよ。ただ、犬が反応したから僕も反応しただけさ」


 男たちはさらにかかろうとしたが、オイラは足を噛み、シューも股間をけった。どちらも力強くしたので、男たちはうずくまって動けなかった。そして、シューは素早く親子の手を持って商業区へ走った。


「どうしたのですか?」


 女性は走りながら聞いた。オイラはそれを聞き流しながらも、ヤバイことだけはわかっていた。


「わかりません。ただ、逃げましょう」


 エリアの境目を超え、商業地が広がった。と、数人が飛びかかってきた。


「いいっ!」


 と、オイラは思わず歯を出し叫んでしまったが、軽やかに避けた。シューも無作法ながらなんとか避けていた。親子は捕まってしまったが、オイラがなんとか掴んだ手を噛み付き、威嚇して遠ざけた。シューも体勢を整えた。


「遅いよ」

「ポーみたいにできないよ」


 オイラ達は息が上がった。敵の動きが厄介だ。


「どうする、これ?」

「どうするもこうするも、逃げるしかないだろ」


 再び逃げ始めた。しかし、奴らは追いかけてくる。各々が武器を振り回していた。


「シュー、どうしよう、このままじゃあ捕まっちゃうよ」

「こうなれば、最後の手段だ」


 シューはオイラを蹴飛ばした。オイラは綺麗な弧を描き、無事に追っ手の中に着弾した。オイラが顔に当たった人から始まるピタゴラスイッチと言おうかドミノ倒しと言おうか、人々が混乱していたらしい。オイラも混乱していたから正確には分からなかったが、命懸けでてんやわんやした。



「――なにしてくれんだよ!」

「ごめんごめん」


 オイラはシューに詰問した。命を失うところだったのだから当然だ。


「命があったから良かってけど、死ぬところだったんだよ」

「だから、さっきから謝っているじゃないか」


 シューはオイラから放たれる唾を浴びながら手でドードーとあやした。オイラは言いたいことを言ったから少し落ち着いた。


「こんなこと初めてだよ」

「そりゃそうだよ。初めてだもん」

「なんでこんなことをしたの?」

「そりゃあ、この人数で逃げるには、囮がいるだろ」


 シューは親子の方向をチラっと見た。申し訳なさそうな顔をしていた。それを見てオイラは怒る気を失せた。


「まあ、いいよ。今回のことは水に流してやる。それより、なんでここなんだい?」


 ここは工場地エリアだった。商業エリアではなかった。


「そのことかい」

「だって、オイラ達は商業地の列車に乗る予定だったんだろ。そう思って匂いを追ってきたら、ここにたどり着いたんだ。どうしてだい?」

「それはね、追っ手から逃れるためさ。奴らは僕たちが列車から逃げると思っている。だから、こっちにきたのさ」

「なるほど、かしこいね。それで、あなたたちは大丈夫だった?」


 オイラは納得しながら、親子を向いた。2人ともおびえているふうだったので、心配をかけた。まあ、いきなり襲われたら誰でも驚くよね。

 ――


「い、い、犬がしゃべった!」

「そっちかい!」


 オイラの心配を返してくれ。今はそういう問題じゃないだろ。


「はは、黙っていてすみません。この犬、しゃべるんです」

「いや、そのまんま」


 シューはなんのフォローにもなっていなかった。もう少し言うことがあるだろ?


「はははっ、犬さん、しゃべるー」

「笑っている場合か!」


 子供は能天気だなと思った。でも、救われた。


「すみません。ついびっくりしてしまって」

「ほんとですよ」


 オイラはツーンとした。場は落ち着いていた。


「でも、あなたたちが旅をする理由が少しわかりました。大変でしょ、人の言葉を話せるって」

「……まあね」


 オイラは返事した。心配されるのは苦手だ。


「おい、デレるの早すぎる。もっとツンしとかないと、ツンデレの力が弱くなるぞ」

「うるさい、そういう問題違うだろ、状況考えろ!」


 シューは空気を読めなかった。もうどうにでもして……


「でも、これで逃げれるのかしら」

「いえ、まだ逃げれたわけではないので気をつけてください」

「でも、シュー。人の気配がないよ。大丈夫じゃない」

「そうか、人の気配がな……」


 シューは固まった。どうしたのだ?


「どうしたの、シュー」

「人の気配がないだと?」

「そうだよ。だから追っ手は……」

「そうじゃない」


 シューは慌てた。何を慌てているのだ?


「どうしたの? 急に。めずらしい」

「ここは工場地だぞ」

「そうだよ」

「ということは、働く人がいるはずだ」

「うん、そうだね」

「それなのに、人の気配がないだと」


 オイラは息を呑んだ。理解をしていない親子の傍らでオイラ達は感覚を研ぎ澄ませた。


「ポー、遠くで建物に隠れる人の影を発見」

「オイラも遠くの方で人の隠れる音と匂いを確認」


 オイラ達は歯をギシリとかんだ。ヤバイ、囲まれた。


「どうしたんですか?」

「僕たちは囲まれています。ここに来ることは想定されていたらしいです」

「なんですって?」


 女性は怯えた手で女の子を守った。子供を大切にする、親の鏡だ。


「でも、数は少ないよ、シュー」

「それは不幸中の幸いだね。でも、ピンチには変わりないよ、ポー」


 オイラ達は船着場に急ごうとした。

 バーン

 銃声が鳴った。


「急げ!」


 できる限り建物に身を隠すようにした。当たらないように祈る。


「どこから?」

「わからない。急ごう」


バーン

バーン

跳弾が身の回りをおそう。いつ当たってもおかしくない。


「銃声が増えているよ」

「わかっている。急ごう」


バーン

バーン

バーン


「なんか、映画みたいで楽しくなってきた」

「それはわからない。急ごう」


 オイラは空気を読ます出てくるワクワクを抑えながら、急いだ。

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