第16話:信仰の街8
平場に出ると、少し賑やかだった。といっても、いいことではない。ちょうど昨日の警官が来ていたのだ。
「誰にいたしましょうか」
警官はトカに尋ねた。何の話だろう?
「それが、まだ決まっていなくて」
「おやおや、それは困りましたね」
警官は顎を手でこすりながら見渡していた。本当になんだ?
「明日までには決めますので」
「あなたがそう言うなら、それでも大丈夫です。ただ、今日の埋め合わせをする必要がありまして。一日だけならというかたを早急に決めていただいてもよろしいでしょうか」
警官は品定めのような目つきだった。しかし、何を意図しているのかは定かではなかった。
「急に言われましても」
「なら私が決めます。そこの君」
オイラのほうを向いていた。いや、オイラの横のシューに向いていた。
「僕でしょうか?」
「そう、君だ。一日だけ働いてみるのはどうだろうか?」
ふたりの間にトカが入った。シューを守るように凛々しく言う。
「ちょっと待ってください。この方は旅人で、今日出発する予定です」
「旅人なのは知っていますよ。旅の思い出として、私たちの街を体験してみたらいかがでしょうか? それとも、急ぎの用があるのですかな」
警官は右手でトカを静止した。すこし挑発的にシューに言葉を投げかけていた。
「一日くらい大丈夫ですよ」
「では決まりだ」
「そのかわり、ひとついいですか?」
「なんでしょう?」
「あの2人は見逃してください」
「初めからそのつもりです」
そう言いながら、警官はシューとオイラを連行した。
――あれ? もしかして、オイラも行く事になっているの?
そこは見渡す限り土しかなかった。遠くに並ぶ森やビルに囲まれた収容所といったところか。頭上は黒い雲が圧迫し、足元は脱獄できそうなくらいぬかるんだ土が雨に叩かれていた。
「キビキビ働かんかー」
オイラの横に居る指導員はキビキビとした声を出した。オイラは傘とパイプ椅子で作られた簡易の託児所の中に混じっていた。その様子を恨めしそうに見つめるシューに対してオイラはほくそ笑んだら、不機嫌になっていた。
「手を動かせ」
その声とともに手を動かす人たち。シューも例にはもれなかった。オイラは例から漏れていた。
オイラが何故例から漏れたかというと、犬だからである、犬は労働力にカウントされない。そんなオイラを子供たちは撫ぜ回すのだ。
子供たちがなぜオイラを撫ぜ回すのかというと、子供だからである。子供は労働力にカウントされない。オイラは、あの女の子の代わりに連れてこられたのだ。
シューがなぜ離れたところにいるのかというと、労働力としてカウントされているからだ。犬ではないし子供でもない、大人かといえば少し違うが労働できる年齢の少年なので、あの女性の代わりに呼ばれた。少年は、ねずみ色の作業服を着て、スコップを地面にさしていた。
シューはスコップで地面を掘っていた。自分の足元をただただ掘っていた。自分の体が地面より低くなるまで掘っていた。それと比例して、盛土は高くなっていた。そんな光景が、いろいろなところに見えていた。集められた労働者たちは、自分の割り当てられた場所で同様のことをしていた。いたるところに穴が空き、たこ焼きの鉄板みたいだった。そんな穴の掘り方をして何をしているのだろう。
「では穴を埋めよ」
この指示を聞いて、皆は穴を埋め始めた。その作業はなめらかだ。皆、この仕事に慣れているのだろう。しかし、1人だけ遅れていた。埋め始めることに遅れていた。なぜかと言わんがごとく両手を広げたが、周りを見渡して真似をし始めた。初めての作業だからか疑問を持っているかなのか、土を穴に戻す作業がぎこちなかった。作業が終わるものが出始めた。
「穴を埋めたものは、再び穴を掘れ」
まだ埋めきれていないシューは動きを止めて、指示を出した人を見た。その周りの人は穴を掘り始めたから目立っていた。シューは周りを見て、埋めきっていない穴を掘り始めた。
「そこ、最後まで埋めてから掘りなさい」
その言葉でシュー以外の人間が周りを見た。シューはビクッとして、何こともなかったように埋め始めた。周りの人は何事もなかったように掘り始めた。
シューは遅れて掘り始めた。黙々と掘り続けた。掘り終えて、一息ついたら埋め始めた。
掘って埋めるの繰り返しが、一日中続いた。
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