第8話:血液型の街7

「何をしているの!?」


 あらぬ方向から声がした。オイラは少し前に体勢がずれた。足の力が空振ったのだ。


「その人は、私のお客様よ」


 そこにはキエがいた。声には逞しさがあるが、顔には震えがあった。


「どういうつもりだ!!」


 キエを押さえつけた男は言う。それに対してキエはさらに怒号を強めた。


「その人を放してと言っているの!」


 キエは男に対抗するかのごとく声を荒らげた。男は怒りの中に困惑の口を開けた。周りの群衆は困惑で互いの顔を見合っていた。そんな中、砂かぶりの男だけは瞳孔を開いて真顔で彼女に近づいた。


「お前は何なんだ?」

「この人たちの宿泊先の店主のキエです」


 ガンたれて顔を近づける男に対して、すました顔をしていたキエは少しのけぞった。少し恐怖があったのどろうか?


「ほー、お前か。確かO型だったよな。こんなことして覚悟は決まっているんだよな」

「当たり前でしょ。街の人間だもの」

「そこなんだ。A型でない、街の事情の知らない除け者ではない、かつての優遇された男でもない、そんな奴がなんで楯突いてくるんだ? あー?」

「仕事ですもの。お客様の面倒を見ることも」

「いーや、そんな訳ではない。そんなことで命を懸けるわけがない。」

「何が言いたいの?」

「お前はコイツと何かがあるんじゃないのか? 何かを密約したのか? 街から連れて行って貰うのか? それとも、ほの字か?」


 男はヒヒヒと笑った。キエは笑わずに冷血に男を見ていた。肝が据わっていた。


「どう思っていただいても結構です。その方を放してください」

「いーや、ダメだね。そこのお前、放したらダメだぞ。……お嬢さん。残念だがお前さんの言う事を聞くわけには行かないな」

「そうですか。仕方ないですね」


 女性はその場に静かに座り込んだ。周りはどよめいた。なにをしている?


「どういうことだ? なぜ抵抗しない?」

「抵抗しても無駄だからよ」

「往生際がいいな」

「ええ。この街は抵抗の街、いくら価値観を変えても新たな抵抗が生まれる。そして、この町の外も同様に大変なことがあるらしいわ。私は疲れたの、生きることに、この汚れたちに抵抗することも、何もかも。だから、これが最後」


 キエは顔を下に向けた。砂かぶりの男は屋台に置いてあったナイフを握り、勢いよく女性の胸に向けた。周りの人々は悲鳴を上げた。男の手からは血が垂れた。

 ――

 オイラは男の手を力強くかんだ。男は血しぶきを上げた手からナイフを落とした。それとともにシューは抑えていた男の顎に頭突きをして、逆に押さえ込んだ。

 声がさらに大きくなった群衆から警官たちが現れた。オイラ達を襲った男たちは警官に応援を求めた。オイラ達は流石にバツが悪過ぎると覚悟した。二箇所に分かれた警官がオイラ達を囲った。男2人はざまみろと言わんが如き笑顔を見せた。警官たちは無表情だった。警官の手がオイラ達に近づいた。オイラ達は硬直した。警察に捕まる!

 しかし、警官の手は男達を捕まえた。


「おい、何してる」

「捕まえるのはこっちだろ」


 予想外のできごと。抵抗する男を警官は問答無用に連れて行った。オイラ達は茫然自失となった。そこに、足音が近づいた。その匂いは、昨日の警官だった。


「失礼いたしました」


 オイラ達は見上げた。理解できなかった。


「つい先ほど、法律が変わりました。A型至上主義から、教育至上主義になりました。」


 群衆がざわついた。群集たちも理解できなかったようだ。


「これにより、血液型による差別はなくなりました。あるのは、勉強できるかどうかによる差別だけです。出身地、性別、血液型にかかわらず、勉強できるものだけが優遇を受けることができます。この国は、変わります」


 皆は互いに見合わせた。理解と不理解が合わさってざわつき始めた。


「ちなみに先ほどの出来事、ずーと見させていただきました。先ほど連行した2人が一方的に悪いと判断しました。あと、それだけではなく、あの2人は学校の勉強が全くできなかったという情報があります。おそらく、死刑で間違いないでしょう」


 死刑という言葉に皆が反応した。ここに来て完璧に理解した。


「さあ、死刑になりたくなければ、一から勉強しなさい!」


 この警官の言葉を聞いて、みんなが散り散りになった。あるものは学校に、あるものは本屋に、あるものは別のところに。

 オイラとシューとキエと警官が残った。


「失礼いたしました。こんな街で」


 警官はシューに手を差し伸べた。優しさがあった。


「いえいえ、ありがとうございます」


 シューは手を取りながら立ち上がった。助かったという安堵の表情を浮かべていた。


「これで少しは良くなってくれればいいのですが」


 警官は帽子のつばに手をかけながらため息をついた。希望と不安が入り混じった言い方だった。


「あなたは、不満を持っていたのですか?」

「それはそうですよ。だって、本官の本当の血液型はO型ですよ」


 警官は素知らぬ顔で言った。小賢しい男だと思った。


「ということは」

「はい、A型と嘘をついて生きてきました」

「そうだったんですか」

「それがどういうことかは、説明はいりますか?」

「いえ、大体わかります」

「そうだと思いました」


 シューと警官は未だにへたりこんでいるキエを横目で見ていた。警官は続けた。


「あちらの女性はお任せしても?」

「はい。少し話したいことがあるんで」

「かしこましました」


 そう言うと警官は踵を返して去っていった。

 シューはキエの近くに歩いた。


「キエさん」


 シューは優しく、語りかけた。続ける。


「さっきは助けてくれてありがとうございます」


 キエは未だに下を向いたままだった。どうしたのだろうか?


「それで、先ほどの件なんですが、その……僕と一緒に外に……」

「頑張るわ」


 ……

 二人の覚悟のタイミングが一致した。


「私、この街で一生懸命に勉強して、頑張って生きる。最後まで抵抗するわ、自分の人生に。さっきのアナタ達を見てそう思ったの。いえ、もしかしたらその前から……いえ、自分でもわからないわ、気持ちが。なんであんなことしたのかも。でも、これだけはわかったわ、私はあなたたちに力をもらったの。だから、ありがとう」


 女性は無邪気な女の子のように笑顔で跳ねた。前向きな思考だった。価値観が変わったことに対して、町を出るのではなく町に残ることを選んだ。


「そう、それは良かった。じゃあ、さようなら」

「さようなら」


 今度のシューは笑顔だった。それは少しばかり作り笑顔のところもあった。残念さと安堵感が二重にあった。

 日は明るかった。



 街の外に出て、おいらは尋ねた。周りに人がいないので遠慮なく話せるのだ。


「シュー、聞いてもいい?」

「何?」

「最後に何を言おうとしたの?」

「ん? 別れの挨拶だよ」

「いや、その前に」

「ん? 忘れた」

「ホントに?」

「ホントだよ」

「じゃあ、そういうことにしておくよ」

「なんだよ、その言い草は」

「いや、シューも変わったなあ、と思って」

「なんだよ、それ」

「「はははっ」」


 二人して笑った。おそらくキエを街から連れ出す覚悟を決めたのだろうが、空振ったのだろう。


「じゃあ、僕も聞いていいかな」

「どうぞ」

「ポーの血液型って何?」

「言ってなかったね」

「そうだよ。何型?」

「それがわからないんだよ」

「わからないの?」

「そうなんだ。ごめんね」

「じゃあ、きっとAB型だ」

「え、なんで?」

「さっきの街で、AB型がいなかったから、ポーがAB型ならちょうどいい」

「なんだその理由は」

 2人して明るく笑う。オイラ達が歩く横では、穏やかな川がキラキラ輝いていた。

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