第7話:血液型の街6

 オイラが皿に入った水を飲んでいる横で、二人の人間がガラスのコップに入った紅茶をすすっていた。神妙な面持ちだった。オイラは意図して何も考えていないふりをした。


「それで、この町の歴史とは?」

「昔々、この街では大きな差別があったの。それは、この街にいた人間と外から来た人間との対立なの。この街に流れてきた人々は外の文化や技術を持ってきて、この街を発展させてくれたの。でも、それは明るい部分。そういう外から力を持ってくる人がいる一方で、もとから街で暮らしていた人たちは仕事をなくなってきたの。そういう人たちが外から来た人達に嫉妬をして、嫌がらせをしたの。もちろん、そうじゃない人もいたわ。仲良くなろうと尽力した人もいたわ。でも、結果として、争いが起きたの。何年も。でも、あるときに一人の男がある提案をしたのよ。それで争いが収まったわ」

「その提案とは?」

「女性が悪いということにしよう、という提案よ。そして、そのことに理由はなかったわ。ただ、街の中と外のものとの争いをなくすことがでればそれでいいの。そして、女性差別を積極的に進めていき、内外のものの争いはなくなったわ。男たちは平和になったと喜び、提案者は国の重役になったわ。でも、わかるでしょ?すぐに別の争いが起こるくらい。でも、当時は誰もわからなかったわ。男性に限らず、女性まで。それほど目に先の争いが人々を苦しませていたのよ。争いがなくなった、って男女で手を取り合って喜んだの。まさかその手で殺し合うことになるなんて思わなかったのよ。笑い話でしょ? でも、当時はそうだったの。男女不平等政策は平和の象徴として学校で教育され、普通のことだとみんなが思うようになったの。誰も疑問に思わなかったの。でも、あるときに誰かが疑問に思ったらしいの。そして、一度誰かが疑問に思ってしまったら、流れができるの。そして、争いが起こる。男と女で争いが。また争いが起こるの。人間ってばかよね。同じ失敗を繰り返すの。そして、その争いをなくすために提案されたことが、血液型による差別なの」

「そこで血液型が……」

「そうなの、血液型による差別は、もともとあった差別をなくすために作られたものなの。それによって男女差別が無くなったの。でも、今度は血液型でまた争いが起こることはわかりきっているじゃない。当時の提案者はそこも見越して手を打ったの」

「じゃあ、なんで今も?」

「その手とは、一つの血液型以外を殲滅させること」


 シューはベッドから飛び降りた。余りにも理不尽な提案に驚いたのだ。オイラは驚きで水が変なところに入ったが、咳き込むのを涙ながら我慢した。


「馬鹿な! そんなことが」

「そんな馬鹿なことが起きたの。みんな武器を持ってね。血眼になって戦ったわ。最初に滅亡したのはAB型らしいわ。実は当時の提案者もAB型だったの。それが真っ先に滅びるなんて皮肉ね。次がO型。私の血液型ね。そしてB型も滅んだ。あなたの血液型ね。そしてA型が残ったの。それが今の街の形、A型の街なの。そして、滅ぼした血液型を差別しながら平和に暮らします、というのが提案者の考えらしいわ。すごいでしょ」


 シューはベッドの横を行ったり来たりしていた。何かをブツブツつぶやき、指が空を切っていた。彼が何かを考えるときの癖であり、そのときはそっとしておく事がオイラの彼に対する礼儀だった。

 その間、キエは身動きひとつしなかった。

 と、声が空を切った。


「僕はね」


 一人と一匹は顔を動かした。シューの方向を向いて、発言を注意深く聞こうとした。


「どうしても僕はあなたを連れて行く気にはなれないのです」

「どうしてですか?!」


 キエは立ち上がった。期待を裏切られた悲痛な声だった。


「僕がそういう主義だからです。あなたがどうこうではありません。すみませんが、ご理解ください。」

「そんな……」


 キエは力なく椅子に座り込んだ。椅子の軋む音を聞き、オイラは可哀想だと思って心臓が軋んだ。


「たしかにあなたが大変なことはわかりました。でも、僕も大変です。旅人と言ったら気楽なイメージをお持ちかもしれませんが、すごく大変です。例えば、寝床を確保することが大変です。確保できないこともよくあります。宿屋の経営からは想像できないと思います。いえ、僕は宿屋の経営をしたことがないからわかりませんから、否定してもらっても大丈夫です。要するに僕が言いたいことは、あなたの大変な生活と同じくらい僕の生活も大変ということです。あなたを連れて行く力は、僕にはありません」


 そういうとシューは力なくベッドに座り込んだ。二人が無機物のごとく動かないのを有機物のオイラは耳をピクピクさせながら感じていた。

 静かだった。

 オイラは、女性が静かに去っていくのを感じた。

 静かだった。

 オイラは、ベッドの上を見つめた。

 静かだった。

 オイラは話した。


「お疲れ様」

「ああ、ありがとう」


 オイラはその無機物のようなものの眼から暖かい水が流れていることを知らないふりしていた。



 翌日、日が高く昇っていた。オイラは体を振った。オイラからしたら高いベッドに登った。寝ているシューの体を振った。起こした頭から髪の毛が上に逆立っていた。それを見てオイラは顔を横に振った。

 シューは身なりを整えに洗面台に行った。そのだるそうに丸まった背中を見るたびに、人間って大変だなと思った。ご主人様はあまり身なりを気にしない方だが、それでも寝癖が少しになるくらいまでは整えるし、服も少しシワを伸ばす。それに比べてオイラは、毛はボサボサで、服は着ない。まー、楽なものである。主人が戻ってくるまでゆっくり待つとしよう。


「ありがとうございました」

「さようなら」


 機械的に元気に挨拶する宿屋の女店主に対して、ご主人様は本当に気だるそうに答えた。髪はボサボサだし、いつもと同じ白Tシャツと青ジーパンは皺だらけだった。


「少しは身なりに気をつけたら?」

「してるよ。それより、誰にも話しているところ聞かれないように気をつけろよ」


 シューはむすっとした。朝は苦手で、起きてすぐはいつも不機嫌である。


「今日でこの街ともお別れだね」

「そうだね。一刻も早く出ないとだね。それでだけど、今回は買い出しはやめようと思うんだ」

「どうしてだい? 食料とか買わないと」

「君は馬鹿か。僕はこの街の住人から嫌われているんだ。まともに相手してくれる訳無いだろ。それに、まだ蓄えがあるよ、少し。だから、まあ、もし食料が尽きたら、また自然豊かなものを食べよう」

「なるほど、狩猟採集の生活か」

「そういうこと」

「でも、気にしすぎだよ。買い出しぐらいで命が狙われる訳ないじゃん」

「念には念にだよ」


 ため息混じりに談笑しているオイラ達の前に、男が現れた。嫌な予感がした。


「お前らか、昨日のやつは」

「お騒がせしました」


 いきり立っている男の横を冷静に通ろうとしたシューは肩を掴まれた。暴力的な熱さのある掴み方だった。


「てめー、B型か」

「はい。そうです」


 すると、シューは地面に尻餅をついた。男は拳を赤くしていた。シューは理不尽に殴られたのだ。


「オメーみたいなやつは、死んでしまえばいいんだよ。警察がしないなら、俺が殺してやろうか」


 男はジリジリと近づいた。シューは冷静に立ち上がった。オイラは駆け寄ろうとしたが、シューは手で静止した。男は殴りかかった。すると、シューはもう片方の握った手から砂を投げかけた。それは男の目に入り、男の拳はひるんだ。それを見るやいなや、オイラ達は走り出した。


「ヒヤヒヤさせないでよ」

「まだだよ。引き締めて」


 オイラ達は街の出口しか見ていなかった。遠くに小さく見えるその光は、手でつかもうとしても空を切る。走れど走れど小さく、手は空を切るばかりである。

 八百屋などの店が並ぶ通りを駆けていると、目の前が暗くなった。と、オイラの右側を併走していたシューが倒れた。オイラは、力強くブレーキを踏み、振り返った。すると、昨日の告白りんご店主がシューを掴んでいた。


「てめー、逃がさねーぞ!」


 その男は怒号を掲げて放さなかった。オイラは耳が痛くなった。シューは男を解こうと躍起になったが、砂煙が立つのみだった。他の店のものも出てきて、輪を作っていた。


「まずいな」


 オイラが方法を探している最中、来た方向から目を抑えながら来るものがいた。やばいな。


「てめー、やりやがったな」


 少しずつ歩いてくる砂をかぶった男は、いきり立っていた。周りの人は道を開けてただ立っていた。


「おい、やるならちゃんとやれ!」

「うるさい、こっちにも都合があるんだよ!」


 敵の2人は怒鳴りあった。オイラとシューは見合った。シューを助けるべきかオイラだけでも逃げるべきか?


「そのまま押さえつけておけ。俺がいたぶってやる」

「俺にもさせろよな」


 悪魔のような顔をした2人に対して、シューは合図のような顔をした。オイラはシューを押さえつけている男に向かって、後ろ足に力を入れてダッシュする準備をした。

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