第6話:血液型の街5
日がとっぷり沈んだ。
オイラは考えていた。シューが捕まったということは、警察がこの部屋にやってくるのではないか、と。所有物を抑えるなり共犯者を探すなりするだろう。そうなると、オイラはどうなるのだろうか? 所有物として抑えられるか、共犯者として捕まるか、この街ではどう対応するのだろうか。どちらにしても良くないことである。オイラは逃げることを考えたが、考えただけである。どうせシューと別れても行くあてがない。それならここで旅を終えても結構である。
下の階で音がした。
何者かが宿に入ってきたようだ。オイラは息を呑んだ。ガタンとドアを閉める音、下でヒソヒソと話す声、階段をギイギイと鳴らしながら上がる影が迫った。ヒタヒタとろうかを進み、部屋の前で音が止み、ドアが静かに開いた。闇夜から空気が入り、光と闇が混じり、そのものの顔が見えた。
――
それはシューだった。
シューはカバンを投げ捨てると、ベッドに倒れ込んだ。
「疲れたー!」
その声はベッドに沈んでいった。深く深く沈んでいった。先にシャワーを浴びたほうがいいのではないだろうか?
「『疲れたー!』じゃないよ。びっくりしたじゃないか」
「何にだよ?」
シューは顔をうずめながら言った。疲れが見える。
「誰かがオイラを捕まえに来たかと思ったじゃないか」
「何でだよ?」
「何でって、シューが捕まって、それで」
「ああ、なるほど。そうなる可能性もあったな」
シューは顔を横にした。目は虚ろで、寝る準備が万全だった。
「そうだよ、そうなる可能性は大アリだよ。それもこれも、君のせいだよ。りんご一つのために嘘なんかつくから」
「その話はもうやめて。何回も言わされたんだ」
シューの目はさらに深く虚ろになっていた。その疲労度合いに対して少し可哀想に思ったら、少し冷静になった。
「というか、よく帰って来れたね。死刑じゃなかったの?」
「普通なら死刑と言われたよ」
「じゃあ、なんで?」
「いろいろ理由があるんだよ。まず一つ目に、初犯だったこと。二度目はないということだね」
「それはよくあるよね」
「二つ目は、この街の住人でなかったことさ。この街の住人なら死刑かもしれない。しかし、そうじゃなかった。事情も知らないし、仕方がないんだとさ。それに、街のイメージとして、他の街の人を悪く扱う訳にはいかないとも言っていた。あとは……忘れた」
「忘れるの?」
オイラは頭をガクッと落とした。そこは大切なところだろ。
「そりゃあ、忘れるよ。いろいろ言われたもん」
「だとしてもだよ」
「だとしてもさ。頭がボーっとなるよ」
「うーん。そうか」
「そして、最後に3つ目、男だからさ。この街はひどい男尊女卑がまかり通っているらしい」
「男尊女卑はどこでもあるんじゃ」
「そうだけど、この街だよ。血液型の違いで死刑か否かになる街だよ。性別の違いでどうなるか想像つくだろ」
「言われてみれば」
「……僕は思ったんだ。初犯で街の外の人間で男だから、A型でなくても何とかなったんだ。そしてもう一つ思ったんだ。再販で街の住人で女性だったら、A型でなかったらどうなっているんだろうと」
そう言うと、シューは体を起こしドアのほうを向いた。オイラも目を向けると、人の気配がした。誰だ?
「そこにいるんだろ。出てこいよ」
シューの言葉に促されるがままに、キエが部屋に入ってきた。ルームサービス……というわけではなさそうだ。
「盗み聞きはよくないな、キエ」
「盗み聞きなんて滅相もございません」
キエは静かに怯えていた。それは何に対しての怯えだろうか? シューに対してか、それとも……
「では、なんでさっき1階にいた君が、二階の部屋の前にいるんだ?」
「体調がすぐれないようでしたので、様子を見に」
「なるほど、もっともらしい」
検察官と容疑者との問答みたいだ。シューは自分がされたことの憂さ晴らしをしているのだろうか?
「いえ、違います」
少し間を空けた後にキエはそう発した。震えた声が鼓膜を響く。
「何が違うんだい?」
シューも少しの間を空けた後に発した。人間という頭でっかちな生き物は思考実験しながら話しているのだろう。
「わたし、昨日の返事をいただきに来たんです。私をこの町の外に連れて行ってくれるかの返事をいただきに来たんです!」
熱が部屋を覆った。命の熱さだった。一生懸命だ。
「そうだと思った。君は……」
「そうよ。この街で迫害を受けているわ」
シューの冷ややかな口調をキエは熱き口調で遮った。キエはそのまま続ける。
「私はO型でこの街の住人で女性よ。罪は犯したことがないけど、たぶん初犯ということは通じないわ。私はいつ死刑になってもおかしくない状況で生きているの。だから……助けて」
キエは頬を熱く火照らしていた。肩を揺らすぐらい大きく呼吸をしていた。息苦しそうだった。
「死刑といっても、犯罪をしなければいいのでは」
「そんなもの、いくらでも濡れ衣を着せられるわよ。わかるでしょ?」
キエはそういうと部屋に置かれた椅子に勢いよく座った。四脚のうちの二脚が浮いたがすぐに正した。オイラも背筋を伸ばして身を正した。
「あんた、不思議に思わなかった? この宿に私しかいないことを。客がいないことを。建物が軋むことを」
挑発的な女性になっていた。少し怒りが見えた。シューは静かに思ったことを言う。
「そういう宿だと」
「あら、そう」
「不思議なことには慣れているんで」
「不思議なことね。じゃあ、私の親が、O型の私を産んだことで死んだたことは?」
シューの体がピクっとなった。不思議なことに慣れていても、驚くことはあるようだ。オイラも驚いた。
「そんなことで死刑?」
それを聞き、キエは首を横に振った。
「自殺したの」
風が吹いた。しかし、窓もドアも空いていないことをオイラは確認した。心の中に吹いたのだろう。
「自殺ですか?」
「そうよ。私の両親はA型だったの。だから、自分の子供もA型になることを疑うことをしなかったわ。でも、知っているかした。A型の両親からもO型が生まれる可能性があることを。そして、生まれた私はO型だったの」
キエは思い出すように続けた。搾り出すように続けた。
「それを知った瞬間、お母さんが自殺したの。自分の体からO型の子供が生まれたことがショックで。だから、私はお母さんの記憶がないの」
シューは聞いていた。何を考えているのだろうか? ショックなのだろうか?
「でも、お父さんの記憶はあるの。仕事で忙しいはずなのによく遊んでくれたわ。お父さんから私はA型として育てられたのよ。O型は生きにくい事を知っていたから。私も、自分がO型とは思っていなかったわ。でも、ある日、私は献血をしたの。10歳くらいだったかしら。そしたら、自分がO型ということがバレたの。その翌日、お父さんは自分の部屋で首を吊っていたらしいの。自殺ですって。でも、もしかしたら自殺じゃないかもしれないわ。でも、真実は闇の中だわ」
オイラはキエを見ていた。青白い顔が震えていた。可哀想というものだろう。
「今にしてみたら、何で私は献血をしたのかしら。軽い気持ちだったのにおおごとになってしまって。バカみたい。大怪我をして血がドバーっと出てバレるならまだ納得できるわ。それなのに、たかが献血でこんなことになるなんて。……それ以降は親戚をたらい回しにされたり施設送りになったわよ。色々と嫌なことがあったわ。それで私、15の時にこの仕事を始めたの。自立したの。この場所とこの仕事はお父さんが残してくれたものなの。私は一人で頑張ることにしたの。でも、O型が経営している店なんかに人は寄ってこないわ。嫌がらせもいっぱい受けたわ。私、もう限界なの。だから……」
キエは手を自分の胸に当てていた。声が枯れていた。声が詰まった。
「……私を街から連れて行って」
この頼みに対してシューはどう返事するのだろうか? オイラがシューを向くと、目が合った。シューは視線を依頼主に変えた。
「キエさん。そのことなんですが、まだ決めかねております」
「……ご迷惑をかけてすみません」
「いえいえ。それよりも、一つ聞きたいのですが、どうしてこの街は血液型に敏感なのでしょうか? 先ほど警察の方に聞いたときは教えてもらえなかったものでして」
「……それは、この街の言いにくい歴史に関わっているからです」
「言いにくい歴史?」
「はい。迫害の歴史です」
「血液型の迫害ということですか?」
「いえ、順を追って話します」
「お願いします」
「その前にお茶を入れてきます」
闇夜が深くなっていた。
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